私達を置いていくの……?

 なんだか不思議な夢を見た。


 そこは一面の花畑。地平線の果てまで続く色とりどりの花が咲き誇っている。俺は雲のようなふわふわとした何かに乗って、花畑の表面を撫でるように移動していた。


 空を見上げれば、くっきりとした白い雲が夏を感じさせる。

 雨が降った後なのだろうか、地面から来る草いきれによって花の香りがより強調されていた。


 強い日差しが、少し蒸し暑さすら感じさせる。けど、ふわふわとした白い雲のようなものの心地よさと花の良い香りが、俺を更なる微睡みへと誘い───


 ……………………………………


 …………………………


 ………………


 ………


 …


「っ───」



 ふと感じた息苦しさに、俺の意識は急浮上してくる。なんだろう、結構気持ちの良い夢を見ていたはずなのに……。


 未だ覚醒しきっていない頭で、いきなり状況を理解できるはずもない。ただ俺は、その場にある『心地よさ』に身を委ねた。


が……



「んっ……♡」



 頭の上から何やら湿っぽい声が聞こえ、続いて頭を撫でられる感覚……。


 これは……?



「あら……おはよう、加賀人かがと君……♡」


「っ!?」



 驚くほど近くから見下ろすようにこちらを覗き込む、聖母のような微笑みの麗那れいなと目が合い、俺の意識は覚醒した。


 どうやら俺は、横向きになって麗那れいなの胸に顔を埋めたまま寝ていたらしい。


 それを理解した途端、俺の今の状況が分かってきた。



 まず紗那さな

 紗那さなはどうやら、俺に抱き枕にされているらしい。俺の胸の中で、何やら小さくて暖かいものが気持ち良さそうに寝息を立てているのが分かる。


 次に新那にいな

 新那にいなは俺の背中側をがっちりキープしているようだ。


 ヤバい、はっきり分かる……。

 何がとは言わないけど、とても大きくて柔らかいものが押し付けられている感触が、はっきり分かる……。



 と、とにかく……問題は麗那れいなだ。麗那れいなは恐らく、寝返りを打った俺を受け止めたのだろう。


 それは良いとして……俺今、麗那れいなのおっ───胸に自分から顔を擦り寄せた……?


 半分寝てたとはいえ、良い香りと暖かさが心地よいと思って───



「っ~~~~!」


「あら、真っ赤……目は覚めたみたいね」


「お、お陰さまでな……とりあえず離れ───」


「ふふ、ダメ……♡」


「んむっ……!」



 麗那れいなの腕が頭の後ろに回され、ぎゅむっと押し付けられる。


 ちょっ、待っ……溺れ……



「っ……これ、身体で迫ってることにはならないのか……?」


加賀人かがと君の方から甘えてきたじゃない」


「くっ……!」



 そういう扱いなのかこれはっ!?



「ふーん、加賀人かがとはお姉ちゃんのおっぱいがいいんだ……?」


「んぉっ……!」



 耳元で囁かれた新那にいなの言葉にゾワッとした俺は、思わず変な声を漏らした。


 ヤバい……剣哉けんやにお勧めされて聴いたASMRの動画とは比べ物にならない……美少女の生ASMRはちょっと効き・・すぎるっ……!



「……? あっ……ふふ、加賀人かがとったら、耳元で囁かれるのが好きなの……?」


「ちょっ待っ───」


「可愛い……♡ 私がいつでもしてあげるからね……♡」


「やめ───」


「んぅっ……お兄ちゃん、苦しい……」



 新那にいなの生ASMRのせいで力が入ってしまっていたのだろう。俺の胸に顔を埋めていた紗那さなから、弱々しい声が聞こえてきた。



「ご、ごめん、起こしたか? すぐに離すから───」


「……さなのお腹に硬いものが当たってるんだけど、なぁに?」


「ひゅっ」



 紗那さなの言葉に対して返せたのは、悲鳴のような情けない声だけだった。


 未成年にセクハラ……不同意わいせつ……逮捕待った無し……社会的な、死──!



「お兄ちゃん、何か・・がすごい腫れてる?」


「それはマズいわね……加賀人かがと君、お姉さんに見せてみて? すぐに治してあげるから」


「お姉ちゃんは引っ込んでて? 私も治し方知ってるんだから、私に任せて……♡」


「っ~~~~! ごめんっ!」


「「「あっ……」」」



 目の色を変えた麗那れいな新那にいなを振り切り、紗那さな麗那れいなに押し付けた俺は、一目散に自分の部屋へと駆け込む。


 取り返しの付かないことになる前に……添い寝はもう二度とごめんだっ!



        ♢♢♢♢



 それからしばらく、気持ちを落ち着かせた俺は、気を取り直して朝食を食べることにした。


 俺がキッチンに来ると、狙ったかのように皆が揃い、朝食が出来上がる。なんで俺が来るタイミングが分かるんだろうか……。


 今日の朝食は、ご飯に味噌汁に焼き魚……つい『こういうのでいいんだよ』と言いたくなる、シンプルなものだった。



「父さんも綾那あやなさ……母さんも仕事か」


「そうね、ゴールデンウィークだっていうのに、忙しいみたいなのよね」



 社長やってる父さんはともかく、デザイナーは定期的な休みがあるのだろうか? でもまぁ好きでやってるみたいだし、母さんも楽しそうだ。


 父さんと母さんは二人で遊びに行ってることもあるみたいだし、順風に行くなら俺も文句はない。


 ……その分家を開けることが多いから、麗那れいな達が好き放題に俺に構ってくるんだけど……まさかそれを狙って家を空けるようにしてる?



「それじゃ、今日もまたさな達と遊ぼ?」


「それも良いんだけど……」


「どうかしたの?」


「……友達から誘いがあった?」



 言い淀んだ俺が、僅かにスマホに視線を向けたのを見抜いたのだろう。目のハイライトが消えた新那にいなの声が、若干低くなる。



「け、剣哉けんやからだよ……男友達の」


「あぁ、あの子ね……」


「男なら許せる……のかな」



 ……なんで剣哉けんやのことを知っているんだろう。顔を合わせたことはないはずなのに……。



「何のお誘い?」


「『クラスの奴らを誘うからカラオケとか行かないか』、って……」


「「「それ絶対女子も来るやつじゃん!」」」



 3人の声が綺麗に被る。そんなに許せないこと……なんだろうなぁ……やけに重いこの3人からしたら……。



加賀人かがと君に悪い虫がつくのは確実……」


「というか絶対狙ってるでしょ、それ……」


「お兄ちゃん、私達を置いていくの……?」


「ぅ……いや、別にクラスの奴らとちょっと遊びに行くだけだぞ? むしろ同じ家で暮らしてるお前達の方が長く一緒にいるってのに……」


「そういう問題じゃないの。加賀人かがと君に他の女が寄り付かないようにしないと」


加賀人かがと、私も行って良い?」


「えっ……」


「確かに……私や紗那さなだと、向こうも気を使っちゃうし、同い年の新那にいななら別の学校の友人ってことで……」


新那にいなお姉ちゃん、お兄ちゃんを守ってあげて!」


「任せて、しっかり束縛……じゃない、守ってくるから!」



 …………えっ?

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