今、何でもしてくれるって?

「で、今日のあの二人は誰なの? 知り合い?」


「相手が妙に馴れ馴れしかったけど」



 帰宅し、4人揃って共有部屋に戻ると、休憩の間もなく麗那れいな新那にいなが詰め寄ってくる。


 真凜まりん姫乃ひめのを追い払った時のように、まるで深淵を覗いてるかのような目だ。俺でもちょっと怖い。



「知り合いってほどじゃないんだけど……中野なかのさんとたちばなさんは同じ学年ではあるけど、俺とはクラスが違う二人だ。入学してすぐから声かけられたけどな」


「へぇ……」


「まさか、加賀人かがとはああいうのがいいの?」


「っ! それだったらなんでも言って! 服装もメイクも、全部好みに合わせるから!」


「そんなんじゃないって。むしろ避けてたんだぞ? 前世の俺の性格、分かってるだろ」


「……それもそうね」



 見るからに安堵の表情を浮かべる3人。

 自分で言うのもなんだが、前世も前々世も恋愛の経験なんてない。

 しかも下手に大人としての意識が残っているからか、今さら女子高生とどうこうするだなんて、全く想像できないのだ。


 そういう意味では、麗那れいな達の方が馬が合うのかもしれない。



「前世では会うたびに露出を増やしても反応しなかったものね」


「あれね、結構いい作戦だと思ったのにね」


「あれわざとやってたのか!? どれだけ戦いにくかったか……」


「過去の話はどうだっていいのよ。今はあの女狐が近寄らないように策を練らないと」


「いっそのこと、私そっちに転校する? 加賀人かがとと同い年だし平日も監視……見守れるよ」


「マジでやめろ! そんな理由で創黎そうれい学園を出るとか勿体なさすぎる!」


そんな理由・・・・・じゃないわよ。加賀人かがとのためだったら私の人生なんてどうでもいいの」


「冗談———」



 ———言ってるようには見えないな。目が本気すぎる。

 本気でやりかねないな、これは。



「そこまで自分を蔑ろにして、俺が喜ぶと思ってるのか?」


「っ……でもっ」


「むしろ迷惑になる。麗那れいな新那にいな紗那さなも、せめて学校に居る時ぐらいは自分のために動いてくれ。こっちは自分でどうとでもなるから」


「わ、分かったからっ、ごめんねっ? 嫌いにならないで?」


「私も気を付けるから、見捨てないで……」



 俺に拒絶されるとでも思ったのだろうか。

 突然涙目になった新那にいなは、他の二人が見てるのも憚らず、俺に縋りついてくる。まぁでも、それは麗那れいな紗那さなも同じだけど。



「普通にしてれば、別に嫌いになんてならないよ。むしろ今日は申し訳ない気持ちでいっぱいだよ……紗那さなに怖い思いをさせたし、姉さんなんて暴力を振るわれてるんだから」


「ん……いいのよ、これぐらい。加賀人かがと君が嫌そうにしてるのを見て頭に血が上って、煽りすぎた私が悪いわ」


「それでもだ。できれば何か埋め合わせをしたいんだけど……何がいい? 俺にできることなら何でもするよ・・・・・・


「「「っ!」」」


「ぅおっ」


 俺がそう言った瞬間、3人が一斉に俺に顔を向けてきた。

 何をそんなに驚いた顔をしてるんだ……?



「なんでもいいの……?」


「お、おぅ……」



 麗那れいなの声が、妙に俺の耳にこびり付く。

 そう呟いた麗那れいなの声は得も言われぬ熱が籠っており、赤く上気した表情と相まって、思わず俺も心臓を跳ねさせた。


 しかもそれが麗那れいなだけじゃなく、新那にいな紗那さなも同じように女の表情を見せていたら、さすがにドキッとするだろう。



「まさか……また初日の時みたいにキスしてほしいとか言う気じゃ……」


「キスは一応、毎晩してるから間に合ってるけど……私どうしても欲しいものがあるの」


「待った、毎晩してるって何!? えっ、そんなの全く知らないんだけど!?」


「……ふふ、加賀人かがと君って、一度寝るとなかなか起きないわね?」


「そうだね~、あんなことしても起きなかったし……」


「えへへ、お兄ちゃんの寝顔、毎日見ても飽きないよ♪」


「俺毎晩何されてんの!?」



 衝撃の事実が発覚……マジで全く記憶にない……。

 朝起きても別に身体に違和感ないし、服装も乱れてないし……ちょっとゾクッとした。



「今はいいのよ、それは」


「俺が知らない間に毎晩襲われてるのはどうでもいいことなのか……」


「それで、私たちの欲しいもの……聞いてくれる?」



 紅潮した表情と、吐息を漏らすような麗那れいなの言葉に、俺はゴクリと唾を飲み込む。



「な、何が欲しいんだ……?」


「赤ちゃん」


「えっ」


加賀人かがと君との、赤ちゃんが欲しい」


「却下ぁっ!」


「どうして!? 私はいつでも準備ができてるのに!」


「私はまだ15歳だから結婚はできないけど……順序が逆になってもいいと思うの」


「ごめんねお兄ちゃん……さなももうすぐ赤ちゃんできるようになるから、待っててね?」


「おっも……そんなことしたら家族じゃいられなくなるから、な? ちょっと落ち着こうぜ……」



 下手に強く拒絶したら、なんだか刺されそうな気がする……。



「……まぁ、加賀人かがと君ならそう言うと思ってたけど……。それなら別のお願いをするわね」



        ♢♢♢♢



 その日の夜、俺は両腕とお腹に感じる重みに耐えながら、必死に気持ちを落ち着かせていた。



 重みの原因は当然、麗那れいな新那にいな紗那さなの3人だ。


 彼女達の要求は、『添い寝をしてほしい』とのこと。

 それぐらいなら……と思ってしまった俺は、共同部屋に布団を敷いて、今日だけは同じ部屋で寝ることになったんだけど……。



 これはこれでヤバいかもしれない。


 生地の薄いネグリジェに身を包んだ麗那れいなは、俺の右腕に頭を乗せて幸せそうに寝息を立てている。


 新那にいなは薄いピンクと白の縞々パジャマに身を包んで俺の左側を陣取り、こちらも幸せそうな表情だ。


 紗那さなはというと、白熊をモチーフにしたもこもこパジャマで、俺のお腹の上に遠慮なく寝ころんでいる。ちょっと重い。



 そもそも女性とこんなにくっついた経験なんてないのに……彼女達の体温と、お風呂上りの、こう……男の本能に叩き込んでくるような良い香りに包まれて、正直手を出さないようにするのに必死だ。



 その日の俺は、寝付くまでにかなり時間がかかったような気がする。

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