来ちゃった……♡

 翌日、この日の俺は昨日よりもさらに『心ここに在らず』の状態だった。


 親父の再婚相手が前世で戦った魔王で、その娘達3人が俺の姉妹になって……復讐とは真逆の、めちゃくちゃ重い愛をストレートにぶつけてくる。


 しかも———



「っ~~~~~~!!」



 昨日の部屋での出来事を思い出し、ブワッと顔が熱くなる。

 あんな、貪るようなキスなんて初めて……というかあれがファーストキス……捕食されるかと思った……。


 それにしても、あの時の3人の表情はめちゃくちゃエロ———いや、この考えは止めよう。たぶん戻れなくなる。



 あいつらは悪魔……いやでもめっちゃ可愛くて———



「あ――――――っ!」


加賀人かがと……お前いつになく情緒不安定だな。なんかあったか?」


「すまん、俺も理解できてないんだ」


「えぇ……」



 『何言ってんだこいつ』みたいな表情を浮かべている剣哉けんやをしり目に、自販機で買ってきた炭酸飲料を一気に呷る。


 ちょっと炭酸が強めで喉が痛いが、今の気分を変えるにはちょうどいい。



「なぁ剣哉けんや、例えばの話なんだけどさ」


「なんだ急に、例えばの話?」


「死闘の果てに倒した相手が復活してきて、なぜかめっちゃ惚れられてたらどうする?」


「……頭大丈夫?」


「……今日の俺は大丈夫じゃないかもしれん」


「まったく意味が分からん。なに? ゲームの話?」


「まぁそんなところだ」


「オッケー、そのつもりで考えるわ……ごめん、もっと詳しく」


「……相手は魔王の手下の女の子で、主人公の敵で……結局主人公が勝ったんだけど、しばらく後にその女の子が復活してきて、主人公のことを好きになってる……みたいな」


「それなんてエロゲ?」


「失礼な奴だな、こっちは真面目に聞いてんだぞ」


「真面目な顔してエロゲの話振ってくるんじゃねぇよ。……まぁそうだな……大方、その女の子は最初から主人公に惚れてて、戦いたくなかったんじゃねぇの? じゃないと自分を殺した相手になんて惚れないだろ」


「……一理あるな。女心って難しすぎる……」


「お前もしかしてエロゲで女心理解しようとしてる? だったらやめた方がいいぞ。まったく参考にならん」


「彼女持ちの奴の言葉は重いですな?」


「まぁ少なくともお前よりは分かってるわな」


「くっ……こいつ……!」


「悔しいなら彼女の一人でも作ってみろよ。ゲームなんかより実践あるのみだし、お前なら簡単にできるだろ」


「そんな軽い感じが俺に合わないんだって……」



 空になったペットボトルをグシャッと潰し、ため息をつきながら視線を窓の外へと向ける。すでに下校の時間だ。剣哉けんやに言われたせいか、男女の組で歩くペアに、妙に視線が向いてしまう。



「ん……?」



 ふと、不思議な光景が目に留まる。


 校門の付近に出来上がる人だかり。

 それも、男子生徒ばかりが集まっているようだ。

 そんな彼らの視線の先、明らかにこの学校の生徒ではない、私服の人物に目を凝らし——



「っ!?」


「お、どうした? ……おぉ、めっちゃくちゃ美人さん」



 そこに居た人物は、紛れもなく麗那れいなだった。

 遠目で見ても分かる他とは違う・・・・・雰囲気が、無差別に男子どもを引き付けてしまっているようだ。


 かといって麗那れいな自身はそれらに全く無関心で、取り囲む彼らを一瞥すると、表情一つ変えずに視線を逸らした。



「ものすごい美人だけど、ちょっと近寄りがたい気もするよな」


「…………」


「お、もしかして加賀人かがとはああいうのが好み? やめとけやめとけ、お前は確かにモテるけど、あのレベルの人には相手されんぞ?」



 彼女に視線を向けたまま無言になった俺に、からかうように剣哉けんやが声を掛けてくる。その顔が妙にニヤついててムカつくけど、それどころじゃない。



「……ちょっと行ってくるわ」


「え、マジで?」



 もしここで無視しようものなら、後で『ねぇ、なんで無視したの? 私のこと嫌いなの?』と詰められるに決まっている。


 それに、大勢に注目される麗那れいなの目が、どこか寂しそうだったから———



        ♢♢♢♢



「お姉さん、誰か待ってます?」


「お姉さんめっちゃ可愛いですね! 良ければちょっとお話しません?」


「…………」


「ぅっ……」



 周囲を取り囲み時々話しかけてくる男子高校生に、麗那れいなは何も言わず、ただ無言で一瞥する。それだけで気圧されたのか、軽々しく話しかけてきた高校生はたじろぎ、すごすごと引き下がる。


 その人だかりの中に、前世からの想い人の姿がないことを確認し、麗那れいなは溜息をついた。



 私は確かに、容姿も頭脳も、何もかもが他人よりも優れている自信がある。けど、それらは全て最愛のあの人のもの・・・・・・であって、その他の有象無象に向ける分などこれっぽっちもない。


 特に、私の見た目だけを見て軽々しく声を掛けてくるような奴には。


 ただ目を向けただけで引き下がるぐらいなら、最初から話しかけてくるなと言いたい。



 ……やっぱり、私には加賀人かがと君しかいないと、改めて思い直す。強くて、逞しくて、それでいて一息に殺して愛してくれるほど優しくて。


 ふふ……あぁ、溢れてしまいそう。

 待った分、この後はどうやって可愛がってもらおう?


 加賀人かがと君はまだちゃんと理解していないみたいだから、私も新那にいな紗那さなも、加賀人かがとのモノだって分かってもらわないと……♡



「っ!」



 しばらくして、ヒトの群れの向こうに見えたのは姿に、思わず笑みが零れる。言わずもがな、それは加賀人かがとの姿だ。


 ようやく見つけることができた、最愛の相手の姿。

 私は人混みの隙間を抜け、一目散に駆け寄り———



加賀人かがと君!」


「ぉわっ!」



 その勢いのまま、加賀人かがと君の胸へと飛び込んだ。

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