第31話 義妹とリビング
帰り道。
俺はまといを背負って歩きながら、
最初はしぶっていたまといだったが、言わなきゃ置いて帰るぞ、と脅したらあっさり白状した。ちょっと乱暴な言い方だったかと思ったが、むしろノリノリな感じで話していたからいいんだろう。
こういうのがいいって言ってたばかりだからな。
まあその結果、俺は清楚系の服が好きだの、俺と仲良くなるにはもっとグイグイいったほうがいいだの……ほかにもいろいろとどっから仕入れた情報なんだよとつっこみたくなるものばかりが出てきた。
あながち間違いでもないようなものばかりで怖い。
もちろん、まといの前では全部否定しておいた。
まといにはもう少し人を疑うということを覚えてほしい。特に
この様子だと、まだなにか変なことを吹き込まれているんじゃないかと不安になってくる。
このまま変な方向に育ち、まといまで魔王みたいなことし出すのだけは勘弁してくれ……。
マンション前まで来たところで、まといを下ろした。さすがに背負ったまま中に入るのは人と出会ったときにヤバイからな。
「ふぅ……、こっからは歩けるか?」
「うん、ありがと」
まといはそう言うと、自然な感じで俺の服の袖を握ってきた。
その動作に、つい疑心暗鬼になってたずねた。
「……これも千賀ちゃんに吹き込まれたのか?」
「……
◇
帰ってからは、すぐに晩飯にした。
予定していたチャーハンである。
クレーンゲームで見せられなかった分、ここで自慢の鍋さばきを披露しようかと思っていたが……まといはなかなか部屋から出てこなかった。
さすがに疲れたのだろうか。まあ、チャーハンくらいいつでもできるのでいいのだが……なんでこう、いつも思い描いたようにいかないのだろう……。
夕食の準備ができたところで、メッセージアプリにスタンプを送る。
少しして部屋から出てきたまといは、普段の部屋着に着替えていた。雰囲気はクールなまといさんだ。
「ごめんね。ご飯全部任せちゃって」
「いいよ、しばらくは俺がやるって言ったろう。それにちょっと怪我させちゃったしな」
「べつに怪我ってほどじゃないよ……稜人、過保護すぎ……」
「自己満足みたいなもんだよ」
そんなやりとりをしながら、テーブルの席についた。
その後は特に変わりなく夕食を終えた。
なんとなく、お互いに距離感を測り直している感じがあったような気がする。さすがにちょっと踏み込み合ったからかな。盛り上がったあと急に、すん、となってしまうあれに近いかも。
そしてキッチンで洗い物をしていると、いつものようにまといがやってきた。
「ココアいれるよ?」
「ああ」
半ば無意識に答えると、まといが慣れたように後ろに来てゴソゴソとする。
距離は近いが無言が続く。
ここで会話がないのは、お互いに意図的な気がした。
べつに気まずくなったとかではない。ただ、距離感を仕切り直しているのだ。
昼間から夕方にかけての出来事でまたひとつ仲良くなれたと思う。
けど、俺たちは義理の兄妹だ。一定の距離は空けておく必要がある。でないと、この関係が壊れてしまうかもしれないから――
だから、部屋にいるときは干渉しないというルールもつくった。まといに負担をかけないように。疲れたときに帰る場所があるように。
「じゃ、ここに置いとくね」
「おう、サンキュー」
「うん」
俺の礼を聞くと、ほのかな笑みを浮かべてキッチンを出ていった。
たぶん、なにか悪いことを考えている笑みではなかったと思う。
このあいだみたいに気配を消してリビングにいるとか、そういうことをしようとしている感じではなかった。
いちおう警戒はしながら、洗い物を終えた俺は、まといのいれてくれたココアを手に、キッチンを出た。
リビングには、ソファーに座ってココアを飲むまといの姿があった。
疲れて部屋に行ってるんじゃないかと思っていたが、リビングにいるんだ……。意外と体力あるほうなんだろうか。
そんなことを考えながら、俺は疲れたし、自室に戻ろうとそのまま素通りしようとした。
そのとき、なんとなくイヤな感じがした。
いや、べつになにかのトラップがありそうとか、ホラー的ななにかとか、そんなんじゃない。
ただ……疲れたときに行く場所が、そこでいいのか、みたいな……無意識の感情に似たなにかが湧き上がってきたのだ。
妙な感覚に立ち止まり、おもむろに振り返る。
――同じだったのだろうか。
ふっとよぎったそんな思考。
ソファーの上に膝を丸めて座っているまとい――その姿を見ながら、得体の知れない感情と自問自答する。いや、感情と自問自答してもなにもならないんだが……。
言語化できない感覚に戸惑いながらも、言い訳を考え出した自分に気づいて、これは無理なやつだとあきらめた。
いや、素直に認めればいいのだろうが、俺は孤高の陰キャ。
もうちょっとまといと話したいな、なんていう言葉は、できるだけ複雑な因果関係や論理展開、あるいは比喩表現で隠したい。そう、現代文の空欄にしたいのだ。
だから、もうちょっとまといと話したいな、などという言葉は、頭の中で連呼するようなものではないし、もうちょっとまといと話したいな、という感覚は、俺がほんのりと自覚すべきものなのだ。
つまり、もうちょっとまといと話したいな、というようなものは、できるだけ書かないというのが日本語的な美しさなのだ。
……ほんと俺もひねくれてるな……。
俺は自分の陰キャ具合に絶望しながら、ソファーに向かった。
「……稜人もリビング?」
マグカップに口をつけながら上目に訊いてきたまといの声は、俺の勘違いじゃなければ、どう聞いても浮かれているようにしか聞こえなかった。
「ああ、まあな……」
ソファーに座りながら答える。
我ながら……こういうときはほんと陰キャだよな。
「……疲れてそうだったけど、いいの?」
俺のことを心配したのか、なんとなく雰囲気を察したのか、まといが真面目なトーンで訊いてきた。
こいつ、コールドリーディングとかできるんじゃねえの? こえーよ。
そのうちスプーン曲げとかやり出すんじゃないだろうか。そういうのも得意そうだし。
「……疲れたよ。疲れたから……アニメでも見ようと思った。それだけだ」
「……ふーん……」
まといが俺の顔をまじまじと見つめてくる。
視線を逸らしたら負けだと言い聞かせ、俺もまといの目を見据えた。
こういうとき美少女なのずりーよ。おまけに今日はほんのりメイクつき。クッソ美少女やんけ。
「……そっか。じゃあ、アニメ見よ!」
「お、おう……」
なんか納得してくれたらしい。
まといがリモコンを取りに立ち上がった隙を見て、こっそりと安堵のため息をついた。
「ねえねえ、今期のアニオリなんだけど――」
ようやくオタクのまといが顔を出してきた。
楽しそうに語るまといを見ると、またいつもの日常に戻ってきたと感じる。
いや、これが日常になっていること自体がもう……。
そんなことを考えながら、俺はまといがいれてくれたココアに口をつけた。
桜も満開になり始めた春の季節。
俺は、新しい家族と――
「――あ、お母さんから連絡あってね。入学式のあと、みんなで一緒にご飯食べようってさ」
……結局そうなるのね……。
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