第21話 義妹と平和な時間……?

 数日がたった。

 

 まといとの生活もだいぶ慣れてきている。

 

 が、俺が当初想定していたような距離感のある感じではなく、わりと一緒にいることが多い日々だった。

 これは、まといが学校に馴染むための訓練的な意味を込めているつもりだが……当のまといがどう考えてるのかはわからない。

 

 食事も今のところずっと一緒にとっている。まといが手伝ってくれることも多く、そのたびに謎の香りに惑わされたり、唐突な髪型チェンジに動揺させられたり、妙に近い距離感に脳をバグらされたりしている。

 

 というか、まといさん、あなたも人のこと言えないくらい距離感おかしいですよ? わかってます?

 

 そんなことを恨めしく思いながら、俺は課題がひと息ついた昼過ぎ、ぶらりと自室を出た。

 

 

 

 

 

 リビングには、ソファーでアニメ雑誌を見ているまといがいた。

 

 ほんと、こいついつもリビングにいるな……。

 

 リビングは共有空間。つまり、今のまといは、話しかけてもいいよー的な状態である。

 

 自室で読んでいれば邪魔されることもないのに、なんでわざわざリビングで読むのか……。

 

 俺がまといを横目にキッチンに向かうと、後ろから声をかけられた。

 

「あ、なにか飲む? ココアいれてあげようか?」

「ん、ああ……じゃあおねがいするわ」


 いつものやつである。

 

 俺が返事をすると、まといがキッチンに入ってきた。

 

 目の前をまといが通り過ぎると、長い髪がふわりとなびき、ほのかにシャンプーなのか香水なのかわからん甘い匂いがする。

 

 普段は陰キャだったりオタクだったりするくせに、こういうとこはしっかり女子なせいで、俺は日々精神修行でもさせられているかのような気分だ。

 

「はい」

「ん……ありがと」

「うん」


 近くに置いてくれたマグカップを受け取り、礼を言う。

 

 まといはそのままキッチンから出ていった。どうやら今はクールなまといさんらしい。まあ、それが一番素の状態なんだろうけど。

 

 俺はココアをひとくち含み、うんまっ、と独り言ちて冷蔵庫の中身をチェックした。

 

 食材がだいぶ寂しくなっている。ふたりなので減る速度も二倍だ。

 

 調味料なんかもチェックし、マグカップを持ってリビングに向かう。

 

「――買い物行こうと思うんだけど、どうする?」


 L字ソファー。まといの反対側に座りながらいた。

 

「あー……私はいいかな……」


 少し目を細めて言ったまとい。

 

 まといはこの前のファミレスの一件から外に出ていない。

 だいぶ体力を使ったのか、今は回復期間ということだ。

 

「そっか……」

 

 まあ、だいぶ無理させた自覚はあるので、俺も強くは言えない。

 

「なんか買ってきてほしい物ある?」

「んー……ココア」

「まだ2パック残ってるだろ……」

「今のペースだとすぐなくなっちゃうよ」

「んじゃあ……もう2パックくらい買ってくるのでいいか?」

「うん、よろしく」


 そんなやり取りをしたところで、まといのスマホが鳴った。

 

 まといがハッとし、どこかうれしそうにスマホを操作する。

 

「……千賀ちかちゃんか?」

「うん」


 あれからアプリでやり取りをするようになったまといと千賀ちゃん。

 

 最初はまといの負担になるのではと不安に思っていたが、案外楽しそうにやっていた。やはり同年代女子、仲良くなるのが早い。

 

 その光景を見ると、修司しゅうじに頼んでよかったと思えてくる。

 

 

 

 

 

 優雅にココアを飲み終えたところで、気合いを入れ直し、立ち上がった。

 

「……んじゃ、俺はスーパーに行ってくるわ」

「うん、いってらっしゃい」


 そう短く交わして玄関へ向かった。

 

 いってらっしゃい、か……。

 

 何気に人生で初めて言われたような気がする。

 いや、たぶん何度か言われたことはあるんだろうが、こうして意識するのが初めてという意味だ。

 

 心の奥底をくすぐられたような感覚だったが、案外悪くない。

 

 そんな妙な感じをしみじみ味わいつつ、外へと出ていった。

 






 今日もいい天気だ。

 

 きっと世界を支配しようとしていた魔王がどこかで打ち倒されたのだろう。

 

 街路樹にたむろう小鳥たちのさえずりが心地いい。

 やはり現代人にはこうして自然と触れ合う時間が必要だ。

 

 そうだ、約束どおり、まといをアニメショップに連れていってやらないとな。

 

 そろそろラインナップも変わるころだろう。今期は名作の続編や、期待の新作も多い。全部見るのが大変そうだが、まといもいるし大丈夫だろう。

 

 どれから見るか、あるいは過去作の復習をしておくか。

 

「考えどころだなあ……」

 

 贅沢な悩みをつぶやきつつ、スーパーに入った。

 

 

 

 スーパーも心なしかラインナップが更新されている気がした。

 気のせいだろうが、今はそういう気分でいたいのだ。

 

 しかし食材を二人分買うというのは新鮮な感じだ。親父がいるときはたまにつくるくらいだったからな。いつもより重いが、この重さも案外悪くない。

 

 せっかくだから少し手の込んだものでもつくってやるか。

 いや、一緒につくるのもいいかもしれない。まだあいつはうちのキッチンの要領つかめていない感じだったしな。

 

 そうするか。

 

 それがいいかもな。

 

 新しい春。なんだか楽しみが増えたような気がしていた。

 

 

 

 

 

「さて、あとはまといのココアか」

 

 そんな平和ボケな思考をしていた昼過ぎのスーパー。

 

 まといから頼まれたココア2パックをカゴに放り込んだところで、後ろから声をかけられた。

 

「あ、まといちゃんのお兄さんじゃないですかー☆」




 あー……そう来るかー……そう来ますかー……。

 

 

 

 この前の、まといのつぶやき――

 

 俺はつっこみたい衝動を必死にこらえた。

 

 ぐっとこらえた。

 

 飲み込みすらした。

 

 そして密かに願い。

 

 毎日、毎日……何度も祈り。

 

 どうにか……どうにか……。

 

 ほんっとうにどうにか。

 

 見逃してはもらえないだろうかと、スルーし続けた――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 やっぱダメだったわ!!

 

 

 

 平和パート終了。

 

 いつものやつ。

 

 振り返った先には、かわいく決めた表情で敬礼をしている、千賀ラスボスの姿があった。

 

「こんなところで偶然ですねー。ちょっとお話していきません?」





 

 知ってた。

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