第9話 アシュタネルの像
あれから、ノーラと一緒に遊ぶようになった。
といっても、ノーラとふたりっきりではない。
ロイというノーラの近所に住んでいる子供も、ぼくらと一緒に遊ぶようになった。
ロイは濃い茶色の髪をしていて眼鏡をかけている。まだぼくと同じ5歳なのだが、ぼくより一歩、知的な感じのする顔立ちだ。
彼の癖はよく眼鏡のふちをクィっとあげることだ。
そしていつも片手にぶ厚い本を大切そうに持っている。
どうやら………それは魔法に関する本らしい。
しかし、ロイは決してその本を他のひとに触らせようとはしなかった。
ある日、ぼくとノーラとロイはアシュタネルの像がある森に出かけることになる。
ご近所付き合いで、たまたまジャックスの家に遊びに来ていたロイ。
そのとき、ちょうどぼくとノーラは読み書きの訓練を終えて、お菓子を食べながら雑談していた。
雑談はアシュタネルの像の話になり————
「お兄ちゃん、つれてって、その……あしゅたねるの像に」
と、ノーラが言ったのがきっかけだった。
「ん? アシュタネルの像………なあ、ぼくも行っていいかな?」
と、ロイはとつぜん言った。
少し離れたところで、本を開いていて、おとなしくしていたロイはどうやら、ぼくとノーラの雑談を聞いていたみたいだった。
「いいよー」
ぼくは軽くそう言った。
ロイとはこれがはじめての
この村には
4歳か3歳のときにロイとは一度、そこにいたほかの村の子たちと、一緒に遊んだことがある。おにごっこやかくれんぼのようなものをした記憶があった。でも、うろ覚えだ。
ロイはぼくの軽い調子が気にいったのかニッコリと笑った。
「ぼくの名前はロイ。よろしくなー、ユリウス」
どうやら、前に会ったときから名前を覚えててくれたみたいだった。
ぼくは「よろしくー、ロイ」と言った。
それから、ぼくらはアシュタネルの像に向かった。
ただ、田んぼが広がっているだけの簡素すぎる一本道をぼくらは進み続けた。
これがこの村、カウール村の日常の景色だ。
遠くのほうで田んぼで何人かが作業している。
ぼくらはそれを眺めながら一本道を突き進んだ。
しばらくすると、やがて森が見えてくる。
その森に入ると空気はがらりと変わる。
太陽があたたかい光を地面に投げかけていた。
木の葉や草が心地よい風をうけて揺れている。
…………不思議な感覚だ。
ここに来たことはそう何度も多くはないがここ来ると、自分のこころが浄化されていく気がする。
なにか特別な場所なのだろうか?
やがてアシュタネルの像が見えた。
「おおきいーー! 女神さまだ!」
ノーラは興奮しように飛び跳ねる。
「うわ⁉ こんなものがあったのか? こんな田舎の村に、ふへぇ……知らなかった」
ロイも興奮していた。
アシュタネルの像は4メートルから5メートルあるほど大きい。
立派にできた像だが、ずっと昔に作られたものらしく、時間の経過を感じさせる。
像にはたくさんの
女神の頭部はすこし崩れていて、欠けている。
この世界でのなにか重要な象徴なのかもしれない。
けれど、いまのさびれたこの女神の像はどこかしら悲しみをはらんでいた。
この森にひとりぼっちに取り残され、いつしかその存在を忘れ去られてしまった。
そんな感じがした。
ぼくらはそんな、アシュタネルの像の前でしばらくのあいだ、日向ぼっこした。
いや、これは日向ぼっこと言うより、木漏れ日ごっこか?
しばらくするとノーラはいろんな花がたくさん咲いている向こうの方へ行ってしまった。
視界に入る範囲ではあるので、ぼくとロイは追いかけたりはしなかった。
ロイは起き上がって、近くにあった丸太(それはちょうど良いところに公園のベンチみたいにあった)に座った。
ぼくもその丸太に座った。
そして、ふと気づく。
ロイの膝の上には、ぶ厚い本。
…………なんか、気になる。
その本は外観がとても綺麗で、いかにも高価そうな感じだ。
マリーとジルの家で暮らしてから5年はたつが、いままで読んで来た本と言えば、どれもが表紙がシンプルなものばかりだった。
なんだ? この本? なにかの芸術的な絵が描いてないか?
そして僕は思う。
もしかして…………この本は、魔法に関する本なんじゃないのか?
………………ぼくは好奇心を抑えることができなかった。
「なあ、その本みせてよ」
気づいたときには、ぼくはそう言ってしまっていた。
一瞬しーんとした時間が流れる。思わず言ってはいけないことを言ってしまったのではないか、そう思った。
でも、以外にもロイこう言った。
「それは無理だな、ユリウス。この本はこのぼくでさえ、まだ読んだことはない」
そして———
「ユリウス、これは
ロイはきっぱりとそう言った。
「そうだったのか………ごめん、ロイ。変なこと聞いて」
ぼくは謝った。
「いいんだよ」
ロイはあまり気にしていないような調子でそう言った。
そして気まずい時間が流れているような気がした。
しかし、それは勘違いだったみたいだ。
ロイは眼鏡をクィっとあげた。
そして———
「もしユリウスが………読み書きを教えてくれるのなら………この本、読ませてやってもいい……………」
恥ずかしそうにロイはそう言った。
その日から、ノーラの訓練にロイも加わるのだった。
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