第25話 義妹のサービス回

「……あの……これは?」


 そうつぶやくしかなかった。

 

「ヤバくないですか!? リブニットでスタイルの良さを際立てつつ、オフショルで大人っぽさをアピール! もう男子もイチコロですよ!」


 いや、ちょーっとなに言ってるかわかんないっす千賀ちかさん。

 

 俺が眉をしかめ千賀ちゃんを睨んでいると、まといが恥ずかしそうに上目で言った。

 

「た、稜人たかと……ど、どう……?」

「え? ど、どうって……」

 

 いやそんな顔でかないで!?

 あなた今どんだけ殺傷力高いかわかってないでしょ!?

 

 どうってそんなもん……。

 

 俺はできるだけ動揺を隠し、無関心を装って答えた。

 

「か、かわいいと思うぞ……」

「そ、そう……」


 まといはいっそう顔を火照らせ、儚げな笑みを浮かべた。

 

 やめてくださいそんな顔。いろいろあぶないですから……。

 

「えー、もっと褒める言葉ないんですかー?」


 千賀ちゃんが横から不満げに口を挟む。

 

 こいつ覚えてろよ……。

 

「そ、それが千賀ちゃんからもらったやつか……?」


 まといに訊きながらあらためて姿を見る。

 

 肩がばっさり出たクリーム色のなんとかニットワーンピース。

 下はかなりミニ丈で、まといにはめずらしく素足を出している。

 本人もさすがに恥ずかしいのか、前かがみになり、裾の部分を抑えている。

 

 そのせいで白に近い水色の髪のあいだから、チラチラと肩や胸元が見え隠れして脳がバグり散らかす。

 

「う、うん……着るの楽そうだったからこれにしてみた……」

「へ、へぇー……」


 いやいやいや!?

 着るの楽だからって理由でそんな男子高校生の青春一発で終わらせるような恰好しないでもらえます!?

 

 俺が今どんな気持ちで平常心保ってると思ってんの!?

 

「じゃあじゃあ! お兄さんの感想も聞けたところで、次いってみましょー!」

「は? 次……?」

「そうですよ? 今日はまといちゃんのファッションショーなんですから!」


 いや、聞いてないし。

 

「あ、あの……たか――」

「さあさあ! まといちゃん、次の服着替えに行こ!」


 なにか言いたげだったまといを、千賀ちゃんは強引に部屋に押し込んでいく。

 

「…………」


 俺はそれを茫然としたまま眺めているしかできなかった。

 

 部屋から聞こえるキャッキャッとした声を聞きながらため息をつき、ソファーに座る。

 

「ったく……なんなんだよ……」

 

 ほんと心臓に悪い……。

 

 悪い……けど……。

 

 

 

 まあ……かわいかったから良しとするか……。

 

 男ってほんとちょろい。

 






 しばらくして、またふたりが出てきた。

 

「お兄さんお兄さん! 見て見て!?」

「はいはい……」


 ため息をしながら声のしたほうに振り向く。

 

 と、今度はさきほどとは雰囲気の違う感じだった。

 

 フリルがなんかいっぱいついた白のブラウスに、編み上げっぽい紺色のコルセットスカート。ちょっとゴスロリチックな感じだ。

 

 しかしそこまでごてごてした感じはなく、まといの容姿もあいまって……まあぶっちゃけかわいい。陰キャ男子に対する殺傷性ならさっきのより高いかもしれない。

 

「……アニメにいそうな感じだな」


 今度は露出が少ないので俺もだいぶ落ち着いていられる。

 

「でしょー!?」


 なんで千賀あなたがそんな得意げなの?

 っつーかこれほんとに普段から着てたの?

 

「……そ、そう……?」


 またもや恥ずかしげにうつむくまといさん。

 でも……なんか意外と楽しんでる?

 

 まあ女の子なんだから、本来こういうのに興味あってもおかしくないけどな。

 今までも実は興味があったのかもしれないけど、ひとりでは陰キャすぎて手が出せなかったとか。

 

 だとしたら、やっぱり千賀ちゃんに頼んでよかったな。

 

「で? で? お兄さん感想は!?」


 千賀ちゃんがマイクを持ってるふうに拳を突き出してくる。

 

「まあ……かわいい」

「……お兄さんもうちょっとボキャブラリーないんですか?」


 いや、もう前言撤回したくなってきた。

 

「ち、千賀ちゃん……」

「あ、ごめんごめん。じゃあ次いってみよー!」

「え?」


 まといが千賀ちゃんを止めようとしたが、逆に部屋へ連行されていった。


 このあとも引き続き、千賀ちゃんプロデュース、まといのファッションショーが開催されていた。

 

