第4話 : 駆け込む先はよく考えよう

「助けてくれぇぇぇ」

「夜に騒ぐなボケ!」

 こんなピンチに夜も朝もあるかい!

「ピンポンダッシュかと思ったぞ。インターホンを連打するんじゃねぇよ」

「だってぇ、だってぇぇぇぇ」

「あーもう、うっさい。近所迷惑だろ。分かったからとりあえず家に入れ」

「陽太~大好きぃ」

「くっつくな、うっとしい」

 素直じゃないなぁ。実は嬉しいくせによ。

 陽太の家にお邪魔し、慣れた足取りでリビングまで向かった。リビングにはあまり物が見当たらない。というか全体的に部屋の広さに対して家具の数が少ない気がする。生活に必要な必要最低限な物しかないのはいくらなんでも物寂しい気がする。

 テーブルには食べかけの晩御飯が主人の帰りを待っていた。

 ーー今日の晩御飯は生姜焼きか。うまそうだな。

「ゆだれを垂らしてもやらんぞ」

「分かってる分かってる。ちゃんと俺も晩飯買ってきたし。お湯借りるね~」

「晩飯ってカップラーメンかよ。あぁお好きにどうぞ」

 ごくごく自然にキッチンに向かった。やかんに必要量の水を注ぎ、ガスを点火。これであとは、沸騰するまで待つのみ。……ここまででなんとなく察していると思うけど、俺はこの家によく遊びに来ている。なんなら常連客だと自慢できるくらいだ。

 学校から近いいんだよねここ。だから大した用事がなくてもついつい寄ってしまうのだ。

 ちなみに陽太は一人暮らしをしている。なんで高校生が一人暮らしをしているかは教えてくれない。

 家庭の事情があるってことだけはポロッと教えてくれたけど、謎だ。……思えば陽太って結構謎に包まれていることが多い。なんとか聞き出そうと頑張ってみたことがあったけどめちゃくちゃブチ切れられたのでやめた。

 沸騰したやかんからカップラーメンにお湯を注ぎ陽太と合流。当然陽太は俺を待ってくれているはずもなく食事を再開していた。

「で、俺の晩飯を冷やすほどの用件とはなんだ?」

 陽太が生姜焼きを食べながら話を促してきた。

 いきなり押しかけたにも関わらずちゃんと話は聞いてくれるのは感謝しかない。

「実はさ、綾香さんに惑わされまして……」

 俺も待ちに待ったカップラーメンをズルズルとすすりながら、会話を進める。

「なんだよそんなことか。いつも通りじゃねぇか」

「そりゃそうなんだけどよ。いつもより雰囲気というかまとっている空気が違ったんだ」

「不用意に近づくなとあれほど忠告してやったよな? 無視するお前が悪い。以上」

「待って待って頼むから最後まで話を聞いてくれよーーーー」

 前言撤回。やっぱりこいつ血が通ってないんじゃないのか? 

 もしかして晩御飯を中断されたこと根に持ってるのかね。いいじゃんまた温め直せよ。

「綾香は何を言ってた?」

「……元カノの名前まだ呼び捨てしてるんだ」

「ちっ。別にいいだろ。今更付き合う前の呼び方なんぞできるか。……つかなんだお前。俺をおちょくるために来たのか?」

 怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い。

 目がマジだよ。今のお前なら睨むだけで人殺せそうだよ。

「やや。まさかね。まさかそんなことのために来たんじゃありませんよ〜」

「じゃあなんだ。あの女は何を言ったんだ?」

 ひえぇぇぇぇぇぇ。

 陽太は綾香さんーー元カノのことになると、めっちゃ不機嫌になる。

 ていうか、ドスが利いてません?。どこから出るのその声? なにか特別な声帯をお持ちで? 

 ……ほんと何があったんだよ。一年前はあんなにラブラブだったのに。

「土屋が俺のこと好きって言われた」

 よく知っている人の話だったせいか、肉に箸を伸ばそうとしたところでぴくッと手を止めた。

「……遊ばれてるだけだろ。なに本気になってんだ」

「いやそりゃそうなんだけど。こう、耳元で囁いてきたんだよ!」

「へぇ。だったらマジかもな」

 どういう基準なの?

「でも俺には萌絵ちゃんがいる。だから、どうしようと思って」

「まだ告ってもないくせに、いっちょ前に彼氏面とはな」

 鼻をフンっと鳴らす陽太。

「でもさ。そんなこと言われたら気になっちゃうものだろ!」

「じゃあその程度だったてことだ。お前の気持ちは」

「違う! 違うんだ。確かに土屋からの気持ちが本当だとしたら、嬉しい、嬉しいけど、やっぱり萌絵ちゃんへの想いの方が強い」

「……よくもまあ、素面でそんな恥ずかしいこと言えるもんだな。聞いてるこっちが恥ずかしくなってきた」

 うるせぇ。ピュアさをとっくの前にドブに捨てた陽太には、この気持ちは分からねぇんだよ。

「じゃあよ。陽太は綾香さんと別れて、すぐ新しい彼女作ったけどよ。綾香さんのこと引きずってないの?」

「ないね。微塵もない。……あのヤバい女とはすぐに距離を取るべきだと本能的に感じた。だからなんの後悔もない」

「綾香さんがヤバいってのは、今日身をもって体験したから納得でございます……」

「だろ?」

 ぐうの音も出ない。

「俺は萌絵ちゃんは好きだよ。でもだからこそ、人への好意を持つことの気持ちもよく分かる。……だからこそ適当にはできないんだよ」

 人を好きになるって言うのは、言葉では簡単だけどその気持ちを抱え続けるのはかなりしんどい。特に片思いは。

「クズのくせに、時々ハッとさせられるようなことを言うよな。お前」

 うるさいわい。一言多いんだよ。でもちょっとでも褒められるとすぐ調子に乗るのがこの俺。つい目の前のご馳走に手を伸ばした。

「えへっへへへ。じゃあその生姜焼きもらった!」

「やらん。お前にやる肉は一グラムもない」

まるで俺の行動が分かっていたかのようにジャストタイミングで手を叩かれた。

「けち。……陽太の料理美味しいから、一口だけでも食べたかったな~」

「……一枚だけならくれてやる。昼休みパンもらったしな。これで交換だ」

 へへへへ。ちょろいやつ。全く、もう少し素直になってくれるとやりやすいんだけどね。

 ではでは、一枚いただきま~す。うまい! なにをどうしたらこんな薄い肉がジューシーかつ生姜が効いたパンチのある味になるんだ? 本当にただの高校生かこいつ。実は食のバトルを繰り広げる学園出身者じゃだいだろうな。

「しょうがないやつだ」

「生姜焼きだけに?」

「……。やっぱ肉返せ」

「いやもう食べちゃたよ」

「じゃあ吐き出せ」

「そんなことできるか!」

 そんなこんなで陽太とあーだこーだしているうちに完食。

 ……ふぅお腹いっぱい。満足満足。ふはーと大の字になった。……このままここで寝たいな。泊まろうかしら。……今日の下着何色だったかしら?

「おい寝るな。まだ話は終わってないだろ」

「そういえばそうだった」

「で、結局何がお前の悩みの種なんだ?」

「それは……。土屋と明日からどんな顔して会えばいいのか分からないといいますか……」

「くそどうでもいい。帰れ」

 お、おいバカ手を放せ! 俺を家から閉め出そうとぐいぐいと俺を引きづっていく。どうやら玄関に向かっているようだ。

 いやいやいやいや。いくら陽太が鬼でもなんでもそんな酷いことしないでしょ。冗談きっついな~。あははははは。

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