閑話 その2

「な~んて話、さっき食堂で聞いちゃった」


「そう……」



 ニヤニヤした笑顔でそう告げてくる友人の凛璃りんりに、私……麗那れいなは興味なさそうに答える。



 私が通うキャンパスには大きめの中庭があり、テラスのようにイスやテーブルが置かれている。お昼時に込み合う食堂を避け、中庭を利用して昼食を取る学生も結構いるのだ。


 普段から弁当を持参する私も、基本的にはここを利用して昼食を摂るようにしている。


 そんな私の前で、レポートを広げながらもお喋りで全然進んでいない女性は、大学でできた友人の凛璃りんりだ。



 正直、私はずっと前世からの想い人……加賀人かがと君さえいれば、友人も何もいらないと思っていた。それは加賀人かがと君と出会う前からだ。


 ただ、その考えが変化してきたのは高校生になったあたりから。身体的にも成熟したからか、私を狙ってくる男子が一気に増えたのだ。


 物心ついたころから、まだ見ぬ想い人に添い遂げる決意をしていた私は当然すべてを突っぱねてきたけれど……どれだけ興味がない素振りをしても、アタックしてくる男子は後を絶たない。



 うんざりする。

 私が何かを捧げるのはあの人・・・だけであって、それ以外の男に私が捧げるものなんて何もない。たとえ僅かな時間さえ。


 それが非常に無駄だと思ったから、少しでも味方を増やしておいた方がいいと考えたのだ。要するに、周りを友人で囲って男が入ってくる隙を無くすのだ。


 『友人を利用している』と言われればそうなのだけど……欲望のままに暴走する男の悪業も、随分見てきた。



 そんなわけで、私の友人関係は広い方だと思う。

 母のブランドのモデルもたまにやっているから、そっち方面にも顔が広かったりする。


 そんなたくさんいる友人の中の一人が、凛璃りんりというわけだ。



 同性の私の目から見ても、彼女は非常に可愛い。

 身長が低いのは庇護欲をそそるし、それでいて時折見せる力強い瞳は、浮ついた男子大学生の心を惹き付けるには十分なようだ。



 ……その瞳に、なぜかこの娘は敵に回してはダメだと、本能的にそう思った。


 結果、こうして一緒に昼食を食べながら会話に花を咲かせるぐらいの関係にはなることができたのだった。



麗那れいなちゃん、全然興味なさそうだね?」


「まぁ、その辺の男・・・・・に興味は無いもの。何と言われようと関係ないわ。……それより、私が手伝ってあげてるんだから早くレポート進めなさい。お昼の時間終わるわよ?」


