詰められる剣哉

「おかえりお兄ちゃん! ……と、誰?」


「ただいま、紗那さな。こいつらは俺の友達だよ」


「妹さんかな? お邪魔します。加賀人かがとの友人の剣哉けんやだよ」


「私はゆいだよ! はぁぁぁぁぁ……可愛い……お人形さんみたい……」



 俺が家に到着すると、パタパタと可愛い足音を立てて紗那さなが出迎えてくれる。が、俺の後ろにいた見知らぬ人に警戒心を露にし、少し後退りする。


 そうだったな……紗那さなはこう見えて人見知りなところがあったな。


 俺はショッピングモールでの一件を思い出す。あの時も、女子2人が現れてからはずっと俺にしがみついてたからな……。



「急に連れてきてごめんな。こう見えて良いやつだから怖がらなくていいぞ」


「……お兄ちゃんの友達なら許したげる……。さな、お茶用意してくるねっ」


「おう、ありがとう」



 再びパタパタと可愛い足音を立ててキッチンへ消えていく紗那さな

 『許したげる』とはどういう意味なんだろうな……。



「可愛いし気が利くし……理想の妹じゃん?」


「私もあんな妹欲しかった~っ」


「まぁ確かに、料理とかも、何でもできる自慢の妹だよ。……玄関で喋っててもアレだし、とにかく上がりな」


「おう……は~、相変わらずでかい家だな」


「一応金はあるからなぁ」


「くっそ嫌みな奴のセリフだぞそれ」



 とりあえずリビングに案内し、荷物を降ろす。学校を出てそのまま来たから、教科書やなんかが入ったカバンもそのまま持ってきていたのだ。


 ……案外、制服のままというのが、紗那さなにとっては多少安心できる要素だったのかも知れない。



「で、今日は何をしに来たんだ?」


「いや~、ちょっと気になってさ。加賀人かがとが家でどんな生活送ってるのかなって」


「……ちょっとキモいぞお前」


「ただの好奇心じゃん? いいだろ別に」


「言ってることが、姉さんとか新那にいなを見て鼻の下を伸ばしてるクラスのモテない奴らと一緒なんだよなぁ」


「いや、さすがに俺の方がちゃんとしてるよな……?」


「もしお前に彼女がいなくて、お前一人で家に行きたいって言ってたら、確実に断ってたわ」


「そういう意味でもゆいがいてくれて良かったわ」


「もう、私も剣哉けんやがいてくれて良かったよ!」


「バカップルめ……」





「お兄ちゃん、お待たせ」



 そんな下らない会話をしていると、紗那さなが紅茶を入れたカップを4つ・・、トレーに乗せて持ってきた。



「ありがとう紗那さな……って、一つ多くないか?」


「1個はさなの分だから。はい、どうぞ。お姉さんも」


紗那さなちゃん、ありがとう!」


「ありがとう♪︎ これ紗那さなちゃんが淹れたの!? すごぉ……」



 剣哉けんやゆいに褒められ、満更でもなさそうに頬を少しだけ緩めた紗那さなは、胡座をかく俺の足の上に乗って背中を預けてくる。


 そのまま俺の左腕を持ち上げると、自分の身体に巻き付けるようにしてきた。せめて片手で抱いて欲しいってことか。



「お兄ちゃん、何の話してたの?」


「ん~……このお兄さんが気持ち悪いって話」


「待て待て待て、幼気な少女に嘘を吹き込まないでくれるか?」


「なるほど、そうだったんだ」


紗那さなちゃんも納得しないで、お願いだから」


「あはは、紗那さなちゃん、初対面で年上の私達と普通に話せるなんてすごいね? 普通はもっと警戒するものだと……」


「お兄ちゃんの友達なら大丈夫かなって……思いました」


「信用してくれたみたいで良かったよ」


「えらいぞ、紗那さな


「……♪︎」



 俺が紗那さなの頭を撫でてやると、紗那さなは気持ち良さそうに目を細めて頬を緩ませた。なんだろう、この犬とか猫を撫でてるような感覚。



「……めちゃくちゃ仲良いのな、二人とも」


「……そうか? 割と兄は妹を可愛がるもんだと思ってたけど」


「うん、兄は妹を可愛がらないとダメだから、お兄ちゃんはもっとさなを可愛がって、甘やかしてね……?」


「でも、クラスの妹持ちの奴の話とか聞くと、結構悲惨だぞ?」


「ね。祐樹ゆうきくんとかさ、『秘蔵のフォルダを妹に見つかってから、顔を見るたびに舌打ちされる……』とか嘆いてたもんね」


