閑話 その3

 5月も半ばとなれば、徐々に気温は高くなってくる。


 そんな中で体育の授業をやれば汗をかくのは当然で、早めに更衣室に戻った新那にいなは制汗シートで身体を拭きながら、それでも収まらないじめじめとした不快感に顔をしかめた。


 女子としては当然匂いが気になるわけで……クラスの男子共が私の匂いを気にしていると想像しただけで鳥肌が止まらないし、何より万が一加賀人かがとに『汗臭い』と思われたら……



(死ぬっ……! というか死にたくなるっ……!)



 顔をしかめて自身から距離を取る加賀人かがとの姿を想像し、新那にいなはクラッと眩暈を覚えた。


 この時ばかりは、加賀人かがとと違う学校で良かったと思う。校内で会わず、家に帰って即お風呂に入れば、汗臭い私を加賀人かがとの前に晒さずに済むからだ。



(……匂いを嗅がれること自体はいいんだけどなぁ……)



 シャンプーやボディソープだって加賀人かがとの好みの香りにしてるし……毎晩彼の脱いだ服を拝借しているから、加賀人かがとに匂いを嗅がれるならお互い様だ。


 自分の匂いを求めて来る加賀人かがとの姿を想像し、にやけるのを押さえながら、新那にいなは新しいインナーに着替える。


 そんな新那にいなの様子を見ていたクラスメイトが、おもむろに口を開いた。



「……最近、新那にいなちゃんってなんか変わったよね」


「そう? ……全然自覚ないけど、どう変わったの?」


「ん~……何て言うか、エロくなった?」


「あー、それ何となく分かるわ」


「エッ……はっ? 何? あなた達まさかそういう……」


「ちちち違うからっ!」


「何て言うんだろ……フェロモン? みたいな……最近纏ってる雰囲気みたいなのが凄いんだよね」


「同性の私達でもそう感じるぐらいなんだから、男子はもっとなんだろうね……」


「そんなに男子を惹き付けてるのかしら」


「それはもう……新那にいなちゃんの前だとみんな前屈みじゃん」


「…………」


「真っ赤になってどした? やっぱ新那にいなちゃんでも恥ずかしい?」



 思い当たる節がありすぎて、耳まで真っ赤になる新那にいな


 どう考えても、原因は夜の一人遊び・・・・だ。『そういうこと』に加賀人かがとが相手をしてくれない分、一人でするしかないのだけど……



 自分でもビックリするぐらい、加賀人かがとの匂いが好きだということに最近気がついた。


 加賀人かがとのシャツを拝借してしてみたら色々凄すぎて、意識がぶっ飛んで気が付いたら朝になってたなんてこともあったなぁ……その時からかな、性癖に気がついたの。



 そして新那にいな自身も気が付いていないものの、初日に加賀人かがとと触れあって以降、新那にいなの中の『女』が急激に目覚めていっているのだ。


 絶賛思春期であるということも当然関わっているが、何より前世から魂に刻まれたそれ・・が、本能に訴えかけるのだ。


 なんとしてでも加賀人かがとの種で孕むのだと。



 そんな本能に引っ張られるように身体も準備・・を始め、女性としての魅力が爆増しているのが今の状態である。


 といっても新那にいなは他の男性に一切興味がないため、そんな男子達の反応などそもそも認識していなかったのである。



「視線というか、新那にいなを見てるときの目付きが怪しい先生とかいるもんね」


「年齢関係なく惹き付けるとか、新那にいなちゃん魔性の女すぎん?」


「そんなこと言われても嬉しくないわよ。……私は一人の……あの人・・・にだけ想われたいから」


「「っ───」」



 加賀人かがとを想い、僅かに目を細めて顔を綻ばせる新那にいな。その表情があまりにも艶やかで、それでいて深く底の見えない仄暗さを孕んでいて───


 間近で見ていた二人は、慌てて新那にいなから目を逸らした。新那にいなの表情が、同性から見ても理性を揺さぶられるほど魅力的だったからだ。



 『女の子は恋をすると綺麗になる』とは言うが、これはちょっとフェロモンが溢れすぎなのではないだろうか……。


 元々現実離れした美少女が恋に焦がれる様子は、いっそ暴力的なまでに魅力的だった。


 そして、彼女の想いを一身に受け、彼女をここまで変えた男というのは、一体どんな人物なのだろうか。


 ……とりあえず、一言言えるのは。



新那にいなちゃん……男子の前でそういう顔しちゃダメだよ?」



 我を忘れた男に襲われるに違いない。



「別に……他の男といても楽しくないから、笑顔にもなれないけど」


「それならそれでいいのよ、身を守るためにも……」


「……? よく分からないけど。じゃあ、私は先に教室に戻るわね」



 一足先に着替え終わった新那にいなは、更衣室を出て教室へと向かう。そんな新那にいなの後ろ姿をしばらく眺めた二人は、自然と顔を見合わせた。



新那にいなちゃん、エロすぎん?」


「ホントそれ……あんな美少女が纏っていい雰囲気じゃない……」


新那にいなちゃんが許してくれるならレズになってもいい……」


「一人にしちゃうと事件に巻き込まれるね、絶対。私達が可能な限り守らないと」


「んで、新那にいなちゃんを狙ったはいいけど玉砕したイケメンを拾って付き合いたいって考えですね分かります」


「そこまで言ってないんだけど?」



 新那にいなが去った後でも、更衣室では彼女の話題が絶えない。


 そんな新那にいなを守るためできる限りのことはしようと、彼女達は決意を新たにするのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る