勝手に前夜祭

まえがき


この作品、ストーリー的なものは全く考えていませんので、こんな感じで続いて行きます。


─────────────────────


「何してくれてるんですか、麗那れいなさん……」


「つい、溢れそうだったから……」


「溢れそう? ……って、何が?」


「……こっちの話よ。それより、さっきみたいに『姉さん』って呼んでくれないの?」


「ぅ……」



 俺と麗那れいなは学校を離れ、家までの道を歩きながらそんな会話を繰り広げていた。原因は、校門での麗那れいなの行動だ。



 あれだけの生徒に注目されてる状態で抱き着いてきたもんだから、嫉妬やら怨嗟やらの視線が俺に突き刺さり、中には舌打ちも聞こえてきた。


 その上、『お姉さん? そんな冴えない奴のどこがいいんだよ』と突っ掛かってくる奴まで登場し、麗那れいなはそれに対し、まさかの応戦。


 麗那れいなの『他人と比べて自分の方がイケると思っちゃうの性格ブサイク過ぎるし、それを臆面もなく言えちゃう辺り、相当キモいよ?』がクリティカルしたようで、相手は激昂。



 結果として、凍えそうなほど冷たい視線を浴びせながらの『あんたが加賀人かがとに勝ってる部分は自尊心だけ』と、『あんたのことを好きなのはあんただけだよ?』の追撃がトドメとなり、撃沈したそいつは仲間に連れられて消えていった。


 静まり返る周囲を無視し、満面の笑みを浮かべて『さ、帰ろう?』と俺の手を取った麗那れいなに連れられるままに、俺は帰路についたのだった。



 この時、俺は麗那れいなのことを『姉さん』と呼んだから、きっと周りは『姉弟だったのか』と思ってくれたはず……男女の関係だと思われた方がよっぽど厄介だからな!



