第33話 義妹の入学式
「――行ってきま~っす!」
その後ろでは、まといが無言で小さく手を振っていた。
ふたりが見えなくなったところで、俺はひと息つく。
「ふぅ……とりあえずは、か」
べつにまといが学校に行きたくないとか言い出すことを心配していたわけではないが、それでもちゃんと送り出せたことに、俺は一仕事終えた気分になっていた。
「いやいや、今日はまだ始まったばかりだ」
そうつぶやきながら玄関のトビラを閉め、家の中に入る。
リビングに入ったところで、俺のスマホが鳴った。
親父からだった。
”今日まといちゃん入学式らしいじゃん? 終わったらみんなでご飯でもって予定してるからよろしくな!”
とメッセージが来ていた。
「だから予定の概念ぶっ壊れてるだろ!?」
家の中でひとりそんな叫びをかましつつ、もう知ってるよ、と返信した。
相変わらずの親父で安心すらするレベルだ。
その後、待ち合わせ場所を確認し、俺も支度をしてから家を出た。
◇
「よ、
学校に向かって歩いている途中、後ろから声をかけられた。
「……おう、
振り返ると、いつにも増してご機嫌な修司の姿があった。なんでご機嫌かなんてのは考えるまでもない。
「千賀の制服姿は見たか!? 俺、ちょっとあいつが無事に学校までたどり着けるか心配だわ。変なスカウトとか誘拐とかに遭いそうで落ち着かないんだが」
「あー見た見た、かわいかったよ。学校一の美少女だな」
修司のシスコンっぷりに適当に付き合う。俺からすればそんな心配、まったく必要ない気がするんだが。
「……で、そのカメラはなんだ?」
修司が首にかけている、やけに高そうな物を見てたずねた。
「おお、これか? この日のために買ったんだよ。今日は俺、生徒会のカメラマンだからな! 俺の写真が卒アルとかに使われるんだぜ? 経費で落ちるらしいから一番いいの買ったわ」
「へー、なるほどね」
ようはその一番いいカメラで千賀ちゃんを撮りたいんだな。生徒会で必要な写真はおまけだろう。こいつの考えそうなことだ。
「……でもまあ、助かったよ。千賀ちゃんのおかげで」
「ん? ああ、まといちゃんのことか? そのことならいいって。千賀のやつも友達できてうれしそうにしてたし。あいつがあんなにスマホでやりとりしてるの初めて見たわ」
「へー……」
普段からいろんな友達とやってるのかと思ってたが、そうでもないらしい。
この前の感じといい、そっちにもいろいろあるんだろう。首を突っ込むつもりはないが。
「だから、ありがとな」
「いや、べつに……」
礼を言われるようなことはなにもしていない。どっちかっていうと俺は千賀ちゃんに対して冷たい態度取ってるしな……。
「まといちゃんのこともしっかり撮ってやるから期待しとけよ!」
「お、おう……」
たぶん、まといは写真とか見切れまくるタイプだと思うが……。
まあ修司が楽しそうなのでそのままにしておくことにした。
◇
学校に着いてからは、生徒会から説明を受けた。
といっても、俺は単なる助っ人の助っ人。入学式の裏方モブキャラAだ。役割は新入生が迷わないように案内する誘導係。
そうそうこれだよ、俺の求めていた平穏な生活は!
