第35話 義妹の友達は勇者か魔王か

「で……なにがあったんだよ?」


 ベンチに座って死にそうな顔をしているまといと、その隣でお気楽な笑顔を浮かべている千賀ちゃん。

 

 とりあえず事情をたずねた。

 まあ、大体の方向性はわかるが……。

 

 すると、死にそうな顔をさらに歪め、まといが頭を抱えて話し始めた。

 

「……ホームルームが始まったら、ひとりずつ自己紹介をしましょうって……悪魔みたいな先生が」

「へ、へえ……」


 自己紹介させただけで悪魔認定はさすがにかわいそうな気がしますよ?

 そりゃ、あなたにとっては地獄のようなイベントでしょうけど……。

 

「ふふーん。そんな困ってそうなまといちゃんのために、この私が一肌脱いだってわけですよ!」


 千賀ちかちゃんがウインクしながらまといに抱きつく。

 そういうムーブですよ、男友達できないの。

 

「おおっ! さっそくおまえの武勇伝が聞けるのか!?」


 修司しゅうじが興奮気味に叫ぶ。

 なるほど、こんな感じでうるさくなるのか、このシスコン。

 

 千賀ちゃんは修司の様子を満足げに見ると、次は俺のほうをうかがい、「聞きたいですかぁ?」とでも言いたげな、ウザい顔を向けてきた。

 

 聞きたくねー……。

 

 が、まといはしばらく立てなさそうだし……。

 仕方なく、ため息まじりにうなずいた。

 

「はあ……ドーゾ」







 そこからは、千賀ちゃんの私TUEEEを聞かされることになった。

 

 ばっさり要約すると、ホームルームで自己紹介をする流れになって、まといがこの世の終わりみたいな顔をしているのを見た千賀ちゃん。これはまずいかもと思い、先生にある提案をしたらしい。それは、千賀ちゃんがインタビュー形式でひとりずつ聞いて回るという自己紹介のスタイル……。

 

 入学式だよ? 学校初日だよ? 初顔合わせだよ?

 この人どんなメンタルしてんだよ。

 

 それでまあ、まといのサポートをしつつ、ほかの陰キャよりの子や緊張してる子もすくい上げ、クラスの雰囲気も良くなって大団円となったらしい。

 ちょーっと意味がわかんないっす。

 

 まあ、とにかくうまくいったならいいか……。

 

 

 

「ま、私にかかればこんなもんですよ!」

「さっすが俺の妹だな!」

「でしょ~? ふふ~ん」

「……」


 この兄妹、やっぱり仲いいのだろうか。

 修司に褒められているときの千賀ちゃんは、いつもとはちょっと違ったふうに見えた。なんとなく、あの千賀ちゃんがいつもより幼く見えるような――少し意外。

 

 それでも、教室には来てほしくないんだよな……。

 

 そんな複雑そうな兄妹事情を眺めつつ、まといのほうをうかがう。

 

「どうだ? ちょっとは落ち着いたか?」

「う、うん……なんとか」


 だいぶ生気が戻ってきたようだ。

 

 千賀ちゃんの話を聞いていたらいい時間がたっていたので、そろそろ切り上げの雰囲気を出す。

 

「んじゃ、そろそろ行くか?」

「ふぅ……わかった」


 今日はだいぶお疲れコースってところか。明日が休みでよかったな。

 

「あれ? まといちゃんこのあと用事?」

「うん……家族でごはん食べようって……」

「じゃあまた来週だね!」

「うん」


 これが陽キャの高みか……。

 一瞬で事情を読み取りやがった。「ふーん」とか「……」みたいな察していますよー的な間もなかったぞ。どこでなんの情報つかまれてるかわかったもんじゃねーよ……。

 

 まといが支度を整え、俺の横に立つ。

 

「じゃ、今日はありがとな、修司、千賀ちゃん」

「わ、私も……ありがとうございました……」


 俺の言葉に釣られ、律儀にお辞儀するまとい。

 こういうところはほんとしっかりしてるな。

 

「いいっていいって、気にすんな」

「いえいえー、こちらこそありがとうございましたー!」


 さわやかイケメン風に言う修司。

 その後ろでは、千賀ちゃんがウインクをかましてくる。

 だからそういう行動が……。

 

 まあ、そんなわけで無事に入学式を終えたのだった。

 






「千賀ちゃんはああ言ってたけど、おまえはうまくやっていけそうか?」


 修司と千賀ちゃんと別れたところで、まといに訊いた。

 実際のところ、まだ本人の口から聞いてないのだ。

 

「うん……疲れたけど、思ったより喋れた気がする」

「へえ、それはよかった」


 もともとの最低ラインがだいぶ低かった説はあるけど、本人が前向きならすべて良し!

 

「でも……」

「でも……?」


 やけに暗い顔――というか怯えたような顔をするまとい。

 そして道の真ん中で立ち止まり、ぶるるっと両腕を抱え、語り出した。

 

「クラスの陰キャよりの人、みんな千賀ちゃんを崇拝する目で見てた……。陽キャの人たちも最初は千賀ちゃんに反論してたりしたんだけど……自己紹介終わるころにはやっぱりみんな崇拝するような目で見てて……」

「…………」


 さっき聞いた千賀ちゃんの私TUEEEのくだり……本人は勇者の冒険譚みたいに語ってたけど――どっちかっていうと平和な世界に復活した魔王が、子供たちのいる町を支配した、みたいな話じゃねーかよ!

 

「もう誰も千賀ちゃんに逆らえないよ……先生もずっとうなずくだけだった……」


 やっぱ魔王じゃん。

 魔王にチート与えた結果がこれだよ。

 

「ま、まあ……そんな魔――千賀ちゃんが友達なんだから、心強いな!」


 なにがなんだかわからないが、とにかく明るく励ます。

 あいつの正体がなんであれ、まといの一番の友達がクラスのカーストトップなのだ。これは強い。

 

「う、うん……あ、そうだ」


 急に、すん、といつもの感じに戻ったまといが、ふたたび歩き始めながら言った。

 

 こいつ、今の半分くらい冗談で言ってたな……。

 そういう誇張じみたことを言うのが好きなのもだんだんわかってきた。

 

「ちょっとおねがいがあるんだけど……」

「おねがい……?」


 一転して真剣な表情を浮かべたまとい。

 俺は、そのあらたまった態度に、おねがいとやらがなんなのか聞くことにした。

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