第37話 義妹の母

 まといの姿を見て固まってしまった登子とうこさん。予想外のことに困惑しているようにも見える。そしてその視線はどちらかというと、やや下のほうを捉えていた。

 

「制服……よね。せっかくだから着てきたのかしら?」

「ううん。入学式に行ってきた」


 まといが首を小さく横に振って言う。

 

「え? 行ってきたって……あなた、学校に行くつもりなの?」

「う、うん……がんばってみる……」


 茫然としたような顔をしていた登子さんは、まといの言葉に、口に手を当て、うっすらと涙を浮かべていた。

 

「……そう、よかった……本当によかった……。がんばってね」

「うん」


 まといがそう力強く答えると、親父が登子さんの肩を抱き、席に促した。

 

 

 

 ここに来る途中、まといが俺に言ったお願い。それは、登子さんに学校へ行ったことを伝えるから話を合わせてほしい、というものだった。

 

 話を聞くと、まといは中学時代、不登校だったらしい。詳しいことまでは聞いてないが、まあそうだろうな、という感想でしかなかった。

 

 そりゃ今までの陰キャっぷりを見てたらな……。

 今日の食事も、そのことを改めて俺に伝えるための場だったらしい。

 

 んで、もともと高校からはがんばろうとしていた矢先、親の再婚が決まったということだ。

 

 そのことを最初に言わなかったのは、不登校が原因で俺とうまくいかない可能性を心配した登子さんのはからいだったらしい。親父も知っていて黙っていたようだ。

 

 いきなりふたり暮らしさせるくせに、そういうところには気を遣ってんだから……信用されてんだかされてないんだかさっぱりわからん。

 

 ともかく、今はまといが無事に学校に行ってめでたいってことだ。

 

 ちなみに、親父にはここに来る前に伝えておいた。この人まで変に驚かせてしまうと、せっかくのまといと登子さんの雰囲気をぶち壊しそうだったからな。

 

 まあ、我ながらうまくやったのではないだろうか。

 正直、まといから真剣な顔でお願いがあると言われたときには、どんな面倒事かと思ったけど……大したことじゃなくてよかった。

 

 

 

 俺はようやく肩の荷が下りた想いで脱力していた。あとは適当に飯を食って帰るだけだ。一日にイベントふたつはさすがに疲れる。

 

 俺が椅子にもたれてリラックスしていると、まといが口を開いた。

 

稜人たかとくんもいろいろ助けてくれたんだよ。私が学校に行けるように」


 すると、落ち着きを取り戻した登子さんが、俺に目力のある視線を向けてきた。

 

「あら! そうなの? さすがは知義ともよしさんの息子さんね。きっとクリティカルな問題解決に、解像度の高いイシューで導き出したハイコンセプトだったのね!」

「いやだからなに言ってんのかわっかんねえよ!」










 ってしまったああああぁぁぁぁ――――ッ!?


 油断していつもみたいにつっこんじまったああああぁぁぁぁ!?

 

 まといの母ちゃん相手にやっちまった俺くぁwせdrftgyふじこlp

 

 

 

 静まり返った個室。

 

 固まったご両親様。

 

 顔面蒼白の俺。

 

 今度は俺がモンクの叫びみたいになってたと思う。

 

 

 

 その沈黙を破ったのは、こらえたような笑い声だった。

 

「……ふふっ……くくっ……あはっ……あはははっ!」


 隣で体を震わせ、口元をおさえて声を殺すまとい。

 

 俺も止まれなかった。止まるわけにはいかなかった。

 

「ちょ、おい! まとい! おまえ笑ってないでかばってくれよ!? 今のはおまえがいつもつっこめって言うからつい反射的に言っちゃったやつで――」

「稜人……私には中々つっこんでくれないくせに、お母さんにはつっこんじゃうんだ……」


 やや落ち込み気味に言うまとい。

 しかしわざとらしさが滲み出ている。つーかわざとらしさしかねえ。

 

「いやいやだからこれは間違いで――っていうかそれ変な意味に聞こえるからやめてくれるぅ――ッ!? もうちょっと時と場所考えてくれるか!?」 

 

 俺の必死の叫びに、まといはひたすらに笑っていた。

 いや、まったく笑い事ではないんだが。

 というか弁解だ。誤解を解かなければ。

 

「いや、違うんです。これは――」

「もうそんなに仲良くなってるのね……」

「――え?」


 俺が席を立ち、言い訳を爆速陳列しようとしていたとき、登子さんがあきれたような笑みでそう言った。

 

「この子がこんなに笑うところ、初めて見た……。ふふっ、これからもまといのことよろしくね、稜人くん」

「……え、ええ。はい」


 なんかよくわからんが、うまくいったらしい。

 

 安堵の息を吐き、力なく腰を下ろす。

 すると、ようやく笑い止んだまといが、得意げな顔で言ってきた。

 

「ね? 普段の稜人で大丈夫だったでしょ?」

「俺の心臓は全然まったく大丈夫じゃねえよ……」


 1年くらい寿命が縮んだ気がする。

 相手がまといの母ちゃんだったってのもある。親父相手に言ったんだったらまだしも、ほとんど話したこともない義理の母親相手に今のは、やらかし以外の何物でもない。

 

 ほんと……無事に済んでよかった……。

 

 

 


 

 

「じゃあ、料理の注文をしましょうか。稜人くん、フレキシブルでシナジーのあるチョイスにコミットしてくれるかしら?」


 妙な笑みを浮かべた登子さんが、メニュー表を俺に渡しながら言う。


 こういう、すぐに調子に乗るところは親子そっくりだな。

 まといの横顔を見ながら改めてそう思う。

 そして、俺はため息をつきながら、もうどうにでもなれと乱雑に受け取り言った。

 

「だからなに言ってんのかわかんねえよ!」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

クーデレ陰キャの義妹が今日もリビングにいる件 しらとと @shiratoto

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