第29話 義妹の違和感
よくわからんが無事、クマのぬいぐるみをゲットし、ショッピングモールをあとにした俺たちは、大通りから一本外れた道を歩いていた。
少し寂しく感じるような夕暮れだが、まといのほうは上機嫌だ。さっき取ったばかりのクマのぬいぐるみを大事そうに抱えている。
「ふふっ――私、クレーンゲームの才能あるかな?」
「……どうせならもっと別の才能があること願っておけ」
さっきいい恰好できなかったことで、つい尖った言い方をしてしまう。
しかしまといは特に気にしていないようで、そんな俺の言い方にも、どこかうれしそうにしている。
「うーん……どんな才能がいいかなあ……」
顎に人差し指を当て、視線を空に泳がせながらつぶやくまとい。
そのポーズ、どこかの魔王のがうつってない?
義妹が魔王化なんてやめてくださいよ、ほんと。
……まあでも、まといが満足したならよかった。
もうすぐ学校も始まるし、少しでもなにかの足しになれば儲けもんってもんよ。
そんな感じで、戦いは終わった感MAXで十字路に差し掛かったところである。
ふと思い出して、隣を歩くまといに話しかけた。
「あ、そうだ。今日の晩飯だけど、なんにす――」
瞬間、まといのほうの道路から、猛スピードで走ってくる自転車が目に入った。
咄嗟に声を上げようとしたが、あまりの速さに間に合わない。
だが、体のほうは反射的に動いていた。
「――きゃ!?」
ジリリリィ――――ン、と俺たちの目の前をかすめていく自転車。
気づいたときには、俺はまといの肩を抱きかかえるような恰好で止まっていた。
「大丈夫か!?」
「え? あ、うん……」
慌てて声をかけたが、まといのほうはなにが起こったのかわかっていない様子だ。
「ったく……あとちょっとでぶつかるとこだったぞ……」
恨めしく自転車のほうを睨みながらつぶやくが、すぐに姿は見えなくなっていった。
ため息をつきながら、ふたたびまといのほうへ視線を移す。
どうやら特に怪我はないようだ。
と同時に、自分が女の子の肩を抱いていることに気づいた。
「あっ、すまん」
ハッとして手を離す。
びっくりするくらいやわらかな感触が、こんなときでも脳をバグらせる。
「……大丈夫。ありがと……」
髪を整えながら言うまとい。こういうのもいちいち様になる。
なんか顔も赤いが、さすがにびっくりしたのだろう。
そんなまといが足を動かしたとき、ほんの一瞬だけ顔を歪めた。
足でもくじいたかと思い、まといの足元を見て――そのとき、ようやく今までの違和感を理解した。
「……ちょっと足見せてみろ」
「え? 大丈夫だよ、怪我してな――」
俺がしゃがみこみ、まといの足――、見たことのないヒール高めのサンダルに触れた瞬間、まといがふたたび顔を歪めた。
「うっ……」
……くそ、なんでもっと早く気づかなかったのだろう。
アニメショップのときも、ゲームセンターに行く前も、ずっと違和感はあったのだ。
やけに遅い足取り。ちょっと足元を見ればわかるはずだったのに……。
…………この人、こんなオシャレーなサンダル履いてても、足音立てないんですもん……。無理っすよ……。
「……ずっとがまんしてたのか?」
俺が見上げながら訊くと、まといは少し拗ねたように視線を逸らした。
「その……今日はがんばりたかったから……」
「どうしてそこまで……」
「だって……
「…………」
結局あいつじゃねえかよ!!
毎回毎回、なーんであいつの名前が出てくんの?
「……なにを吹き込まれたんだよ……?」
「なんにも」
ぷい、と完全にそっぽをむくまといさん。
だからですね、俺はこういうのをうまくやる方法を知らないわけですよ。
どうすりゃいいんだよもう。
まといがなにを考えてるのかなんてわからんし、魔王の企みなんてもっとわからん。
陰キャ男子の手札なめんな。
「はあ……」
俺は大きくため息をついて、しゃがんだまま、まといに背を向けた。
「ほら」
「……え?」
「痛いんだろ?」
「それって……」
いや、言わせないで恥ずかしい。
「ほら!」
俺が強く声を張ると、後ろで逡巡しているらしいまといが感じとれた。
過保護かもしれないが、いちおう俺のミスみたいなもんだし。
それが原因で義妹に足引きずらせて帰るなんてさすがに良心がグサグサのグサリだ。
「え、あ……じゃあ……」
葛藤の結果、素直に言うことを聞くことにしたらしいまといが、俺の背中に体を預けてきた。
「よっと」
体勢を整えながら立ち上がる。
「ん、大丈夫か?」
「う、うん……」
ということで、まといをおんぶすることになった。
なった……。
意識したら負けである。
そう、意識した瞬間、すべてがバグる。
だから俺は、必死に――
「んっ……」
やめてぇ!?
耳元で変な声出さないでくれるぅ!?
俺がどんだけ自制心削りちらかしてると思ってんのぉ!?
削りすぎてもう
……はあ、心の叫びをぐっと抑え、平静を装う。
「……じゃあ、行くぞ?」
「うん……」
そうして俺は、慣れないサンダルで足を痛めたまといを背負い、帰ることになったのである。
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