第26話 義妹の本気

「あ、あの……ごめんね?」


 ダイニングのテーブル。

 まといと向かい合って座り、夕食をとっていた。

 

「いやまあ……気にするな。千賀ちゃんが進めたんだろう?」

「う、うん……」


 微妙に気まずい空気が流れる。

 

 

 

 あのあと、まといを部屋に押し戻し、すぐに着替えさせた。

 千賀ちゃんは最初不満げだったが、俺の動揺っぷりに満足したのか、少しして嵐のように帰っていった。

 

 本当に油断も隙もあったもんじゃない。

 今後千賀あいつが近くにいるときは、最大限の警戒をする必要がありそうだ。

 

 というか修司しゅうじのやつ、よくあんなのが近くにいて普通にしてられるな。なにか秘策でもあるのだろうか。今度訊いてみるか。

 

 まあ、そんなわけで、まといはあれから晩飯まで部屋から出てこなかったので、こうしてやっと会話できているというしだいだ。

 

 

  

「そのー……今日着てた服は普通に着るにはちょっと派手すぎると思うぞ……?」 

「う、うん。それは大丈夫。ちゃんと普通の服ももらったから」

「え? じゃあ今日のあれなんだったの!?」

「ふふっ――稜人たかともだいぶ素が出るようになったね」

「うっ――、きょ、今日はちょっとおかしくなってんだよ」


 苦しい言い訳を吐いた。

 

 正直、今日のまといの姿を見てバグった脳が戻っていない。

 学校一の美少女ふたりに囲まれて、あんなファッションショー見せられて、正気でいられるほうがおかしいだろ。最後は水着だったし……。

 

 

 

 ――水色の生地に真っ白な肌。

 

 内股に恥ずかしがりながら立ち、両肘を抱えていたせいで胸が――

 

 

 

 

 

 

 

 ってちがああああぁぁぁぁ――――う!!

 

 思い出すな!

 

 義妹だぞ!?

 

 

「今日のこれもおいしいよ? 麻婆豆腐」

「へ!? あ、ああ……」


 まといの声に連れ戻された。

 ぐっと邪念を押し殺し、心を整えながら答える。

 

「そりゃよかったよ。久しぶりだったからうまくできてるか不安だった」

「でも、辛さ控え目にした?」

「あー、ちょっとな」


 自室に引きこもって辛いの大丈夫か訊けなかったからな。

 

 イメージ的に辛いのダメそうに見えたし、水着だったし――

 

 

 

 

 

 リセット。

 

 

 

 

 

「次からは普通につくっていいよ。私辛いの大丈夫だから」

「わかった。じゃあそうするわ」

「うん」


 淡々とした平和な会話。

 やっぱりこのくらいがちょうどいいな。

 

「明日はじゃあ予定どおりアニメショップでいいか?」

「うん!」


 飾り切りしいたけふたつが輝く。

 

 ようやくいつもの感じが戻ってきた。

 

「ほかにどこ行く? こないだはカーテンと本屋だったけど……」

「あー、うーん……」


 さすがにアニメショップだけでは時間を潰せない。もう少しなにか目的がほしいところだ。

 

「あ! ……ゲームセンター」

「ゲームセンター?」

「うん……私、ゲームセンター行ったことがな――」

「よしわかった! ゲームセンター行こう! はい決定!」


 もう散々メンタル削られてんのに、このうえさらにまといの陰キャヒストリーは俺死んじゃいます。

 

「う、うん!」


 ということで、明日はこのあいだのショッピングモールに、アニメショップとゲームセンターを求めて出かけることにした。

 

 こういうのは普通、映画とか、水族館とか、遊園地みたいな浮かれたところになるんだろうが――こっちは格が違う陰キャひとり連れてんだ、そんなもんアニメなら第二期、漫画なら六巻、ラノベなら三巻までかかるだろう。

 

「明日はがんばるから、楽しみにしててね」

「おう……?」


 ちょっとだけ悪戯っぽい笑みを浮かべたまとい。

 

 どういうことなんだろう?

 

 明日はフード取って、袖つかまないってことかな?