「もっと穏便に済ませてくれよ……」


「ああいう奴にははっきり言わないとダメでしょ。加賀人かがと君を下に見られたみたいでムカついたし」


「…………」



 今、小声で『ゴミ共が……』と呟いたのは聞かなかったことにしよう。



「それに、あなたも自慢できるでしょ? 『俺の女はこんなに美人なんだぞ』って」


「俺の女ってなんだ! 俺の女って!」


「……まだ分からない?」


「えっ———」



 何を———と言う前に、麗那れいなが俺の手を取って自分の首に当てる。


 風に当たり、冷えた指先が麗那れいなの細い首筋に触れ、じんわりと熱が伝わってくる。


 簡単に折れてしまいそうで……そんな危うい彼女が自分の手の中にあるという事実が、何か背徳的な感情を芽生えさせる。



「私はあなたのモノだって……嫌なら、このまま首を絞られても私は本望よ?」


「っ———」



 蠱惑的に熱を帯びる麗那れいなの目は、ふざけている気配など一切ない。



「……そんなのはやめてくれ」


「そう……どうしようもなく優しくて、私達を惹き付けて止まない。前世からあなたはそうだったわね」


「あくまで前世だろ、今の俺は『月島つきしま 加賀人かがと』だからな」


「……ふふ、本当に優しい。なら、加賀人かがと君にはサービスね」


「ちょっ……!?」



 首から離した俺の手を、麗那れいなはそのまま自分の胸に押し当てた。ムニュッとした極上の感触と共に俺の手が沈み、温かさと麗那れいなの鼓動が伝わってくる。



こっち・・・だったらいつでも大歓迎だからね?」


「っ~~~~!! しませんっ! 姉弟でしょうがっ!」


「あらら、残念」



 勢いよく手を引き離した俺に、麗那れいなはそんなことを呟く。この人の倫理観はどうなっているのだろうか……。



「で、なんでわざわざ学校まで来たんだよ」


「なんでって……お義父さんが今日遅いんでしょ? 私が夕飯作ろうと思って、買い物もしてきたのよ?」


「……そのバッグの中、買い物だったのか……」



「そ、今日もお邪魔するわね。安心して? 内緒で来たことが新那にいな紗那さなにバレたら面倒だから、作ったらすぐに帰るわ」



 嬉しそうに目を細める彼女を見て、背筋に冷たい何かが走ったのは気のせいではないはず。

メチャクチャ美人なのに、どう拗らせたらこうなってしまうんだろうか。


 積極的でストレートすぎるところに目を瞑れば、全然嫌ではないんだけどなぁ。



        ♢♢♢♢



「手際がいいな」


「これぐらい出来て当然よ」



 帰宅してしばらく、あっという間に麗那れいなお手製のシチューが出来上がり、キッチンには良い匂いが漂っていた。


 テキパキと調理をこなす麗那れいなの手際は見事の一言で、『良い嫁になるだろうな』と素直に思ってしまう程だった。


 ……美しい白い髪を結い上げ、エプロン姿となった彼女に少し見惚れてしまったのは内緒にしておく。



「すぐに帰るわけじゃないだろ? せめてお茶ぐらいは飲んで行ってくれよ」


「あら、ありがとう。なんだかんだ言って歓迎してくれるじゃない」


「さすがに女の子に夕飯だけ作らせて帰らすなんて、それはないだろ」


「私は都合の良い通い妻でも全然いいけどね?」


「俺が良くないんだって」


「明日には同棲生活が始まるくせに……」



 湯気が立つアールグレイの香りに頬を緩め、ゆっくりとティーカップを傾ける麗那れいなの所作は上品で、無意識に眺めてしまうような気品があった。


 初対面があれ・・だったから、なんかイメージが……。



「この紅茶、すごく良いわね」


「俺も親父も結構好きでな。こだわってみると結構奥深いし……なんかいいだろ?」


「ふふ、何そのふわっとした理由……でも、私も分かるわよ。気持ちが落ち着くし、リラックスもできるからね」


「そうそう、一応成績上位を取らないとだからさ。勉強の合間に紅茶でリフレッシュするのが日課になってるな」


「ちゃんと勉強しててえらいわね、加賀人かがと君。私が勉強教えようか?」


「マジ? 麗那れいな……さん、は央都大だったっけ。高校の内容なら余裕か」


「『麗那れいな』って呼び捨てでいいのに……それか『姉さん』で」


「年上だから呼び捨てはちょっと……」


「家族になるんだから気にしない……というか、あなたに呼び捨てで呼ばれるって———ふふっ」


「せめて『姉さん』で頼む!」


「んっ……もう一度呼んでくれる?」


「……姉さん」


「あぁっ、んっ……♡」


「変な声出さないで……」


「あなたに『姉さん』って呼ばれるのが嬉しくて……♡」


「そ、そうですか……」



 頬に両手を当てて照れる麗那れいなは、今日学校で見たような鋭い雰囲気とは似てもに付かないほど柔らかい。


 ……というか、あれ?

 なんか普通に話が弾んでたな?


 なんだ、俺も普通に会話できるじゃないか。

 ……普通にしてれば、麗那れいなさんってめちゃくちゃ———



「———可愛いな」


「えっ?」


「あっ……! い、今のなしで!」


「バッチリ聞いたわよ……本当、そんなに私を悦ばせてどうしたいのかしら?」



 紅茶を飲み干した麗那れいなは、舌で唇を濡らしながら立ち上がる。白磁の肌を紅潮させた麗那れいなの目は、まさに肉食獣のそれだ。



「いやっ、今のは言葉の綾でっ、いやそれも違うけどっ———」


「ふふ、冗談よ。私もそろそろ帰らないと」



 俺の焦る姿を見てクスクスと笑う麗那れいなは、サラッと髪をほどいてバッグを手に取った。



「紅茶、ありがとう。美味しかったわよ」


「そ、それは良かった」


「明日は新那にいな紗那さなもいれて、4人で楽しみましょう? きっと二人も気に入ると思うわ。明日から、よろしくね?」


「……よろしく」



 手を振りながら家を出ていく麗那れいなを見送りつつ、俺はそう返すのが精いっぱいだった。


 新那にいな紗那さなも、第一印象があれ・・なだけで、きっと普通なんだろうけど……麗那れいな一人にこれだけ翻弄されるというのに、いざ同棲が始まったらどうなってしまうのか……。


 それだけが心配でたまらない。

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