第22話 義妹のために

 神は死んだ。

 

 いや、それ言った人はたぶん今の俺みたいなこと考えていたわけじゃないと思うけど。

 でも今はそんな気分だった。

 

 気を取り直して目の前の相手を見据える。

 

 桜庭さくらば千賀ちか修司しゅうじの妹だ。

 

 今日は髪を後ろで縛り、まといみたいなフード付きのパーカーを着ていた。

 この前と比べるとだいぶ落ち着いた印象を受ける。

 それでも下はしっかり素足にミニスカートなのは、もう意地とかプライドの領域なのだろう。

 

「はぁ……」


 一度ため息をつき、挨拶を返す。

 

「なんでしょうか」

「あれぇー? 私もう嫌われちゃってます?」

「そんなことないよ。まといと仲良くしてくれて本当に感謝してる。今遭遇しなければもっとしてた」

「あははっ! お兄さんおもしろい人ですね、まといちゃんの言ってたとおりだ」


 まといからなにを聞いたんだよ。怖いからやめて?

 

 

 

 俺はずっと我慢していたのだ。

 こいつから感じる、ラノベによく出てくるおちょくったりするのが好きなトラブルメエーカー臭に。

 

 できれば、まといと仲の良いお友達ポジションAでおとなしくしておいてほしかった。

 

 が、こうなったのなら仕方ない。

 まといのために、もう一度ラスボスと対峙するさ。

 

「……まといから聞いたのか? ここ」

「あれ、なんかバレちゃってます?」


 そんな都合よくバッタリ出会う、なんて普通起こらないっつーの。

 ちょうど出る前にまといとやり取りしてたしな。

 

 千賀ちゃんは人差し指を顎に当てながら、うーん、とうなっていた。そんなポーズがしっかり様になるのはさすがだ。

 

「ま、いっか。私、お兄さんにおねがいがあって来たんです」

「おねがい?」


 前回は見せなかったようなちょっと素っぽい感じになった。

 やっぱこいつも猫かぶってたのか。

 

「まといちゃんと友達の私のおねがいなら、お兄さんきいてくれますよね?」


 そう言って今度は人差し指を頬に当て、微妙に傾けた角度から上目に見てくる千賀ちゃん。

 

 その顔で何人の男子を惑わせてきたのだろう。

 正直、まといと出会う前の俺だったら免疫のなさで一瞬でやられていたかもしれん。まといに感謝しないとな。

 

「まあ……おねがいによるかな」


 が、まといの友達とかいう理由をつけられたら断れない。

 

 ここで千賀ちゃんの機嫌を損ねるようなことをし、まといとの関係が崩れれば、俺のメンタル地獄行き確定。なんせ相手はラスボスだ。

 

「そんな構えないでくださいよー。たいしたおねがいじゃないですから」

「ふーん……」

「……私、そんな信用されてないですか?」

「逆になんで信用されてると思った?」


 俺の言葉に、千賀ちゃんは、すん、と真顔に戻ると、ふたたび顎に人差し指を当て、斜め上に視線をやり考えた。

 

「うわっ!? 魔王みたいなことしてないですか、私!?」

「お、おう……」

 

 なにその客観視能力の高さ。それが陽キャの力なの?

 

 でも思ったより話が通じそうでよかった。

 それに魔王だとしても、この前より人間味がある。

 

「うーん……まといちゃんと仲良くなるので頭いっぱいで、お兄さんのこと忘れてたなあ……」


 いや、できればそのまま忘れてほしかったよ。

 

 まあでも、まといと仲良くしてくれたことは本当に感謝しているし、少しくらいはいいだろう。

 

「とりあえず話は聞くよ、なに?」

「え? いいんですか?」

「まといの友達だしな」

「……ふーん」


 え? なに? その、ふーんって。

 

 ここの「ふーん」の意味を答えろ、なんていう現代文、俺苦手なんだけど?

