第32話 義妹の初陣

 入学式の朝。

 うまそうな香りに誘われて目が覚めた。

 

「今日もか……」


 天井を見上げながらつぶやく。和風な香り……味噌汁だろうか。

 あれからも、まといは、毎朝俺より早く起きて朝食をつくっていた。

 

 無理はするなと何度も言ってあるが、やりたいことだから、と返されそのまま今に至る。

 

 若干の申し訳なさを感じながらも、カーテンを開け、軽く伸びをしてから部屋を出た。

 

 


「あ、おはよう」


 キッチンをのぞくと、まといがいつものように挨拶をくれた――が、その姿に、俺の頭はフリーズしていた。

 

 うちの高校の制服である白と紺のセーラー服に、動物柄のエプロン。

 白に近い水色の長い髪は、後ろで綺麗に縛り、うなじを無防備にさらしている。

 

 まといの制服姿に、そういえばこいつもJKなんだったと思い知らされる。

 しかもエプロン姿て……。男の夢を具現化したような格好に、俺はまだ夢を見ているのかと混乱していた。

 

「……稜人たかと?」

「……あ、ああ……おはよう」


 まといの声に意識を取り戻した。寝起きにこれは刺激が強い……。

 

 それでも働かない頭を無理やり使った結果、

 

「……スカート短すぎないか?」


 おっさんみたいなことを言ってしまった。

 

「う、うん……でも、これくらいが普通って言ってたから……千賀ちかちゃんが」

「へ、へえ……」


 俺の中での寝起きで聞きたくない人物堂々たる第一位の名を口にするまとい。ほんと、朝から勘弁してくれよ。

 

 まあでも、しっかり黒タイツで肌を見せないようにしているあたりはまといらしい。

 

「それに……みんな短いって言ってたから……」

「ああー、たしかにな……」


 そう言われるとなにも言い返せない。ここでスカートの丈を長くさせて、まわりからハブられでもしたらすべてが終わるからな。

 

「お味噌汁、こんなんでいい?」


 まといが小皿に味噌汁を少しうつし、俺の前に出してきた。

 

「え? あ、ああ……」


 唐突だったので無意識に受け取った。

 

 いやいや待って? これ、また間接……じゃないの?

 

 なんでこの人、こんな普通にしてんの?

 

 え、どうする……? 口つけないように飲むか? それともまといが口つけてなさそうなところから飲むか? ていうかそこどこだよ――

 

 頭の中で緊急会議が開かれる。

 

 そして朝っぱらから脳を酷使した結果、無事死亡。そのまま脳死で普通に口をつけた。

 

「……ウン、イイトオモウヨ」

「そう……よかった」


 満足げな笑みを浮かべるまとい。

 

 俺は灰になりながら洗面所に向かった。

 






「「いただきます」」


 気を取り直して朝食。

 

 今日はまといの入学式だ。

 

 ちなみに俺の始業式は昨日終えた。本来なら今日は休みなのだが、修司しゅうじに付き合わされて、入学式の準備を手伝うことになっている。

 

 うちの学校はかなり自由な校風のかわりに、イベントや行事は生徒が主体となってやらなければいけない。入学式の段取りなんかも生徒会や委員会がやる。

 

 で、その生徒会に修司は妹の入学式が見たいがために助っ人で参加し、ほかに人はいないかと聞かれた修司が、俺を指名したというわけだ。

 

 普段なら絶対に断っていたが、まといのことがあるので引き受けた。どうせ気になって休みどころではないからな……。

 

「今日、大丈夫そうか?」

「うん、千賀ちゃんがいるから」

「そうか……ならよかった」


 思っていたより元気そうでよかった。

 その千賀ちゃんとはずいぶん仲良くなったらしい。今日もここまで迎えに来てくれるということだ。

 

 俺は正直苦手な相手だが、まといのことを任せる分には頼もしすぎる。我ながらいい作戦だったと思う。

 

「まあ、俺も準備で学校にはいるから、なにかあったら連絡してこい」

「うん、ありがとね……いろいろ」

「べつに……」


 まといの素直な感謝の言葉に、俺は曖昧に誤魔化した。べつに自分のためにやったことだし……。

 妙にくすぐったい感覚に、話題を変える。

 

