第3話 : 野生の宇宙人にはご注意を

「おい、誰なんだよ。もったいぶらずに教えろよ」

 言いずらい空気をなんとか打破したいがために敢えて強めの口調で迫った。

 綾香さんは俺の口調の強さのせいかそれとも諦めず追求してきたことが意外だったのかキョトンとした顔をした。かと思えば、すんなりと答えを教えてくれた。

「まあここまで言っちゃたし。いっか。撫子ちゃんだよ。土屋撫子つちやなでこ。――それが君が泣かせる女の子の名前」 

 綾香さんさっきと打って変わり、まるで魔女のようにひどく怪しげな微笑みを浮かべていた。だけど目だけは笑っていない。目の奥にはなにか底の見えない暗闇が渦巻いているようだ。

 ――もしもあれに飲み込まれてしまったらどうなってしまうのだろう。つい想像をしてしまい無意識にぶるっと体を震わせていた。

「あ、綾香さん?」

「うん、どうしたの?」

 満面の笑みで応えた綾香さん。そのニコニコとした顔からはさっきまで見ていた姿とはまるで別人。不気味な印象なんて一瞬で消し飛んだ。夢でも見ていたかのようだ。

「い、いや……、その……土屋が俺のことが好きって本当なのか?」

「さすがのうちもこんな嘘はつかないよ」

「そ、そうだよね。でもいまいち信じられないっていうか……」

「気持ちは分かるよ♪。うちだって、何も知らなかったら信じてないかも」

 そりゃそうだ。俺だってそうだもん。なにせ俺と土屋は主従関係なのだからな!

 この部活で一番ありえない相手だ。……言っておくけど、マニアックな関係じゃないよ?

 土屋は基本的に明るくて、人見知りをしない性格だ。だけど、それと同時に非常に気が強い。

 ちなみに、彼女にツンデレを求めてはいけない。あれにデレは期待するな。それが彼女を知る人の集まり通称被害者の会における公式見解だ。

 だが不思議なことに、いやむしろだからこそと言うべきか。女子だけでなく男子にも絶大な人気を誇っている。学校一の人気者。それが俺の知る土屋撫子という高嶺の花だ。

「そうだよ。あの土屋様が俺のような下賤の者に気があるはずがない!」

「……下賎の者……ぷぷぷっ。……でも信じてもらうしかないね」

 あ、ありえない。あの土屋だぞ? 今日も今日とてボコボコに詰られてきたって言うのに……??

 それにもしもその話が本当だとしたらもうちょっと態度に出てもいいんじゃないかな?

 だが、ごめん土屋。俺には既に心に決めた人がいるんだ。彼女には悪いが諦めてもらうしかない。

「俺の頭は既に後輩女子によって占領済みだ」

「……いいの? あの撫子ちゃんだよ。シャンプーのCMに出てくる女優さんみたいに髪はサラッサラ。しかも、背中まで伸ばしていてまさに理想の黒髪ロング。顔も小っちゃいし。お人形さんみたいな子だよ。そんな子が君に興味津々と来た。……本当に心が動かないのかな?」

 ……………………いやまあね、誰も無関心とは言っておりませんよ。そりゃ興味ありありですよ。だってあんなかわいい子が俺のこと好きとか聞いたら、俺も好き好き! ってなっちゃいますよ。ていうか男子でならないやつは存在しやしない。

 だが耐えろ理性。弾けろ煩悩。俺の好きな人が座る席は既に埋まっているだろ!

「好きになるのは一人だけしかイケナイ?」

 気が付けば、綾香さんは俺のすぐ傍まで来ていた。

「えいや……でも……」

「いいじゃん。好きな子が二人いるくらいさ」

 耳元で囁いてくる綾香さんの匂いと蠱惑的な声がなまめかしい。耳から入ってくる官能的な響きが俺の理性をドロドロに溶かしていく。

 俺は、俺が本当に好きなのは……。

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