第23話 義妹の彼女ムーブ
どうしてこうなった……。
俺は必死に思考を巡らせながら、自宅への道を歩いていた。
まだ肌寒いくらいの季節なのに、汗が止まらない。
心臓は激しく鼓動し、息が乱れる。
見間違いかと思い、もう一度スマホ取り出してみるが……やはり変わらない。
まといからの通知――”千賀ちゃんとなに話してたの?”。
俺は知っている。
アニメで見た。漫画でも見た。ラノベでは百回は見た。
浮気を疑われる系の定番イベントだ。
いや、べつに俺浮気なんてしてないし、そもそも誰とも付き合ってなんかないんだが……。
しかし、その理屈は通用しない。今はまといが不機嫌になったのなら、それが唯一絶対の正義現実事実であり、この世の真理であり、正しい法則なのだ。
まといが1+1=3と言えば3になるし、リンゴは木から落ちないと言えば落ちない。憲法はコピペ&ペーストで編集可能だ。強いて言えばラブコメの法則だろう。
俺は今からこの法則のもと戦わなければいけない。
無理ゲー……。
そもそもこんなことになったのは
まといにいったいなにを吹き込んだんだ?
やっぱり油断するべきじゃなかった。わかっていたはずだろう。
自宅マンション前まで来た。
乱れた息を少しでも整えるように深呼吸をする。
大丈夫、俺はなにもやましいことなんてしていないのだから。むしろ義妹のために行動していたくらいだ。
正直に話そう。へたに嘘をつくと絶対にこじれる。
そんなのはラブコメアニメで死ぬほど見てきた。見るのはいいが、自分が当事者になるのはごめんだ。
それに、まといは結構そういうお決まりパターンを外すタイプ、心配ない。
うん、いける。
玄関前。
だいぶ追い詰められているらしい自分の心を静め、ドアを開ける。
できるだけ静かに、リビングに入った。
「――ただいま」
平静を装った俺のその言葉に、帰ってくる声はなかった。
ガサッ、と買い物袋を落とした。
なんでぇ――――ッ!?
いつもリビングいたじゃん!?
なんで今に限っていないの!?
……怒って自室に籠ってる……?
最悪のシチュエーションが脳裏に浮かぶ。
いやいや、まといに限ってそんな……。
しかし言うほど俺はまといのことを知らない。こういうことですぐにへそを曲げるタイプなのかもしれない。静かに冷たい声で、「あ、いたんだ?」とか言われるのが容易に想像できる。
力強く両頬を叩いた。
冷静になれ
帰ったことを伝えよう。それでなにか会話の糸口を――
俺が額に汗を浮かべながら、スマホの画面を見たときだった。
ピコン、と音が鳴ると、ホーム画面上に通知が来た。
【桐葉まとい:なんで既読無視するの?】
ああああぁぁぁぁ――――ッ!?
しまったああああぁぁ――――ッ!!
動揺しすぎて返信するの忘れてた……。
どうする……?
もうこれ完全に沼じゃん。
ていうかなんでまといはそんなラブコメに出てくる嫉妬深い彼女ムーブしてんの?
いや、考えてもしょうがない。今は理屈で動いても沼にハマるだけ。はっきり言ってしまえばいい。
俺はスマホを操作し、メッセージを送った。
【有坂稜人:話したほうが早いと思って。今帰った】
よし、自然っぽい。
小さいころからインターネットで鍛えた言い訳スキルなめんな。
すると、すぐに返信が来た。
【桐葉まとい:ふーん。わかった】
全然わかってもらえた気がしないんだけど。
そのとき、ガチャ、とまといの部屋のドアが開いた。
そして、俺を視認したまといがぼそっと言った。
「あ、いたんだ?」
ねええええぇぇ――――ッ!?
なんでそういうことするの!?
俺のメンタルどんだけ削れば気が済むの!?
「お、おう……ちょうど今帰ったところだったんだ」
「そうなんだ。あ、ココア買ってきてくれた?」
「もちろん! ほら!」
俺はそう言ってココア2パックを取り出して見せた。
「ありがと。……千賀ちゃんはなんて?」
きた。
大丈夫、落ち着いて話せばわかってくれるはず。
一度咳払いをしてから返す。
「……え、えーっと、
べつに秘密にしてくれとは言われてないし、男友達ができない部分を伏せとけば特に恥ずかしいものでもないからいいだろう。そもそもこんな状況をつくりやがったのはあいつだ。
「……そっか。オッケーしたの?」
「え? ああ、まあ……まといの友達だしな……」
「ふーん……千賀ちゃん、かわいかった?」
え? 話飛びすぎじゃない? なんでそうなるの?
しかし、まといはじっと俺の顔を見つめてきた。
こういうときどんなことを言えばいいかというのは、漫画などで散々学んだ。
でも、今はそうじゃないと思う。
まといの目は、そんなことを聞きたいんじゃないと語っているような気がした。
できるだけ誠実に、率直に言おう。
「客観的に見ればたしかにかわいいんだろうけど……俺正直あの人苦手だし……かわいさで言うならまといも同じかそれ以上くらいかわいいと思うし……」
俺が言い終わると、まといは少しうつむいた。
頼む……俺にはこういうのをうまく切り抜けるスキルはないんだ……。
「ふーん……そっか」
さっきから「ふーん」とか「そっか」とか、意味深な言葉で濁されまくって、俺の頭の中が現代文の問題みたいに空欄と記号だらけになってるんですけど。
「じゃあ、千賀ちゃんのおねがい、聞いてあげてね」
「お、おう」
「あ、買ってきたもの冷蔵庫にいれるね。少しは覚えたから」
まといはうつむいたままそう言うと、落ちていた買い物袋を持った。
「え? い、いいけど……」
視線で追うが、あまり俺の言葉を聞いている感じはなく、そそくさとキッチンへと入っていく。そのとき僅かに見えたまといの表情は――少しだけ赤みがかったように見えた。
と、とりあえず無事に終わったのか……?
いろいろと考えたいことはあるが、ひとまずはいいだろう。
俺はふらついた足取りでリビングのソファーに体を投げ、だらしなく仰向けになった。
「はぁー……」
今度こそ、片付いたのではないだろうか。
しかし今回はさすがに俺も体力を使いすぎた。
さっさと〆のエモい感じをつくって終わらせよう。
桜舞い散る春の夕暮れ。
俺は、親父の再婚からこの数日の――
「あ! 明日ね、千賀ちゃんうちに来るから」
俺はそっと両手で顔を覆った。
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