 

「じゃあお言葉に甘えて、おねがいしちゃいます!」

「いや、とりあえず話を聞くだけって……」


 俺のその声も無視され、千賀ちゃんが続けた。

 

「学校が始まったら、お兄ちゃんが私のところに来ないようにしてほしいんです」

「来ないように……?」


 修司……おまえやっぱ妹に嫌われてんのか……?

 

 すると、千賀ちゃんはため息をつきながら、語り始めた。

 

「中学のとき、お兄ちゃんってばしょっちゅう私の教室に来ては妹自慢をしてて……」


 それはご愁傷様としか……。

 

「まあ、私のことが好きすぎるのはべつにいいんですけど……」


 え? いいんだ? 実はお兄ちゃん大好きなタイプだったの?

 

「それでクラスの子たちにからかわれたりして……男友達とかあんまりできなかったんです……」


 男友達ができない理由は別にありそうな気もするが……今は余計なことを言うときじゃない。

 

「やっぱ高校入ったら恋愛したいじゃないですか!?」


 千賀ちゃんが拳を握り、ぐいっと顔を近づけてきた。

 

 近い! 近いって!

 

 まといといい、もう少し自分の顔に殺傷性があることに気づいてほしい。

 

「そ、そうだな……」


 一歩後ずさりながら答える。

 共感、共感だ。こういうときはとりあえず共感しろって恋愛漫画で読んだ。

 

 あれ? 

 なんか俺もまといみたいな思考してるような……まあいいか。

 

「だから! お兄ちゃんのこと、どうにかおとなしくさせててほしいんです!」


 そう言った千賀ちゃんの表情は真剣だった。

 

 なんと言うか、やっぱ人にはいろいろと悩みがあるんだな。

 

 この前は完璧超人に見えた千賀ちゃんだったが――今こうして目の前にいるのは、高校生活に不安を抱えるひとりの女の子に見えた。

 

 社会はギブ&テイクで回っている、だったか。

 いちおう一回は自分で言った手前、ここでイヤです、なんて言うわけにもいかない。

 なにより、まといと仲良くしてくれた女の子がここまで言っているのだ。断る理由もなかった。

 

 それに、無理難題な頼みならともかく、修司をおとなしくさせておくくらいなら俺にもできるだろう。

 

「……わかった、いいよ」

「……! ほんとですか!?」


 ぱあっと明るい笑みを浮かべた千賀ちゃん。

 今までで一番素の笑顔に見えた。

 

「そのかわり、まといのこと頼むな。あいつ、陰キャすぎて学校生活できるかわからんレベルだから……」

「それは任せてください! 私がまといちゃんを学校一の美少女にしてあげますよ!」

「いやしなくていいから……それはあなたがなってください」

「もうー、つれないなぁー」


 ぷくぅ、と頬を膨らませ、眉を寄せる千賀ちゃん。

 そういう仕草が男友達ができないことに繋がっているんじゃないの――なんて今は言えなかった。

 

「じゃじゃ! 急いでると思うので、私は失礼しますね!」

「おう、ありがとな」

「いえいえ、こちらこそー」


 千賀ちゃんはそう言ってふたたび敬礼のポーズを決めながら、駆け出していった。

 

 うーん……思ったより普通の女の子だったな。

 

 なんでこの前はあんな感じだったのだろう?

 

 不思議に思いつつも、俺は存外無事に終わったことに安堵し、会計へと向かった。

 

 まあ、これでまといの学校生活は安泰だろう。


 なんせあんな陽キャ美少女で魔王みたいなやつが味方にいるのだ。

 これはもうチートレベルに勝ったも同然だろう。

 自然と気分も上がるってもんだ――ハッハッハ!

 

 

 

 

 レジで順番待ちをしているとき、ピコン、と俺のスマホが鳴った。

 

 なにかなー、と華麗な手つきで画面をチェーック!

 

 

 

 

 

 

 

 

  

【桐葉まとい:千賀ちゃんとなに話してたの?】

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