第30話 義妹をおんぶ

「ば、晩飯だけど……どうする?」


 まといを背負った俺は、変に意識しないように、なんでもない話題を振りながら歩いていた。

 幸いこの道は人が少ないので目立つことはない。まといもフードをかぶっているみたいだし、大丈夫だろう。

 いや、全然大丈夫ではないんだが……。

 

「……なんでもいいよ」


 出た。なんでもいいよ。

 

 一見相手を思って合わせているようで、決定の責任を全部投げてる要注意のセリフ。しかも今のまといはそれをわかって言っているように聞こえた。

 

 俺、どこで地雷を踏んだのだろう。

 

 いや、踏んだかどうかもわからない。地雷ってそういうもんだろうし。

 

 どっちにしろ、まともな思考ができるような状態でもないので、無意識に任せて話を続ける。

 

「んじゃ……チャーハンでいいか?」

「うん」

「…………」

「…………」


 会話終了。業務連絡完結。

 

 

 

 

 

 ねえなんでぇ!?

 

 さっきまでめっちゃご機嫌だったじゃん!?

 

 どうしていつもこうなるの!?

 

 それもこれもあの自転車野郎のせいだ。あそこからまといがなんか変な感じに……。

 

「ねえ……稜人たかと千賀ちかちゃんにかわいいって言ったの?」

「…………」








 やっぱ吹き込まれてんじゃねえかよ!

 

 なにが、「なんにも」→ぷいっ、だ。

 

 え、というか俺そんなこと言ったっけ?

 

 たしかにかわいいとは思っていたが、べつに客観的に見て、という意味だ。特に付き合いたいとか思ってたわけでもない。というかできれば近づきたくない。

 

 だがそんなことはどうでもいい。

 とにかく今は弁解弁明、無実の証明だ。

 

 

 

「言ったかどうかは覚えてないが……断じて変な意味ではないぞ。この前も言ったけど、かわいいとは思うけど、俺は苦手なタイプだし。どっちかっていうと、まといのほうがかわいいと思うぞ」


 ちょっと露骨だが、こういうときは立場をはっきりさせたほうがいい。両方にいい顔をしようとして地獄絵図になっていくラブコメ主人公は読むだけで十分だ。

 

「……でも、仲良さそうだった……」


 耳元でささやいたまといの声は、どこか拗ねているように聞こえた。

 

「仲が良さそう……? 俺と千賀ちゃんが?」

「……うん」


 やっぱり拗ねた色の返事を返すまとい。

 

 夕焼けの空を見上げながら、俺は千賀ちゃんとの会話を思い出していた。

 

 

 

 …………いや、ないだろ。

 

 とてもではないが仲良く話したような記憶はこれっぽっちもない。

 むしろ突き放したような言い方ばっかりしていたような気がする。

 

 スーパーでの会話も知られている想定で考えてみるも、嫌そうに話してた記憶しかない。家に来たときもそんなに会話したような覚えはないし……。

 

「どっちかっていうと……いい加減な対応しかしてないと思うんだけど……?」

「……それ」

「それ?」


 なんかいっそう不機嫌な色が強くなったまとい。

 俺の首に回している腕に力が入った。

 

 真面目な会話ができなくなるのでやめてください。

 いろいろ意識しないようにしてるのに、邪念というかなんというかがトランポリンで跳ねてダンシング。

 

「私にも……もっとあんな感じでいい……」

「え?」


 まといの声に現実に連れ戻される。あんな感じ、とは千賀ちゃんと話すときということだろうか。

 でも、それってそんな仲良くというわけでは……。

 

「遠慮ない感じで、すごく仲良さそうだった……」


 その言葉に、前にまといの部屋に入ったときのことを思い出した。


 ……そうか……まといはそういうのに憧れてたんだったな……。

 

 わかっていたつもりではあったが、さすがに義妹にそんな言い方は――と控えていた。

 というかそんな強くあたる理由もないし。

 

 それに、今日みたいに清楚系美人な恰好でこられると、余計にそんな態度取れないこちらの事情だってあるのだ。

 

 

 

 ふと、近くで遊んでいた子供の声に釣られ、顔を動かした。

 

 いや……俺が無意識にそうやって、まといと距離を置いてたのだろうか。

 

 まといのほうから離れていかれるのが怖くて――。

 

 逸らしていた感情に目を向けた瞬間、母親のことがフラッシュバックした。

 

 幼いころに出て行った母親。

 行かないで、と泣き叫んでいたことだけ覚えている。それ以外はもうなにが本当かなんてわからない。ただその記憶だけが、ずっと心の奥で……。

 

 それ以来、女の人と関係を築こうとすると、なんとなく距離を置こうとしていた。

 

 まあ、そんなことまといには関係ないし、ちょっとぐらいは強く言ってやっても――

 

 

 

 

 

 


「……私はどこにも行かないよ?」

「――え?」


 まるで心でも読んだかのように、まといがやさしい声で言った。

 

 思わず立ち止まって、振り返る。

 すると、同じように子供のほうを見ていたまといがこちらを向き、慈愛の笑みを浮かべ、

 

「ちょっと乱暴な言い方でも、いい加減な言い方でも、私は稜人の嫌いになったりしない。だから……大丈夫だよ」


 言葉はさっきの会話の続きだったのだろうが、俺に向けられたその笑みは、どこか別の場所に向けられているような気がした。

 

 


 ……ったく、こいつはどんだけ特殊能力持ってんだよ……。


 そういえば、千賀ちゃんもまといが触れてほしくないところを避けてくるみたいなこと言ってたっけ。やっぱこういうところなんだろうな。

 

 いつもはまわりの人にビクビクしてるくせに、こういうところはしっかりしてるのが、やっぱりまといらしい。

 

 まあ、べつにちょっと遠慮せずに話すだけだ。まといがそれで喜ぶなら……。

 

 

 

「……わかったよ。そのかわり、機嫌悪くなるなよ? 俺、結構ズバズバ言うかもしれないぞ?」


 俺のその言葉に、まといが少し頬を染め、期待の笑みを浮かべた。

 

「……うん! どんとこいだよ!」

「いや……そんなどんとはいかねえよ」


 そうつぶやき、ふたたび歩き出す。

 

「うわぁ……そっけない……」


 まといはそう言って大げさに落ち込んでみせた。楽しそうでなによりだよ。

 

 少しまだ怖さはあるが――それ以上に、なんとも言えない安心感があった。

 

 たまに吹く春の夕風が、今までと違った温かさを感じさせる。

 

 ちょっとずつでいい。

 ちょっとずつ、まといとも遠慮のないやりとりを――

 

「……そういえば千賀ちゃんから聞いたんだけど……稜人、清楚系の服が好きってほんと? 今日の服、良かった?」




 夕風が止んだところで、俺も足を止めた。

 

「……ひとついいか?」

「なに?」

 

 

 

 

 

 

 

 


「おまえ変なこと吹き込まれすぎだからぁ!?」

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