親父の再婚からいろいろ狂ってたけど、ようやく俺らしいポジションに戻ってきた気がする。
言われたとおりに定位置に立ち、看板をかかげ、新入生たちを眺める。
俺も去年は向こう側だった。
なんでこんなにスタッフみたいな生徒が多いのかと思っていたが、生徒の自主性、主体性を育むという名目のもと行われている、人件費削減であった。
いや、そんなことを言ったら怒られそうなものだが、先生もよく言っているのでいいのだろう。
そんな一年前のことを思い返したりしていると、見慣れた顔がやってきた。
まといと千賀ちゃんだ。
楽しそうに会話をしながら歩いて来た。
すると、俺の存在に気づいたまといが、ほんのり笑顔を送ってきた。
大丈夫そうでなによりだ。
というか、あいつまたフードかぶってるな……。
そして、まといのしぐさから千賀ちゃんも俺に気づくと、悪戯な笑みを浮かべ、こちらに近づいてきた。
いやいや、やめろって……。
「すみませーん! 体育館ってこっちであってますかー?」
もう目の前に体育館が見えているのにもかかわらず、俺に向かって話しかけてきた。
「え、ええ……あってますよ。時間がないので早めに席に着いてください」
「えー、案内してくれないんですかー?」
「あそこの入り口から入ってください、以上です」
「冷たいなー、まといちゃん、行こ!」
「う、うん……」
まといは軽く手を振って千賀ちゃんのあとをついていった。
同時に、まわりの視線が突き刺さる。
「あの金髪の子めっちゃかわいいじゃん」
「俺だったら絶対案内してやるのに」
「つか話しかけられてたあいつ誰?」
など……男子の妬みの声が聞こえてきた。
こういうことになるから、あいつにはあまり近づきたくないんだよ……。
俺はモブキャラでいたいのに……。
そんなことを思いながら、最初の案内係の仕事を終えた。
次の仕事までは時間があるので、体育館の後ろのほうで待機する。
そして、修司はもう写真を撮る仕事を始めていた。
その特権を使い、新入生のまわりで写真を撮りまくっている。主に千賀ちゃんをだろうが。
教師たちもなにも言わない。そこら辺のことも全部生徒任せなのだ。
自由と言えば聞こえはいいが、一歩間違えれば秩序が崩壊し、自主性やら主体性などどころではなくなる。まあ、そこらも含めての教育らしい。
というか、まといはずっとフードかぶっているが、それはいいのだろうか。
フードとれくらいは教師も言うはずだが……。
ひょっとして気づかれてないのか?
隣にとんでもない美少女がいるせいで、まといのステルス性能がさらに際立って――
「すいませーん、そこのフードかぶってる子……顔出してもらえますかー?」
突如体育館に響いた声――修司だ。
なにやってんだよあいつ。
まといの陰キャっぷりは修司も知っているはず。わざわざおまえが言わなくてもいいだろうにと、ちょっと恨めしく思う。
後ろからでは会話は聞こえないが、千賀ちゃんがなにやらまといに話しかけているのが見える。
少しして、まといがフードをとった。
瞬間、まわりの生徒たちがどよめき出した。
「え? 誰、あのくっそかわいい子?」
「金髪の子の隣にいる子、めっちゃかわいくね?」
「えー、ちょーかわいいー。お人形さんみたい」
と、新入生の男子も女子もきょろきょろと落ち着かない様子だ。
大丈夫かこれ……まといのやつ、吐いたりしないだろうか……。
「静かに! もうすぐ始まりますから」
さすがに見かねた教師が声を上げた。途端に静かになる。
生徒主体とはいえ、やはり教師の力は大きい。
修司はその後も写真を何枚か撮ると、俺の隣にやってきた。
「おい……ちょっとくらい見逃してくれてもよかっただろ……」
修司に向かって小声で言った。
「悪かったって。でも……せっかくの写真に顔が見えないなんてもったいないだろ?」
「それはそうだけど……」
俺がモヤっている様子を見て、修司はあまり見せたことのないやさしい笑みでこぼした。
「千賀のやつが昔はそんなんだったからさ……まといちゃんにはそうなってほしくないだけだよ」
「え?」
千賀ちゃんが……今のまといみたいってこと?
いまいち信じられないが……修司の顔はいたって真面目だった。
「ま、千賀がそばにいるんだ、大丈夫だって。むしろ、それはおまえが一番よくわかってるだろ?」
「…………」
たしかにあの魔王が隣にいるなら、大抵のことはなんとかしてくれると思う。散々な目に合わされた張本人だからな。
いろいろ思うところはあるが、もはや俺のどうこうできる状況でもないので、あきらめのため息をついた。
それと同時に入学式が始まる。
まあ、まといだってがんばると言ってたんだ、きっと大丈夫だろう。そう自分に言い聞かせる。
「ところでさ、千賀がずいぶんおまえのこと気にいってるみたいだったけど……」
「ん?」
「おまえ、千賀に惚れてんの?」
修司が、そういうことになっても当然だよな、という顔で訊いてきた。
俺は、脱力しながら前を向くと、表情を引き締め、千賀ちゃんの兄貴である修司に向かってはっきりと言った。
「ねーよ」
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