家族会議

「お帰りなさい、お義父さん」


「あぁ、ただいま……3人揃って出迎えだなんて珍しいね」



 その日の夜、仕事から帰ってきた父龍司りゅうじを出迎えた麗那れいな新那にいな紗那さなの3人。


 普段であれば勉強していたり母親の手伝いをしている時間のため、こうして3人が玄関まで来て出迎えることは少なかった。それがこうして3人揃っているとなると……



「何かあったかな?」


「うん……ちょっと加賀人かがと君のことで」


加賀人かがととしばらく一緒に暮らしてるけど、なんだかまだ距離があるように感じて……」


「まぁ、加賀人かがとも年頃の男だからなぁ……突然女の子と暮らすことになって緊張しているんじゃないか?」


「それもあると思うけど……」



 苦笑いする龍司りゅうじに対し、浮かない表情の麗那れいな達。深刻な……というよりは、何か気になることがあって、それをなかなか言い出せないような表情だ。



「……何か気になることが?」



 優しい表情を浮かべてそう問いかける龍司りゅうじに、麗那れいなは口元をもにょもにょさせる。


 聞いていいことなのか……聞いてしまって、お義父さんの嫌な思い出を蒸し返さないか……。でも何も聞かないままなら、加賀人かがととの仲も進展しない。


 静かに待ってくれている龍司りゅうじの前で、悩むこと数十秒。

 意を決した麗那れいなは、ついに切り出した。



「気分を悪くしたらごめんなさい……。加賀人かがと君は、小さいころからお義父さんと二人で暮らしていると聞きましたけど……その、離婚理由というか……『母親がいなかった』というのが関係しているような気がするんです」


「……あぁ、そういう……」


「もしお義父さんさえよければ、そのあたりの話を聞かせてもらえないですか……?」



 眉を八の字にして困った表情を浮かべた龍司りゅうじは、顎に手を当てて考え込む。


 どう見ても、麗那れいなは……そして新那にいな紗那さなも、決して冗談で言ってはいないようだ。本気で加賀人かがととの関係を考えたうえで、そういう結論に至ったのだろう。


 ……確かに、家族になったのに隠し続けるのも良くないのかもしれない。



「よし、今日の夕飯の後、一度みんな集まろうか。そこでしっかり話をしよう」


「お義父さん、ありがとう」


「構わんよ。加賀人かがとの本音を聞く良い機会でもあるからね。ずっと加賀人かがとの心の奥底を知ろうとしなかった私の落ち度だ」



 何でもないように振舞って生きてきた加賀人かがとは、生活を一変させてしまった父と母に対して、どんなことを思っているのか……



        ♢♢♢♢



「……つまり、実の母親は加賀人かがとくんの育児を放棄した上、加賀人かがとくんと龍司りゅうじさんを捨てて別の男のところに行ったと?」



 綾那あやなさんが、震えた声を絞り出す。

 目に灯る光は、明らかな『怒り』。


 ここに居ない人物にいくら怒りをぶつけたところで、何も変わらない。

 だが、綾那あやなの……そして、麗那れいな新那にいな紗那さなの胸の中で荒ぶるそれは、頭で分かっていても抑えきれない業火だった。



「落ち着いてくれ。私にも悪いところがあるんだからな……」



 加賀人かがとが生まれた頃、まだ起業してあまり時間がたっていなかった龍司りゅうじの会社の経営が、大きく傾いたタイミングと重なってしまったのだ。


 生まれたばかりの赤ちゃんの世話など、母親一人で全て熟すなど到底不可能だ。かといって、このままでは仕事もなくなってしまう。


 加賀人かがとに手が掛からなくなるまでの時間と、その先の数十年間を天秤にかけ……苦渋の選択を迫られた龍司りゅうじは、将来の安定のために仕事を取ったのだった。



 しかしそれは、妻からすれば『一番大変な時期に仕事ばかりで非協力的な父親』と映り……徐々に二人の溝が深まっていくことになる。


 加賀人かがとが幼稚園に通い始めたことで、妻のたがが外れネグレクト、そして……ある日、現場・・龍司りゅうじが遭遇し、離婚に至ったのだ。



「……仕事が忙しかったなど、言い訳に過ぎない」



 確かに経営を安定させるまでは多忙を極めた。

 しかしそれは現実から……妻の状態から目を逸らし、加賀人かがとから逃げていたに過ぎないのだから。



「何より、加賀人かがとがそんな状態だったと気が付かなかったのだ。私は父親失格だな……」


「それもう何回も聞いたって。親父は間違ったことしてねぇよ」



 父親は知る由もないが、加賀人かがとは前世の記憶があるため、幼稚園にもなれば自分のことは何でもできてしまったのだ。それ故、龍司りゅうじはネグレクトに気が付くまでかなり時間を要したのだった。



「でも加賀人かがとくん……加賀人かがとくんなら、そうなる前にいくらでもやりようが……」


「もちろん、あいつ・・・がヤバいことをやってるのは知ってたよ。それに、もう元には戻れないこともね。だったら、真面目に一生懸命だった親父に余計な迷惑をかけたくないし、確実な証拠・・・・・が欲しかったから」



 母親の不貞に気づいていたとしても、当時の加賀人かがとは幼稚園児。何を訴えたとしても大人である母親に誤魔化されるだろうと、加賀人かがとは知っていた。


 だから加賀人かがとは早々に母親を切り捨て・・・・龍司りゅうじに真実を話すこともせず、証拠を集めるために黙ったまま生活を続けていたのだ。


 なんも知らない幼児を演じて、両親を騙して。



「なんてことを……。それは……人を信用しなくなって当然ね」


「…………」



 綾那あやなの唖然とした声に、加賀人かがとは沈黙を以て返した。


 不倫など言語道断。

 それを自身の子が知る中で続けていたともなれば、人ですらない鬼畜の所業だ。


 幼少期の加賀人かがとに『人を疑うこと』を強い、前世の記憶があるとはいえ、今世での人格形成に大きな影響を与えたことには違いない。


 もし綾那あやな達が悪魔のままであったら、地獄すら生ぬるい目に会わせていただろう。



綾那あやなさん……母さんはそうじゃないと分かってる……つもりだよ」


「そうは言っても……加賀人かがと君、教えてほしいの。あなたの本音を」


「『信用している』だなんて、軽々しく言えないでしょ?」


「覚悟はできてるから……お兄ちゃん、お願い」


「……分かった。親父、悪い。ちょっと席外してもらえるか?」


「……分かった」



 前世の話など、親父に聞かせられるものではない。

 俺が親父に頼むと、親父は嫌な顔せず従ってくれた。


 親父が部屋を後にし、残ったのは俺と悪魔だった4人のみ。

 じっとこちらを見つめる4人の目に少し気圧されながらも、俺は深呼吸を一つ。

 そしてゆっくりと口を開いた。



「俺を裏切るつもりも、傷つけるつもりもないとしても……俺は考えてしまうんだ。俺を捨てて何処かへ行ってしまうんじゃないかって……」

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