「じゃあ、終わったら学校の外あたりで待ち合わせるか」

「うん」


 そう、今日は入学式だけではない。先日まといのほうに連絡があった、家族での食事会もあるのだ。

 

「どうする……? 俺、この前だいぶ猫被ってたけど……」

「いつもどおりでいいよ」

「え、いいのか?」

「うん、お母さんも普段の稜人のほうが安心すると思うから」

「へ、へー……」


 まといの母親――というかいちおう俺の義母。

 結構ちゃんとしたほうが印象いいのかと思っていたが、そうでもなかったのだろうか。俺としては親父との関係が悪化しないのが一番ではあるのだが……。娘であるまといがそう言うのであれば、そっちのがいいのかもしれないな。

 

「まあ、その辺は臨機応変にかな……」

「だね、ゲームみたい」


 ちょっと楽しそうな笑みを浮かべるまとい。

 まあ、入学式当日の朝に、この笑顔が見れてよかったよ。

 






 朝食を終えて俺が洗い物をしているとき、チャイムが鳴った。

 

「きたか……」


 千賀ちゃんだろう。

 

 キッチンから顔を出してまといの姿を探すも、見当たらない。まだ部屋で準備をしているのだろうか。


 仕方がないので俺が出ることにした。できれば顔を合わせたくなかったが……。

 

 玄関まで歩いていき、憂鬱気味にドアを開ける。

 

 

 

「あ、おっはよーございまーす!!」

 

 そこには、まといと同じ制服を着た、千賀ちゃんの姿があった。

 

 朝っぱらからテンションたけーな、おい……。

 

「……おはよう」


 あまりの温度差に気圧されながら、魔王の武装を上から確認する。

 

 肩にかかる程度の金髪。セーラー服に淡いピンクのカーディガン。限界まで短くしたスカートに、やっぱり素足。そしてまったく隠していない陽のオーラ。

 

 表情もバッチリ決めて、学校一の美少女以外の表現を許さない威圧感だ。同じクラスの男子全員落ちるだろ。

 チートキャラ乙。

 

「お兄さんとは久しぶりですねー」

「ああ……またしばらく会わないことを祈ってるよ」

「あはは、私だいぶ嫌われちゃってますね。なんでだろう?」


 とぼけたふうに人差し指を頬に当て、かわいく考えるポーズを決める。

 

 だから、いちいち様になるのなんなの。

 

「でもまあ……まといのことありがとな、今日はよろしく頼むよ」


 俺がそう言うと、千賀ちゃんは少し素に戻って間をおき、

 

「――もっちろん! 任せてくださいよ。私とまといちゃんで、文清ぶんせい二大美女狙いますから! あ、お兄ちゃんのことはよろしくお願いしますね!?」


 頼もしい笑顔で言い切ってくれた。まあ、なんだかんだいいやつではあるはずなんだ。

 

「……わかってる。あとそれはあなただけなっててください」


 俺がため息まじりにそうつぶやいたところで、ようやくまといが出てきた。

 

「お、おはよう……」

「あ、まといちゃんおっはよーん!」


 おお、すごい……まといのほうから挨拶を……って……。

 

「またそれ着てるのか……」

「うん、落ち着く」


 まといはセーラー服の上に、いつものパーカーを着ていた。

 

「えーかわいいー! 全然オッケーですよ!」


 たぶん、校則的にオッケーなんじゃなくて、オシャレ的にオッケーという意味なんだと思う。

 まあ千賀ちゃんがいいと言うならいいか。

 

「もういいのか?」

「うん、大丈夫」


 無事に準備はできたらしい。

 

 というかさっきから俺、完全に保護者目線じゃねえかよ。

 

「じゃ、行こっかまといちゃん!」

「う、うん……!」


 玄関から出て行くまといの姿を見て、ほっと胸を撫で下ろした。

 

 最初に同じ高校だと聞いたときにはどうなるかと思っていたが、こうして無事に――

 

 外に出たまといが、手すりにつかまってうずくまった。

 

「うぅ……外の空気、重い……」




 …………本当に大丈夫なんだろうか。

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