勇者の仮面

「俺を裏切るつもりも、傷つけるつもりもないとしても……俺は考えてしまうんだ。俺を捨てて何処かへ行ってしまうんじゃないかって……」


「そんなことしないっ!」



 加賀人かがとの口から出たその言葉に、反射的に反論したのは新那にいなだった。


 加賀人かがとを捨てて何処かに行くなんて、ありえない。そう言い切れるほど、彼女は加賀人かがとに溺れているのだから。


 そして、それは麗那れいな紗那さな……そして、綾那あやなも同じだ。



「そうだよな……姉さん達はきっとそう言うと思ってた。あいつと同じように・・・・・・・・・


「っ……」



 あいつ・・・とは、加賀人かがとの実の母親のことだ。


 ———私は加賀人かがとを捨てたりしない———

 龍司りゅうじにバレないよう毎日のように加賀人かがとに囁き続けた、保身のために並べた口先だけの台詞だ。


 新那にいなが反射的に放ったその言葉は、加賀人かがとが自身の中で切り捨てる原因ともなった母親の言葉と同じだったのだ。



「俺は前世でも一人で生きてきた人間だった。分かってるだろ? 母親が居なくたって、俺は生きていけるって」


「そ、それは———」


「別に、姉さん達の愛情を無下にするつもりはない……けど必要もない。俺は勇者として、そうやって・・・・・生きてきたんだから」



 淡々とした口調で言い切る加賀人かがと

 何も言い返すことができなかった新那にいなは黙って俯き、その頬を一筋の涙が伝い落ちる。


 どうして……どうして、まだ15歳の彼がそんな悲しいことを言わなければならないのか……



「ごめんなさい、加賀人かがとくん……」


「……どうして綾那あやなさんが謝るんですか?」


「あなたの実母の代わりではないけれど……大人としてあなたに謝らなければならないと思ったの。子供にそんなことを言わせてしまうなんて、保護者失格だわ……」


「そんなの、俺は前世から———」


「違うでしょう? あなたは、高校生の……15歳の少年の、月島つきしま加賀人かがとくんなんだから」


加賀人かがと君……あなた自分で自分のことを勇者だって……」


「あ…………あれ……? 俺、なんで……」



 かつて麗那れいなに、『前世なんか関係なく、加賀人加賀人だ』と言い切ったのは、他でもない自分自身だったはず。


 なぜ俺は自分で自分を『勇者』だと……?

 違う、俺は勇者なんかじゃない。

 いや、でも俺が勇者だった・・・・・のは事実で……


 なら、俺は一体……



「落ち着いて、加賀人かがとくん……大丈夫よ、あなたが迷う必要なんてないわ」


「んっ———」



 俺の内心を見透かしたのだろうか。

 頭を抱えて俯く俺を、綾那あやなさんが抱きしめて優しく撫で始めた。

 それがとても優しくて、とても暖かくて……


 ……なぜだろう、とても落ち着く。



「あなたは母親に頼れないと分かった時から、自分を偽るしかなかったのよ」



 今世の『加賀人かがと』に前世の勇者を被せ、一人で生きていける自分を演じ続けてきた。それはまるで、母親に捨てられた悲しみから、心を守るための防衛策のようで……。


 『加賀人かがと』は悲しみ、怒り、そして傷ついた。

 『勇者』は『加賀人かがと』を守り、覆い隠してきた。


 『母親に捨てられた』という事実から、目を逸らすために。


 でも……



「もう戦わなくてもいいのよ、加賀人かがとくん」


「俺は戦ってなんか……」


「ううん、あなたはずっと戦っていたのよ……『弱い自分を見せたくない』と、自分自身の心と、ずっと」


「…………」


「でも、もうその必要もないわ。私が母親に代わって……いえ、母親として・・・・・、可能な限りの愛を注ぐわ」


「お……俺は……」


「えぇ、大丈夫よ。なんでも言って? 私はあなたの母親なんだから」


「俺は……褒めてほしかった……抱き締めてほしかったっ……! 母さんの暖かさが、ずっとほしかった……!」



 涙と言葉が、一緒になって溢れ出る。

 それは紛れもない、『月島つきしま 加賀人かがと』の言葉だった。



「えぇ、えぇ……それでいいの。今までよく頑張ったわね……」



 母さん・・・の言葉が、心の奥底にストンと落ちてくる。

 代わりに溢れてくるのは、もっと撫でてほしいだとか、このまま抱きしめていてほしいだとか、子供じみた感情ばかり。


 でも、母さんの優しい声が、暖かさが、それでも良い・・・・・・と言外に伝えてくる。


 あぁ……勇者という仮面を被らないことで、これほど心が軽くなるなんて———



        ♢♢♢♢



「落ち着いたかしら?」


「あぁ、もう大丈夫だ。ごめん、取り乱しすぎた」


「ううん、むしろ甘えてくる加賀人かがと君は可愛かったわよ?」



 あの後、しばらく4人に包まれて泣いていた俺は、紗那さなに紅茶を淹れてもらったり先に風呂をいただいたりと、色々世話を焼かれてようやく落ち着いたのだった。


 今は共有部屋で、麗那れいな新那にいな紗那さなの3人とこうして話しているところだ。



「思い出すとめちゃくちゃ恥ずかしいんだけど……みんなのこと、信用していいんだよな?」


「当たり前じゃない。今日みたいに甘えてきたら、ギュッとして撫でてあげるわよ?」


「じゃあ、私は毎日加賀人かがとのご飯作るね」


「ん~……じゃあ、さなはお風呂の手伝い?」


「それは勘弁して……」



 冗談のようだけど、3人はきっと本心からそう言っているんだろう。表情を見れば分かる。俺が求めれば、求めるほど彼女達は応えてくれるのだろう。



「でも、今まで通りの生活をしてたって、加賀人かがとに『ずっと一緒にいる』って分からせられないんじゃない?」


「それは……」



 新那にいなの言葉を聞いて、俺は納得してしまう。

 言葉だけなら、あいつ・・・もずっとしてきたことだ。


 俺が欲しいのは、『決して捨てられない』という、確かな証拠……なのかも知れない。



「……できないことないけど」


「え……?」


「ごめんね、加賀人かがと君……確かな証拠が欲しいのなら、こうする・・・・しかないわ」

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