 

 それは俺としても助かる。今日のことがあったんだ。明日くらいは平和に行きたいってもんだろ。

 






 そして翌日。

 

 昼食をとったあと、まといは自室に籠りっきりになっていた。

 

 外出の時間になったら出てくるとは言っていたが……。

 

 そろそろ時間になるのに、一向に出てくる気配がない。

 楽しみにしていたはずなので、急にイヤになったとかそういうのではないと思うが……。

 

 いちおう確認してみるかとスマホを取り出したとき、ドアが開く音がした。

 

「あ、ようやく出てきたか。準備はでき――」


 ソファーから立ち上がりながら訊いた俺だったが――まといの姿を視認して固まってしまった。

 

「お、おまたせ……」


 やや頬を染めて言ったまとい。

 

 その姿――

 

 春らしい淡い黄色のトップスに、下は花柄のロングスカート。

 髪はサイドに流し、涼しげな雰囲気。少しウェーブもかかってそう。

 それに、ほんのりメイクもしているのか、表情の印象が違っていた。

 

 なんというか……大人っぽいというか、普通に清楚系の大学生みたいなファッションだった。

 

「そ、それ……どどどどうしたんだ?」


 突如現れた清楚系美少女を前に俺氏動揺。

 

「昨日千賀ちゃんからもらったやつ……髪のセットとか、メイクの仕方とかもいろいろ……」


 昨日そんなことまでやっていたのか。

 やっぱりこういうセンスは千賀ちゃんすごいな。

 

 というか……こんな服あるなら昨日のあれいらなくない!?

 俺を動揺させるためだけに変なのチョイスしたんじゃないだろな千賀あいつ

 

「そ、そうか……」


 返答と視線に困り陰キャレベル上昇。

 

「ど、どう……?」


 髪に手を当て、顔を赤らめながら上目に訊いてくるまとい。

 

 だからぁ!?

 

 それどんだけ殺傷力高いかあなたわかってないでしょ!?

 

 同じ陰キャなんだからそこんとこの理解もうちょっとしてほしいんですけど!?

 

「お、おう……か、かわいいと思うぞ……」


 陰キャオブ陰キャ。

 

「ふ、ふーん……そう……」


 うつむきながら小声になるまとい。

 

 なにやってんだろう俺ら。

 

「え、えーっと……じゃあ、行くか?」

「うん……」


 空気に耐え切れず出発の提案。

 

 足取り早く玄関に向かう。

 

「あ、ちょっと待って」

「ん?」


 まといはそう言ってふたたび部屋に入ると、すぐに出てきて――

 

「じゃーん、これで防御力アップ!」

「おぉー……!」


 持ってきたのは、まといがいつも着ているパーカーだった。

 

「これを羽織ればいい感じになるよって、千賀ちゃんが言ってたから」


 そういいながらパーカーに袖を通すまとい。

 

 オシャレ度は少し落ちた感はあるが、逆に親しみやすさが上がった感じだ。

 強烈な清楚系美少女から、ちょっとかわいい友達感にチェンジした。

 

「どう?」

「うん、いいな」

「えへへ、よかった」


 なんだよ。ちゃんと考えてくれてんじゃんか千賀ちゃん。

 

 さっきのままだとまだちょっと肌寒いだろうし、パーカーを羽織ることでまといと俺の精神的負担を軽減させようって魂胆だな。

 

「よし、じゃあ今度こそ行くか!」

「うん!」


 そうして俺たちは、このあいだのショッピングモールに向かって出発した。


 

 

 まといとの空気も一気によくなった。

 

 やっぱ千賀ちゃん、なんだかんだでよく考えてくれてるな。

 

 こんなにまといのこと思ってくれてるだなんて……めちゃくちゃいい子じゃん。

 

 なんか昨日は悪いことしたな。

 

 すげえ疑い深いことばっか言って。

 

 その前は魔王なんて言っちゃったしなあ……。

  

 自分の評価を落としてでも友達のために行動する千賀ちゃんになんてことを……。

 

 次からはもっとやさしくしよう。昨日と今日のお礼もしないとな。

 

 新しい季節に新しい出会い。

 俺の中での千賀ちゃんの評価が爆上がりしてい――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 あっ……これがゲインロス効果ってやつか……。

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