「あいつ……自業自得だろ」


「……お兄ちゃんはそんなもの・・・・・ないよね?」


「な、ないぞそんなの……!」


「そうだよね、お兄ちゃんにはさな達がいるもんね」


紗那さなちゃん、お兄ちゃんのことがすごく好きなんだね?」


「うん、世界で一番好き……♡」



 そんな風に頬を緩めながら俺の胸元に顔を擦り付けてくる紗那さな。多少緊張も解れたのだろうか、俺とくっついていれば剣哉けんや達の前でも遠慮が無くなってきたようだ。



紗那さな、ちょっとくっつきすぎだ」


「む~……」


「で、そろそろ本題に入らないのか?」



 そう口火を切った俺に、剣哉けんやゆいの視線が集まる。



「そんな、『何言ってんだ』みたいな顔されても……実際、わざわざ紗那さなとそんな話しに来たわけじゃないだろ」


「……ま、分かるよな。でも、本当に話をしたいのは加賀人かがとじゃなくて紗那さなちゃんとお姉さん達なんだよね」


「姉さん達と……?」


「そうそう……お、噂をすれば」



 ちょうどそのタイミングで、玄関が開く音が聞こえてくる。『ただいま~』という声が二人、どうやら麗那れいな新那にいなは一緒に帰ってきたようだ。


 買い物袋を持ってるようだから、帰りに二人で買い物をしてきたのだろう。



加賀人かがと君、お客様?」


「あっ、ゆいさん」


新那にいなちゃん、お邪魔してます!」


新那にいなが以前一緒に遊んだ人かしら」


「うん……安心して、お姉ちゃん。二人は付き合ってるし、ゆいさんは私達の味方・・だから」


新那にいながそう言うなら大丈夫ね」



 なんだろう……今の会話、ちょっと怖いな。

 そんな彼女達に臆することなく、剣哉けんやは満面の笑みを浮かべる。



「お邪魔してます、麗那れいなさん、新那にいなさん。ぜひお二人とは話をしてみたいと思っていました」


「どんな話を……?」


「ん~……例えば、加賀人かがとが『弁当が毎日美味すぎて幸せだ』、って自慢してくる話とか……」


「何それ詳しく」


「待ちなさい、新那にいな。まずは買ってきたものを冷蔵庫に入れて着替えてきなさい」


「え~……」


「そのあとにでもじっくり聞けばいいでしょ……?」



 麗那れいなのあの笑顔……正面から受けた剣哉けんやはさぞ怖かったに違いない。



        ♢♢♢♢



「———で、麗那れいなさんや新那にいなさんを狙ってる男子を加賀人かがとが……」


「えへへ……」


「まぁ当然よね」



ゆいはさ、今剣哉けんやが三人の女子に囲まれてるけど気にならんの?」



 三人の圧力に徐々に押され、いつの間にか部屋の隅っこまで移動してそのまま彼女達に囲まれている剣哉けんやの姿を見て、俺は『すこし可哀そうだ』という感情を抱く。


 3人とも、俺のことになると容赦ないからな……。



「別に何ともないよ? だって剣哉けんやは私のことが好きだもん」


「……信頼してるんだな」


「むしろ新那にいなちゃん達は……って、聞くまでもないかな?」


「俺としては、むしろ他の男を好きになってもらった方が健全だと思うんだけどな……」


「それは、新那にいなちゃん達が家族だからってこと」


「そうだな」


「ふーん……まぁいいや。剣哉けんやの話が終わらなさそうだし、私たちはゲームでもしてよっか」


「……終わりそうにないし、そうしようか」



 まぁ、剣哉けんやは自業自得ってことで。













「……それで、剣哉けんや君。上手く加賀人かがとを遠ざけたみたいだけど、私達に何の話をするつもりだったのかしら?」


「あ、やっぱり分かります?」


「だって明らかにゆいさんにアイコンタクトしてたじゃない」


「す、鋭い……じゃあ話しますけど、その前に先に謝っておきます。ごめんなさい」


「……どういうこと?」


「こういう言い方をすると、多分怒るので……ふぅ」



 訝し気に目を細める麗那れいな達を前に、剣哉けんやは一度深く深呼吸をする。そして、意を決して言葉を紡いだ。



「三人とも、加賀人かがとに本当に信頼されていますか?」

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