第34話 義妹のがんばり

 入学式が始まった。

 

 といっても俺たちがなにかやるようなことはなく、偉い人のありがたーいお話を聞くだけである。まあ、どこもそんなに変わらないだろう。

 

 俺は後ろの壁際で立っているだけの理想的なモブキャラだ。なにかあったときのために控えているわけだが、実際のところなにか起きることは滅多にないし、あったとしても、せいぜい声を上げて知らせるくらい。スタッフの末端なんてそんなもんだ。

 

 まといは後ろから見るかぎり大丈夫そうだ。

 ちょくちょく千賀ちゃんに話しかけられてうなずいている様子がうかがえる。

 

 ただ、さすがにあのレベルのふたりが並んでいると目を引くのか、まわりの生徒がチラチラと視線を向けているのが遠目にも見えた。

 校則とかはゆるいので、派手な見た目はほかにもいるのだが、ダントツで目立っているのはやっぱり千賀ちゃんだ。ちょっとレベルが違う。

 

 まあ、目立つほうは千賀ちゃんに背負ってもらって、まといが平穏な学校生活を送れることを願うしかない。

 

 そんなこと思っているうちに、ありがたーいお話が終わった。そして進行役の生徒が次のプログラムを口にして――

 

「――新入生代表、桜庭千賀さん」

「はい!」


 おまえかい。

 

 いや、なんとなくそんな気はしてたけどさ……。

 

 うちの高校の新入生代表挨拶は、成績トップの人が選ばれる。ありがちっちゃありがちだけど、当然のようにそうなると、こっちもつっこみたくもなるってもんだ。

 

 千賀ちゃんが立ち上がり前に出て行くと、ここぞとばかり修司がシャッターを切りまくる。

 あいつも知ってたんだろうな。それで余計に気合いが入っていたのだろう。

 

 新入生たちがラブコメヒロインの登場を演出するかのようにざわついていた。

 

 たぶん、千賀ちゃんが階段を上っているカットに、「誰あの子」とか、「流れるような金髪――」とかいう、モブ男子の描写的つぶやきがアテレコされていることだろう。ぜひとも勝手にやっててくれ。

 

 そんなラブコメヒロインが祭壇で人目を奪っている中――俺は、仲間のチートキャラがいなくなってしまった義妹のほうを心配していた。

 

 知らない人間たちのあいだにポツンと取り残されたまとい。

 べつに座っていればいいだけなのだが、それだけでもまといには十分きついはずだ。電車やレジでも苦労するレベルだからな……。

 

 少しドキドキしながら見守っていると、隣の席にいた女の子が、まといに話しかけてきた。

 

 げ……大丈夫か……?

 

 まといに向かって、すげー笑顔で喋りかけてくる女の子。

 ここからではなにを話しているかわからなかったが、女の子の語りに、まといが何度かうなずく様子が見えた。

 

 思わず唾を飲み込んだ。

 

 ……が、ぎこちないながらも、まといは笑顔を浮かべていた。

 

「……なんだ、大丈夫そうじゃん……」


 小声でつぶやいた。

 

 俺は勝手に、自分がなんとかしないと、なんて思っていたが、そんなことはなかったのかもしれない。

 

 引っ越しや慣れない場所での生活に大変だったろうに、今こうしてフードも取って座っているまといに、俺はちょっと感動していた。

 

 いや……だから誰目線なんだよ……。

 

 そうこうしているうちに、千賀ちゃんが戻ってきた。

 まといが隣の子と話していたのをしっかり確認していたらしい千賀ちゃんは、さっそく会話にまざる。自然すぎて怖い。

 

 ちなみに、コソコソ会話しててもいいのかよって話だが、これも生徒主体なので、注意されないかぎりはいい。ほんと、この学校大丈夫なのだろうか。

 

 

 



 

 特に問題なく入学式が終わったので、俺は続きの仕事に戻った。

 といっても看板を持って立つだけだが。

 

 ぞろぞろと体育館をあとにする新入生たち。

 

 まといと千賀ちゃんはさっきの隣の子と三人並んで出てきた。

 しかし今度は会話に夢中になっているのか、こっちには視線を向けてこない。いちおう気づいてはいるのだろうが、会話を優先させたのだろう。

 うまくやってるようでなによりだ。

 

 その後、体育館の後片付けが終わると生徒会から解放された。

 

 まといたちは教室に行って少しホームルーム的なことをやるらしい。

 終わるまでの時間、修司と一緒に学校の外のベンチで待っていた。

 

 修司は満足げに撮った写真を確認している。

 

「いやあ、やっぱうちの妹かわいすぎ! こりゃモデルのオファー止まんねえな」

「それはそれは大変なこって」


 いつものように適当に相槌を打つ。

 まあ実際、今までもそういうのが来たりしていたのだろう。そう言われても不思議には思わないくらいには目立っていた。

 

「あとでまといちゃんの分も送っといてやるよ」

「ん? ああ……おう」


 それって若干グレーなやつではと思ったが……この学校だしいいのだろう。知らんけど。

 

 ひととおり確認が終わったのか、修司がカメラをしまうと、ベンチにもたれかかった。

 

「このあとどうする? みんなでメシでも行くか?」

「あー……悪い。このあと家族で約束あるんだわ」

「へー、そっか。……まあがんばれよ」

「おう……」


 察しがいいのは陽キャの習性なのだろうか。

 こういうところがモテに繋がったりするんだろうな……。

 






 そんな感じで修司と適当にだべっていると、新入生らしき人らが出てきたのが見えた。


「やっと終わったか? 千賀に場所伝えとくわ」

「おう、頼む」


 そう応えた数十秒後だった。

 

「おっ疲れ様でーす!」


 ベンチにもたれている俺と修司の前に、テンション高く声を発する人物が、目の前やってきた。新入生代表様。

 

「お、お疲れ様……」


 と、もうひとり、その隣でなんか死にそうな顔してる人……。うちの義妹。

 

「大丈夫かまとい……? とりあえず座れ」


 立ち上がりながらそう促した。俺の座っていた場所にまといを座らせる。

 それに合わせるように、超自然な流れで千賀ちゃんも修司からベンチを奪っていた。力関係が見えるようでなんとも言えない。


 まといと千賀ちゃんがベンチに座り、俺と修司がその向かいに立つと、今日の感想会が始まった。

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