第三話 午睡

いつものソファーに座り、週刊漫画誌を読み、コーヒーを啜る、ルーティーンになりつつある。

 黒洲心霊探偵事務所で働きはじめて二週間ほどたったと思う。もう学校は始まってしまったから、貼り付いて見ているわけではないが、その間に依頼らしい依頼がきた記憶がない。


 当の黒州はというと空きすぎた時間を使って映画を見たり漫画や本を読んだりでそれなりに楽しそうに過ごしている。

 たまに留守番を頼んで、ふらっといなくなる時が有るがそれぐらいだ。


「少年、暇だ」


「そうですね」


 テレビから流れる映画の音声がよく聴こえた。


「もう少し気の利いた返事はないのかい?」


「気の利いた返事をしたら、調子にのるでしょう?」


「調子にぐらい乗せておくれよー、我が事務所は絶賛大不調だぞ」


 適当に聞き流す。


 溜まっていた事務仕事が遠い過去のようだ。そういえばあの報告用っぽい事務書類どこに出してたんだろうか、黒州さんが所長なわけだし報告を受ける立場のはずだ。


「そういえば、黒州さん。あの事務書類ってどこに提出してたんですか?」


「お役所の坊主共に活動記録を出さんといかんのだよ、ケツの青いガキどもめ手間ばっかり増やしおってからに……」


 ブツブツと小言を吐き出しながら黒州が怒っている、どうやら嫌いらしいが、ただ単に面倒くさがりの八つ当たりなだけだとも思う。


「そうだ、坊主共になにか仕事を探させるか。見廻りの下っ端が見つけた仕事の一つや二つきっと有るだろうし、名案だな」


 黒州は、スマホを操作すると何処かに電話をかけた。


「ちわーっす、フードデリバリーサービスです。 黒洲心霊探偵事務所の黒州様はおられますかー?」

 

 暫くの後に事務所に活力のある声が響く、これは調子がよさそうな人だ。


「おられる、おられる。そういうのはいいから入りたまえ」


「おじゃましまーすっと。民間人の方がいると聞いてこれで来たんですが、中で話して大丈夫なんですかね?」

 

 身長が高くガタイの良い配達員が入口から入ってくる、浅黒く日に焼けた肌と、短く刈り込まれた髪からは体育会系の雰囲気を感じさせる。


「私の助手だし、まぁ大丈夫だろ、うん」


「それでなにかあったら怒られるの俺ですよ!?」


「その時は私が君の上司に怒ってやるさ。さて赤也くんこの剽軽なやつが剛田健二だ、今後も接することが多いと思うから覚えておいてやってくれ」


「君が赤也君だね、聞いているよ。剛田健二ですよろしく」


 剛田が人の良い笑顔で分厚い手を差し出してくる。


「大空赤也です、よろしくお願いします」


 剛田の手を握り返した、分厚い手が力強くも優しい握手を返してきた。


「黒州さん、こんなの見る人が見たら犯罪ですよ。こんな若くて可愛いこどこで拾ってきたんですか?」

 

 この業界にはデリカシーの無い人しかいないのかもしれない。


「剛田君、君は失礼だな自分が可愛くないからと言ってそんなことを言うんじゃないよ。私にだって、誘拐はしてはいけないという分別ぐらいはある」


 黒州が後ろから抱きついてきた、落ち着いた香りが香る。でも落ち着いて考えて欲しいそういうことでじゃない。


「もし、誘拐だったらどうしようかと思いましたよ。 ところで、彼はどこまで知っているんです?」


「私の恥ずかしい所までさ……」


 黒州は小指をはむと、頬を赤らめながら熱っぽい吐息を言葉に絡ませる。


「わぉ……」


 剛田は言葉も出ないという表情だ。


「ちょっと、ちょっと待ってください。冤罪、冤罪です!」


「少年なんて寂しいことを言うんだい、同じ夢を見た仲じゃないか、それに……私の心の中も見せたんだよ?」


 ちょっと恥ずかしそうに黒州がくねくねする、それにさっきから凄い力で抱きつかれていて外せない、逃走は不可能だ。


「赤也君、君は、なかなか大胆だな……」


「いや誤解です。いや本当のことなんで、誤解ではないんですが誤解なんです!」


「まぁ、少年をいじるのはこれぐらいにして本題にしようか。 剛田君、なにか仕事を持ってないかい?」


「ああ、それで呼ばれたんですね。突然、昼飯を買ってこいと言われた時はパシらせかと思いましたよ」

 

 剛田は四角い鞄から人数分のバーガーセットを取り出し机に並べている。


 「だってスマホでそういうやり取りをすると、守秘義務とかで怒られるだろ?」

 

 いつの間にかソファーに座る黒州は口を尖らせて、バーガーの包みを解いていた。


「こないだ、名指しで怒られてましたもんね、まぁ仕事は有ることは有るんですが……。この件は後日、資料を持って出直させてもらうってことで。ご覧の通り今はバーガーセットしか持ってないんでね」


