第27話 義妹は気づかない
「今日も天気でよかったね」
「お、おう……そうだな」
ショッピングモールに向かう道中、俺たちは横に並んで歩いていた。
今回は袖をつかまれていない。今日は一日それでがんばるようだ。
正直、今のまといに袖なんてつかまれたら脳が一日バグバグのバグだったろう。
パーカーを羽織ったとはいえ、千賀ちゃん仕込みのおめかしをしたまといは、殺傷力がヤバイ。ついでに俺の語彙力もヤバイ。
それでも、あのまといがここまでがんばって自分を変えようとしているのだ。
俺も誠心誠意をもってサポートしよう。
そう、誠心誠意……。
誠実に、真面目に、紳士的に――
ちらりとまといの顔をうかがう。
「……なに?」
「い、いや。なんでもない……」
「……?」
やっぱ今日は無理かもしれん……。
◇
無事アニメショップに着いた。
「わぁー……やっぱり服を眺めてるより楽しいね」
入口の新刊コーナーの前に立ったまといが言った。
あれ、やっぱ服にはそんなに興味ないのかな。昨日は楽しそうにしてるふうに見えたけど。
まあ、さすがにオタク趣味には勝てないってことだろうか。
あたりを見回し、まといに声をかける。
「ほら、今期のアニメ原作コーナーも更新されてるぞ」
「あっ!」
まといがそちらへ興味を移し、スマホを取り出しながら向かう。
んー、でもどうしたんだろう。
なんとなく足取りがゆっくりのような……楽しんでいるはずとは思うけど、やっぱり人前でフードなしはきついのだろうか。
今期アニメの原作コーナーにたどり着いたまといがパシャリ。
「やっぱり撮るんだ……」
「うん。また来期も撮る」
え? それまた連れてこいってこと?
いや、来期あたりにはまといひとりで来れるようになっているかもしれない。
これはそういう意思表明なのだろう、きっと。
というかそれよりも……。
「
「ん、いや……なんでもない」
「?」
まといは気づいていないのだろうか……。
まわりの視線に。
「あ、稜人! あっち行こう!?」
「う、うん……」
先導するまといの後ろをついていく。
すると、まといとすれ違った男性客が自然と振り返る。
そりゃそうだろう。
今のまといは、外から見れば陽キャの清楚系美少女。こんなところであんなのとすれ違ったら誰だってそうなる。ラブコメラノベの表紙みたいな女の子がそこにいるのだ。
「ほら! 稜人早く!」
「お、おう……」
その美少女様の隣に立つ。
後方からの視線が痛い。
無言の爆発しろという圧がすごい。
いや、こっちはこっちでいろいろ大変なんだぞ……。
「どうしたの? なんか顔色悪いよ?」
うん。やっぱりこの人、気づいていないらしい。
自分が今、キラキラ陽キャ女子になっていることに。
「気のせいだろ……今日はなにか買わないのか?」
「うーん……今日はいいかな」
「……またレジか?」
「ううん、このあとゲームセンターあるから。身軽なほうがいいかと思って」
え? ゲームセンターでいったいなにをするつもりなんだこいつは?
スポーツ系のなにかと間違えてるんじゃないだろうな。
「そ、そうか……じゃあもう少し見てくか」
「うん」
それから俺たちはいろいろと見て回った。
まといが男性客に近づくと、自然と男性客のほうが離れていくのを見て、俺は心の中で謝罪した。
わかる。俺もひとりでアニメショップに来て、急にキラキラ美少女に隣に立たれたら言いようのない気まずさに襲われる。
まといは結構まわりの視線に敏感なようで、気を許している相手や陰キャには寛大なタイプらしい。それ、一番タチ悪いやつだからな?
今回は買って帰るものもなく、時間に余裕があったのでゆっくりしていた。
「ふぅ、いっぱい見た」
「満足したか?」
「うん!」
まといもどうやら十分なオタク成分を摂取できたみたいだ。
心なしか火照っているようにも見える。
「ちょっと暑くなってきちゃった……」
ああ、ほんとに火照ってたのか……。
っておいマテ。
待て。
そのセリフは――
俺が声を上げる隙もなく、まといはパーカーを脱いだ。
「ふぅ……」
そして妙に色っぽい声を漏らしやがった。
いやいやいやなんであなたそういうお決まりはキッチリ消化していくの!?
もう少しで出るところだったじゃん!?
ここでそれはあかんて!?
瞬間、まわりの客の視線が集まる。
固まる男性客。
コソコソと「あの子かわいい」と話す女性客。
気づかないまとい。
「どうしたの、稜人?」
この人わざとやってるんじゃないよな……?
「……まとい、ちょっとこっち来い」
「え?」
俺はまといをある場所に連れていった。
アニメショップ内にある、謎の鏡の前だ。
「見ろ」
「……?」
まだ状況を呑み込めずにいるまといが、訝しげに鏡を見る。
しばらく固まっていると、みるみるうちに顔が赤くなっていった。
ガバッ、とまといがパーカーを羽織る。
「た、稜人……行こう……」
「お、おう……」
まといに引っ張られ、アニメショップをあとにした。
◇
「うぅ……私としたことが……」
まといがテーブルに肘をつき、両手で頭を抱えていた。
場所はこの前のファミレス。奇しくも同じ席。脅威の繰り返し率。作画効率良し。
「まあ、がんばってたってことで……」
べつに悪いことをしていたわけではない。ただ、ちょっと目立っただけである。
もっとも、その目立つことを極端に嫌う陰キャだからこそのダメージなんだが。
俺が適当になだめていると、まといが支配者のポーズみたいに両手を宙に浮かせ、わなわなと震わせながら語り出した。
「私、昨日千賀ちゃんに髪のセットとかメイクとか教わって、なんかすごい褒められて気分良くなっちゃって……イケイケドンドンにされて……気づいたらアニメショップに立ってた……」
「いやさすがに盛り過ぎだろ」
俺が軽くつっこむと、まといがぷくぅ、と頬を膨らませて睨んでくる。そんな顔さえかわいいことに、こいつほんとに気づいてないんだろうな。
「だって恥ずかしくなってきたんだもん……」
まといがそう言ってうつむく。
まあ、がんばり屋の性格が出すぎたのかもな。
「べつに恥ずかしくはないだろ……場所があれだっただけで、おかしいところはない」
「……ほんと?」
「ああ……まあ、その……普通にかわいいし……」
「ふーん……」
いちおう励ましの言葉を言ったつもりだったが、まといはふたたびうつむいてしまった。
ミスったかと思い、次の言葉を考えていると、
「じゃあ、大丈夫だね」
すぐに顔を上げたまといが、いつもの笑みで答えた。
「……おう」
ようやくもとに戻ったらしい。
そしてメニュー表を指差し、
「よし、じゃあ稜人! 注文!」
そう言ってフードをかぶった。
「…………」
その後、いつものようにココアを注文していた。
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