「提出は明日だから大丈夫です~。……だからもっと時間がある夕方とかにしようって……」


「ダメ、講義終わったら早く帰らないといけないもの」


「……それって、例の・・麗那れいなちゃんの彼氏のため?」


「……彼氏ってわけじゃないけど……」


「じゃあじゃあ、麗那れいなちゃんが想いを寄せる相手ってことだ!」


「そういうことね」


「そうよねそうよね! いや~~っ、あれだけ男子をゴミを見るような目で見てた麗那れいなちゃんにも、ちゃんと女の子らしいところがあって安心したよ!」


「内緒にしておいてよ? まだ付き合ってるわけでもないし、下手に詮索されても嫌だから」


「大丈夫! 私、麗那れいなちゃんに見放されたらレポートで死んじゃうから、絶対そんなことしないしさせない・・・・よ」


「……信じてるわよ」


「任せて! 麗那れいなちゃんの迷惑になるような奴は、私の組……じゃないや、親戚が黙らせちゃうから」


「……? まぁ、それならいいけど」


「でもさぁ、大学生のカップルなんて遊びが多いんだろうけど、麗那れいなちゃんは気軽に男遊びする人じゃないでしょ? 将来のこととか考えちゃわない?」


「それは……」


 そんなの、当たり前だ。

 加賀人かがと君は、私の中の唯一の男性・・


 彼とエッチしたい。

 彼と結婚したい。

 彼の赤ちゃんを産みたい。

 彼と一生を共にしたい。


 そんな思いは、彼との同棲を始めて、より一層強くなっていく。


 普段クールを装っている私が、心の中ではそんな風に思っていると彼が知ったら、どう思うのだろうか。……きっと受け入れてくれる。受け入れて欲しい。



 私の全てを受け入れてくれる加賀人かがと君の姿が頭に浮かぶ。こんな私を大切にしてくれて、私に甘えてくれて、私を甘やかしてくれて……毎日、私の料理を食べてくれる。


 それは、どれ程幸せな日々なのだろう。



 キュンッと、お腹の奥が疼く。

 最近こうなることが多いのは、きっと心も身体も彼を欲しがっているからなのだろう。


 クールを装っていても、身体は正直だ。願わくば、彼の欲望のままに貫いて欲しい───



麗那れいなちゃん?」


「……ごめんね、なんでもないわ。それより、レポートが進んでないみたいだけど」


「ぅっ……」



 片手でお腹を擦る私を見て、凜璃りんりが首を傾げながら声をかけてくる。


 さすがに『彼のことを考えていて子宮が疼いた』なんて言えるわけもなく、適当にごまかしておく。


 適当・・と言っても確信を突いていた私の指摘は、彼女の表情を歪めるには十分だったようだ。



「だ、大丈夫だよ! 今は麗那れいなちゃんへの質問タイムだからっ!」


 そういって笑顔を見せる彼女のレポートは、いまだに綺麗な白だ。

 本当に間に合うのだろうか。



「……麗那れいなちゃん、それ自分で作ったお弁当?」


「私と妹の新那にいなで作ったのよ」


「毎日作るの大変じゃない? 早起きしないとダメだし」


「もう慣れたから。それに、作るのも楽しいしね」



 私たちがお弁当を作るようになってから、加賀人かがと毎日お礼を言ってくれるのだ。これが嬉しくないわけがない。


 加賀人かがと君のために作るついでだから、全く苦ではない。むしろ、こんな普通のお弁当でいいのかと不安になるくらいだ。



「栄養バランスも考えなきゃね」


「十分ヘルシーなお弁当だと思うけど……?」


「最近料理が楽しくて、ついつい作りすぎちゃうのよね。運動・・はするようにしてるけど」


「ストイックだなぁ……まぁ、だからこそそのプロポーションってことだよね。羨ましい……」



 凛璃りんりの視線が、私の胸に向けられる。

 男子に向けられるそれとは違うけど、まじまじと見られるといたたまれない。


 私が小さく身を捩ると、凛璃りんりはニヘッと破顔した。



「喋ってばかりでレポートやらないならもう行くわよ?」


「わーっ、待って待って!」


「でも、もうすぐお昼終わるし」


「う~~っ、じゃあ帰りにちょっとだけ! 30分だけでもいいから!」


「全く……仕方ないわね。でも、その時までに全く進んでなかったら無視して帰るからね?」


「やっぱ神! いや、聖女麗那れいな様!」



 何かと私を崇める凛璃りんりに苦笑いしつつ、私を空になった弁当箱と片付けて彼女と別れる。ちょっとゆっくりしすぎたから、急がないと。













 控えめに手を振りながら麗那れいなを見送った凛璃りんりは、彼女の姿が見えなくなったところで力が抜けたようにイスに座り込み、大きく息を吐き出す。


 ただ、それは疲れからくるようなため息ではなく、まるでため込んでいた何かを吐き出すような———



「はぁぁぁ……もう、麗那れいなちゃん好きぃ……話すだけで緊張しちゃうよぉ」



 その言葉は、『友情』というには重すぎる何かを孕んでいるようだった。



「大丈夫だよ、麗那れいなちゃん……あなたの生活と幸せを脅かす奴は、私が全部なんとかして・・・・・・あげるからね———」

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