 さすがに千賀ちゃんが選んだものだけあって、どれも尖っていながらも、まといによく似合うものばかりだった。

 ファッション雑誌に載せても違和感ないレベルだ。

 

 ただ、もう少し普通に着るものをチョイスしてほしかったが……。

 


 


 

 

 待機中にキッチンで作業していたときである。

 

 まといの部屋のドアが開いた。

 

 またか、と思っていたら、出てきたのは千賀ちゃんひとりだった。

 

 そのまま俺のいるキッチンに入ってくる。

 

「どうですか? まといちゃん、ちょーかわいいでしょ?」


 千賀ちゃんが満面の笑みで言った。


 だからなんであなたがそんな得意げなの?

 

「……まあ、もとがいいからな」


 調子を乱されないように、ぶっきらぼうに答える。こういうのは主導権をしっかり握るのが大切だ。

 

 すると、俺のそんな態度からなにか察したのか、千賀ちゃんは、すん、と急に低めのテンションになった。

 

「まといちゃん、いい子ですよね」

「ああ……」


 晩飯の準備をしながら、軽く相槌を打つ。

 

「対面だとあれですけど、アプリだと結構話してくれるんですよ?」

「へぇー」


 そうなんだ。俺とはあまりアプリでやり取りする機会がなかったから知らなかった。一瞬、嫉妬に似たなにかを感じた気がしたが……まあ気のせいだろう。

 

 同性だからこそ、話せることもあるだろうしな。

 

「なのにさー……私の踏み込んでほしくないとこはしっかり避けてくるの」

「…………」


 たぶん、まといも意識してやってるんじゃないと思うが……なんとなくわかる気がした。

 

「ありがとね、まといちゃん紹介してくれて」

「……なんだよ急に、気持ち悪い」


 ラスボスのデレとか100%裏あるんだからやめて?

 

「ふふっ、私も友達できてうれしかったってこと」


 千賀ちゃんはそう言うと、いつもの計算したような、つくったような笑みではない、子供みたいな無邪気な笑みを返してきた。

 

 ……まあ、こいつにもいろいろあるんだろうな。

 

 俺はべつに深入りするつもりはないが。

 

「っていうかそれなら初日、なんであんな感じだったのさ? 今日くらいの感じで来てくれたら、もっと仲良くなれてたんじゃないか?」


 なんとなく、話を逸らすように気になっていたことを訊いた。

 

「あー、あれですか?」


 千賀ちゃんは悪戯な笑みを浮かべると、左手を腰に当て、右手の人差し指を突き出して続けた。

 

「たぶんまといちゃん緊張して喋れないだろうから、あの日は連絡先だけ交換しようって決めてたんです。本命はそっちでしたから」

「ふーん」

「で、ついでに陽キャアピで私の印象最悪にして、アプリでのやり取りから、実は私も緊張してたんだよ、って口説いていったんです――ゲインロス効果ってやつですよ」


 え? 口説い……なにこの人こっわ……。

 

 そんな計算してたの?

 

 ゲインロス効果ってあれでしょ?

 最初にネガティブな印象を与えて、後からポジティブな印象を与えると、なーんかすっげーいい印象になるっていうやつでしょ? 不良が子犬助けるといい人に見える、みたいな。

 

 っていうかまといさん、いいようにされすぎじゃない!?

 普通そんなうまくいかないって。俺なら絶対に引っ掛からん。

 

「心配しないでくださいよー。最初の手段はそうでも、今はちゃんと友達ですから。そのこともまといちゃんには伝えてますし」


 俺が不安に思ったのを察したのか、千賀ちゃんはそれを払拭するような言葉を吐いてきた。

 

「お兄さんとのこれと違って、計算で友達やってませんから、安心してください」


 にっこりとつくった笑顔で言う千賀ちゃん。俺は計算なのかよ。


 ほんっといい性格してんなこいつ。

 

 まあいいけどさ……。

 

 そうしてため息をついたとき、まといの部屋のドアが開いた。

 

「あ、お兄さん、ラストきますよ!? これマジヤバイですよ!?」

「お、おう……」


 どうやらこれで終わりらしいまといのファッションショーのラスト衣装だ。

 

 はあ……今日も疲れる一日だったな。

 

 まあでも、千賀ちゃんのこともちょっと知れたし、まといのかわいい姿も拝めた。意外と悪くない日だったかもしれん。

 

 伸びをしながらキッチンを出て、やれやれと目線を向けた。

 

 またもや顔を真っ赤にしたまとい。その服装は――

 

 

 

 

 

 

 

 水着だった。

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