第8話 カウール村
5歳になった。
ところで、ぼくの家のすぐ外はただ田んぼが広がっているだけだった。
あっけないほど素朴だ、、、。
そしてそれはジルの管理する土地ではない。
どうやらその土地は村全体の所有物らしい。
ぼくらが暮らしている村、カウール村には村長がいる。
そしてその土地は村長にだいだい受け継がれているらしい。
そしてその田んぼの管理を任されているのはジルと仲の良いジャックス。
ジャックスはこげ茶色のロン毛で細目をしていて、がたいはジルほどはよくはない。
よくお酒を飲みに家に遊びにやってくる。
「ユリウ~ス、大きくなったな。これからパパみたいな戦士になるのかい? ぐへっ。そうだ! こんど娘に会わせよう! どうやら、この子は読み書きができる天才だからな!」
一見してジャックスは酒癖のわるいおっさんだ。
しかし実際には人がよく、村全体から慕われている。
ジャックスがなぜ村の所有物である大事な田んぼの管理を任されているのかと言えば、それはジャックス自身の人柄によるところが大きいだろう。
彼にはいくつか逸話がある。
いわく、田んぼの天敵である害虫を、奇妙な叫び声をあげて撃退したとか。
いわく、雨の降らない長期間を、猿と一緒に踊りながら終わらせたとか。
いわく、彼はひざを裏側に曲げることができるらしい。
「ジャックス、ひざを裏側に曲げれるってホントー?」
ぼくはそう聞いた。
「ああ、本当さ。ほ~らよっと」
ジャックスはそうして膝を裏側に曲げた。
ぶ厚いふっくらとした長いズボンを履いているから、なにかのトリックがあるかもしれない。それでも、たしかに膝が裏側に曲がっているようには見えた。
数日後、ジャックスの娘と遊ぶことになった。
「こんにちは! ユリウス兄ちゃん!」
彼女の名前はノーラ。ぼくの一つ下で4歳だ。
髪の毛は明るい茶色でジャックスと違って大きな丸い目をしている。
「わたしの名前はノーラよろしく!」
彼女はニッコリと笑ってぼくに握手を求めた。
「よろしく。ノーラ、ユリウスでいいよ?」
ぼくはそう言ってノーラの手を握った。
そう言ったのにもかかわらずノーラは絶対にユリウスとは呼ばなかった。
いつも兄ちゃんか、ユリウス兄ちゃんだった。
ぼくは自分に妹ができた気分になっていた。
それからノーラとよく遊ぶようになったと同時に、ノーラに文字の読み書きを教えるようになった。
どうやらノーラの母がもうすでに教えているらしいがなかなかできるようにはならなかったみたいだ。
この世界では元のいた世界とは違って、
4歳から5歳くらいになると元いた世界では幼稚園に通って読み書きを習うが、この村には幼稚園なるものは存在しなかった。
学校でさえ存在しない。
この村に生まれたものは一般的にこの田んぼの維持のために一生を捧げることになる。
田んぼ仕事をするだけなら、文字が読めるかどうかは関係ない。
だから、だろう。
この村に読み書きを教えるような場所がないのは。
それがわるいこと、と言いたいのではない。
ただこの世界にはそういう村が一般的で、多くのひとは自分の境遇から抜け出せずにいる。
これがこの世界の現実か?
もちろん、過去にはこの村から出て行くことのできた村人もいる。そういう人はたいてい商人として才能があるか、冒険者として才能があるか、魔法使いとして才能があるか、あるいはただ単にこの村が嫌いか、そのどれかだろう。
しかしこの村を出て行っても身の安全が保証されるとは限らない。
商人としての才能があった村人が王都にいったあと奴隷になってしまった話や村の嫌われ者が無計画に王都に向かって道中で魔物に襲われてしまった話を村のひとたちがひそひそと話をしていたのを聞いたことがある。
彼らはまるで外の世界を恐れているようだ。そして同時に外の世界に憧れているようにも見える。
そして彼らはこの村を上手く去るものを嫉妬するのだ。
カウール村とはそういう村だった。
そしてこの世界ではそういう村が一般的なのだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます