閑話 その4

「えっ、紗那さなさん、ゴールデンウイーク中に風邪をひいていらしたの!?」


「はい、少し体調管理が甘かったですね」



 創黎学園初等部。

 紗那さなが通うここは、様々な家柄のご子息・ご令嬢達が通う由緒正しき学園である。政財界との関りも深く、学力ももちろんのこと、将来を担う優秀な人材を輩出するためにとても初等部とは思えない様々な教育を行っている学園である。


 そして、とんでもない美少女が多いことでも有名である。


 片親で、母親の職業がファッションデザイナーというのは、この学園内では見劣りするのは当然だった。


 だが、入学から一度も『1位』を譲ったことがない学力、持ち前のコミュニケーション能力、さらには男子どころか女子も、先生すら惹きつけてしまう美貌で学園のマドンナ的な立ち位置を確立していた。



 紗那さなは、学園内では基本的に丁寧な言葉遣いを心掛けている。

 そういったマナー・・・・・・・・が必要だと分かっているのはもちろんだが、真の意味で心を許せる相手がいないのだから仕方がない。


 家では甘えたがりのお兄ちゃん子だが、甘えた表情を見せるのは加賀人かがとの前だけであった。



「もう体調は大丈夫なのですか?」


「えぇ、しっかり休んだのですぐに良くなりました。心配してくれてありがとうございます」


「ほっ……紗那さなさんが休むようなことがあったら、何人が悲しみに沈むことになるのやら……」


「それはさすがに誇張しすぎでは……」


「そんなことはないですわ! この学年だけじゃなくて、中等部や高等部にもファンがいらっしゃいますもの!」


「ファンってそんな……」



紗那さな、風邪ひいたって本当か? だっせぇな、せっかくの休みだったのにもったいないな!」



 突如、紗那さなと友人との会話に入ってきたのは、同じクラスに通う男子生徒、公哉きみやであった。


 公哉きみやの口から放たれたまさかの罵倒に、声を聴いていたクラスメイト達の視線が一気に彼に集まる。そんな様子も意に介さず、公哉きみやはニヤニヤと笑みを浮かべていた。


 対する紗那さなは、特に怒る様子もなく、『またか・・・……』と溜息を漏らすだけだった。


 そう、公哉きみやがこうして紗那さなに突っかかってくるのは、もはや日常茶飯事となっていた。その理由は……察してあげるべし。



 そのため紗那さなも慣れたもので……むしろ怒り出すのは、紗那さなを崇める界隈の者達だった。



公哉きみや君、病気で苦しんでた紗那さなさんにその物言いは酷いんじゃないかしら?」


「俺は事実を言っただけだぞ? 俺は今まで風邪なんか引いたことないからな!」


「チッ……知らねぇよバカ……バカは風邪ひかないって本当なんだな……」


藤花とうかさん、言葉遣い」


「あら、ごめんなさい」



 幸い、彼女の舌打ちと罵倒は、紗那さなにしか聞こえていなかったようだ。



「どうしてあんたは紗那さなさんを気遣ってあげることができないのかしら」


「風邪で遊べないなんて、弱っちい奴じゃん。俺だったらそんなことにはならないのに」


「授業が始まるまでにはきちんと直して、欠席せずに来てるんだから十分でしょ」


「休みの日に風邪ひく方がもったいないじゃん。遊びにも行けないし、ゲームもできないし……いいことないだろ?」


「あら、良いことならありましたよ?」


「えっ———」



 公哉きみやのくだらない絡みに、紗那さなが珍しく反論した。

 思わぬ反応に公哉きみや紗那さなに視線を向け……そして思わず見惚れてしまった。


 その瞬間の彼女の表情があまりにも艶やかで、少女とは思えないほど蠱惑的なものだったからだ。



「い、いいことって……?」


「私の大好きなお兄ちゃん・・・・・に、たっぷりお世話してもらいましたから♡」


「なっ……!?」


「大好きって……紗那さなさん、それって……」


「もちろん……そういうこと・・・・・・、です……♡」


「ぅぐっ」


「おぉぉぉぉぉぉぉぉっ!」



 公哉きみやの口から漏れた情けない悲鳴は、周囲で様子を見ていた女子達の歓声に掻き消されていった。



「あの噂、本当だったのですね……」


紗那さなさんに恋人ができたという、あの噂ですね……」


「さすが紗那さなさん、進んでるわ……」


「な、なぁ紗那さな、それはどういう男なんだ……?」



 公哉きみや、ギリギリで何とか持ち堪える!

 内閣総理大臣も輩出した由緒ある『竜宮院家』の一人息子は、これしきの事で折れたりしないのだ!



「どうと言われても……良いところを上げるとキリがないです……♡ 私が甘えると優しく受け止めてくれますし、間違ったことをしたら叱ってくれますし……風邪を引いたときなんて、食事も着替えも、寝るときだって付きっ切りで看病してくれました……♡」


「ぅぐぇっ」


「着替えに寝るときなんて、それって———」


「ひゃ~~……///」



 既にギリギリだった公哉きみやに、紗那さなによる追撃がラッシュで叩き込まれる!

 しかも、クラスメイトの前では初めて見せるような『恋する乙女』な表情は、あまりにも破壊力が大きいっ……!



「で、でもそいつの家柄は———」


「しかし、私が風邪を移してしまったみたいで……お兄ちゃんは断るのですが、申し訳なくて……もちろん私も看病しましたよ。朝から晩までずっと、ね♡」


「くっ、風邪なんか引くような弱そうなやつのどこが———」


「はっきり言わないと分かりませんか。私が好きなのはお兄ちゃんだけです、後にも先にもずっと……あなたも他の男性も元から眼中にありませんから」


「 」



 竜宮院りゅうぐういん公哉きみや、生まれてから10年にして、初めての失恋だった。



 告白前に撃沈した公哉きみやを目撃したことにより、その後しばらくの間は紗那さなに対する男子たちのアピールは激減し、逆に『お兄ちゃん』の詳細を知りたい女子や、馴れ初めや生活を知りたがる女子が激増したのだとか。

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