「セットならポテトも持っているんだろう? 早く出せ」


 肉料理は最近やっと食べれるようにはなった、それでも挽き肉となると話は別だ、血と臓物の臭い、それを残虐に嗤う魔性の記憶が挽いた肉の隙間から這い出してくる。


「はい、少年は魚の揚げたやつを挟んだものだ」


「ありがとうございます。 でもそこに気を使えるなら、ハンバーガー以外にしてくださいよ……」


 受け取ったハンバーガーはまだじんわりと温かった。


「赤也君はハンバーガー駄目なのか……。すまない次からは気をつけるよ、これは俺のセレクトなんだ」

 

 心底申し訳無さそうに剛田は謝った、気を使わせてしまったことが胸に刺さる。


「すいません、せっかく剛田さんに買ってきていただいのに……」


「いやいいんだ、なんとなく何があったかは想像はつく、俺もこの業界にはそこそこいるしね。それに、そういう時こそ飯ぐらい美味しく食べたいじゃないか」


「いいこと言うな剛田君、あれでも報告書読んでないのかい?」


「いや、その報告書届いてませんよ。赤也君の名前はさっき黒州さんから直接聞いたのが初ですし」


「……やっぱり提出しないと不味い?」


 ポテトを振り回して黒州が威嚇している。


「間違いなく不味いですね、まぁ次に俺が資料を持ってくる時にでも渡してもらえたら大丈夫でしょう」


「おお、それならさっそく明日から取り掛かるとしよう」


「それは、今日からやりましょうよ」


「頼もしいな赤也君は。それじゃ俺はこのへんでお暇しますよ。これでも忙しい身なんでね」


 剛田はハンバーガーを食べ終わっていた。


「もう帰るのかい、ゆっくりしていくといいのに」


「忙しい身って言ったでしょう、また遊びに来ますから」


「そうか、ではまたね」


「お疲れ様です剛田さん、ハンバーガーごちそうさまでした」


「いいって、ハンバーガー代は黒州さんの経費から引いとくし。じゃあ黒州さんも大丈夫でしょうけどお元気で」


 事務所から出ていった剛田を見送ると、また暇な時間が流れる。


「とりあえず、仕事は確保したしご飯も食べたし、眠くなってきたから昼寝でもしようかな」


 黒州はソファーで寛ぎ出す。


「そこは書類作りましょうよ」


 窓から気持ちいい風が吹き込む、対面のソファーからは寝息が聞こえてきていた。ソファーに寝転び体を沈めて目を閉じる、たしかに今ならいい夢が見れそうだ。



 昔の夢を見たまだ小さい頃の話だ。



 その日は雨が降るかもしれないからと、母親から折りたたみの傘を持たされていたのを覚えている。後はありがちな暗くなるまでに帰りなさいってのと、お姉ちゃんの言うことはよく聞くことだったかな。


 帰り道、普段と違う公園の前を通ると、声をかけられたから一緒に遊んだんだ。だるまさんがころんだ、だったと思う。


 鬼になって、だるまさんがころんだで振り返る。繰り返す度に、ひとり、ふたり、さんにん、気がついたら誰もいなくなってたんだ。


 最初はよくあるいたずらで、ふざけてるんだと思ってたんだけど。誘ってきた相手の中に、見知った顔なんていなかったのにその時に気がついた。それに一緒に歩いてたはずのお姉ちゃんがいない。


 そしたら、そのことがどうしようもなく怖くて胸がきゅうっとしたのを覚えている。


 蝉の鳴き声だけが、からっぽの空に嫌に響いてた。小さいながらに、これは危ないって思ったんだと思う、ベンチに置いてあった自分のカバンをひったくると家の方向に向かって走った。


 息が切れるほど走っても家にたどり着けない、どこまで走っても同じ家の塀が、ぐるぐるぐるぐる回ってきていた。


 本当に怖くて泣き出してたと思う。そしたら、蝉の声に混じって、ぎょうぎょうぎょうぎょう、って聞き慣れない音が聞こえてきて。


 また怖くなって走ったんだ。同じところをぐるぐるぐるぐる、走っているのに音はどんどん近くになってきて、ぎょうぎょうぎょうぎょうってどんどん膨らんでいった。


 背中に触れるそうな距離まで来た頃には怖くて、泣き出して、その場にうずくまって耳をふさいでた。でも大きな声を出して泣いて耳をふさいでも、ぎょうぎょうの声は聞こえて、ただ怖かった、もう死んでしまうんだと思った。


 そして背中が濡れた感触がして、視線を上げたら雨が降り出してて、そして声も聞こえなくなってた。


 かわりに目の前に背の高いお姉さんが立ってたんだ、顔はよく思い出せないけど。


 助かったっていうのはわかった、でもまだ怖くて震えて泣きじゃくってたら、その人が抱きしめてくれて安心させてくれてたのを覚えてる。


 それで泣き止んだ時に、濡れちゃうからってその人に傘を渡したんだ、もう雨でビシャビシャなのにさ。


 今思うと感謝の気持ちだったんだと思う。あの頃から素直じゃなかったから。


 その人に手を引かれて雨の中を二人で歩いたんだ、不思議と怖くはなかった。


 しばらくするとお母さんとお姉ちゃんを見つけて駆け寄った、お母さんはすごく心配してて、お姉ちゃんは僕と同じぐらい泣きじゃくってた。


 ありがとうって言おうと思って、振り返ったらお姉さんはいなくなってたんだ。


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