第20話 義妹と打ち上げ
「ねえねえ、まといちゃんシャンプーなに使ってるの? 髪ちょーサラサラだよねー、羨ましいー!」
「ぁ……ぇと……ぉか……」
まといは
べったり密着しているため、アプリで意思疎通作戦も潰されている。
「ぉか? お母さんが買ってきてくれたとか?」
「ぅ、ぅん……」
「へぇー! そうなんだ、いいお母さんだね!」
まといが微かに返す言葉から、まるで心でも読んでいるかのように話を続ける千賀さん。この人も特殊能力持ちなのだろうか。
まあでも、
まといもさっきよりは顔色がいい。
さすがは陽キャの中の陽キャ。
でもさすがにこのままでは、いつまといがつぶれてしまうかわからない。
もう少しまといのフィールドで戦わせてやりたいところだ。
そんなことを考えていたとき、ちょうど注文したケーキがやってきたので、このタイミングで話題を振ってみる。
「修司から聞いてんだけど、千賀さんもアニメとか見るんだって? まといもアニメが好きでさ――」
「千賀でいいですよー? 4月からは先輩なんですから、遠慮せずにー」
だからなんで陽キャってこんな距離感バグってんの?
出会った数分後に同年代女子を呼び捨ては陰キャにはハードル高すぎるって、もう文部科学省のホームページにも載ってない? (ない)
「え、えーっとじゃあ……あいだを取って千賀ちゃんで……」
修司とまといの表情をうかがいつつ、そう答えた。
これも一歩間違えたら地雷なんだから……。
「オッケーでーす! あ、アニメですよね? 私、今期やってるシスコンの兄が妹の奴隷になるやつ好きなんですよー」
えぇ……どう反応すりゃいいのそれ……。
「ああ! やっぱあれいいよな!?」
修司が乗っかった。
え? おまえってそういう趣味あったの?
「あ、あのアニメは、スタッフさんの中に妹ラブな人が絶対いるよ。妹に踏んずけられてるときの兄の表情が秀逸だった」
まといも参戦した。
けど着眼点がちょーっと怖いです。もうちょっとオタク隠してくれません? ねえ、まといさん。
「あはは! まといちゃんおもしろいねー!」
なんか知らんが受けてるし。
まあ、盛り上がっているならよかった。
ほんと、一時はどうなるかと思ったが、なんとかなってるような気がする。
こっそり安堵のため息を吐き、ココアを口にしながら、まといと千賀さんを眺めた。
でも……ちょっとぎこちなさ感があるんだよな。
まといがあれなのは当然として、千賀ちゃんもなんかテンション高すぎというか、若干空回ってるような印象を受ける。
いまいち千賀さんのことわからないし……なんか、無駄に盛り上がってるだけというか……。
そういうのうまくやるようなタイプに見えるけど……まといに苦戦してるのだろうか……?
なんとなーく、イヤな感じを受ける。
なーんか警報が鳴っているような気がする。
でも俺は知っている。こういうときは考えちゃだめなのだ。
なにもおかしなところはない。未来を書き換えるように、フラグを折るための一文付け加える。
まといと千賀ちゃんは違和感なくものすごく自然に超絶盛り上がっていたのだった。
そんな感じで、1時間ほど経過したところで解散になった。
これはあらかじめ修司に伝えておいたことだ。
長時間はたぶんまといが持たない。少し物足りなさが残るくらいがちょうどいいだろう。
俺たちは会計を済ませ、ファミレスを出たところでたむろっていた。
「えー、まといちゃんともっとお話したかったなー」
「ぁ……ぅん……」
まといの腕をしっかりホールドし、なごり惜しむように言う千賀ちゃん。
だから距離感。
「帰ったらまた連絡するからねー☆」
「ぇ……」
千賀ちゃんの確定未来攻撃に絶望の色を浮かべるまとい。
容赦ねえな……。
「お兄さんも”また今度”ねー!」
「うん? お、おう……」
千賀ちゃんが意味深な笑みと言葉を飛ばしてきた。
やめて? 今必死にフラグ折ってるのわからない?
「んじゃあ
「おう」
別れの挨拶を交わし、ようやく解放されたまといとともに、手を振っていた。
まあ、もともと勝機の薄い戦いだった。これなら上出来だろう。
修司たちが見えなくなったところで、まといが大きなため息をついた。
「あぁ……死ぬかと思った……」
「お、おう……お疲れさん。よくがんばったな」
「う、うん……」
仲良くなれたのかと言われると微妙なところだが、今はまといのがんばりを称賛しよう。
「でも……千賀ちゃん、ちょっと変な感じだった……」
「え? 変って?」
「なんか……擬態してた」
「出たな能力者」
だが、まといにも違和感があったようだ。俺の気のせいというわけでもなかったらしい。ぜひ回収忘れの伏線になってくれることを願う。
「……こっち側っていう感じでもなかったし……よくわからない」
「ふーん……ま、まあ……とりあえず今は無事終わったことに喜ぼうぜ?」
「うん……そうだね」
「晩飯だけど、なにか食いたいものあるか?」
「あ……じゃ、じゃあ……ピザ!」
「――じゃあ、ピザでも買って帰るか」
「うん!」
そこでなぜピザなのかは聞かない。
どうせこれも「漫画とかで見たこういうピザ、食べたことがなくて……」っていう、いつものまといヒストリーを聞かされ、メンタルブレイクすることになるのだ。
だいぶわかってきた。
ということで、おそらくまといが思い浮かべているであろうチェーン店に寄り、ピザを買って帰った。
◇
「千賀ちゃんからは連絡あったのか?」
「うん、すぐあった」
すぐかよ。
ダイニングのテーブル。俺たちは買ってきたピザを広げ、晩飯にしていた。
「千賀ちゃんも緊張してたんだって」
「へー、そうなのか」
緊張? あのラスボスが?
にわかには信じがたい。むしろあれはそういうのを演じるようなタイプだろう。
「自分も新しい学校で友達できるか不安で、今日は張り切りすぎちゃったって言ってた」
「ふーん」
いやいや、絶対そんなキャラじゃないでしょ。
伝説の武器を揃えた勇者一行を前にしてもぴくりともしないようなツラしてたよ?
「でも、思ったより話しやすそう」
「そうか――ならよかった」
まあ、まといがそうならとにかくよかった。
これで学校初日から俺のメンタルが地獄の地獄にならずにすみそうだ。
食後に洗い物やゴミの整理をしていると、まといがココアをいれてくれた。
もう日課みたいになっている。そりゃでかめのパック3個も買うわな。
「ありがとね」
まといが少し離れたところに俺のマグカップを置いた。
「べつに俺はなんもしてないけどな」
「それでも、ちゃんと言っとこうと思って」
「そうか」
「うん」
そう返事したところで、まといのスマホが鳴った。
どことなくうれしそうにスマホを操作するまとい。
そのままキッチンから出ていった。
千賀ちゃんかな。
やっぱり年頃の女の子。友達とああやってやり取りするのは楽しいのだろう。
まあ、これでようやく俺の役目も終わりかな。
ちょっと寂しい気もするが、最初からこんなもんだったはずだ。
俺はまといがいれてくれたココアを手に、リビングに向かった。
低めのテーブルにマグカップを置き、ソファーにうなだれる。
ようやく落ち着いたかもしれない。
これからは別行動も増えるかな……久しぶりにひとりで飯でも食うか。
ぶらりとどこかへ出かけるのもいいな。新学期に備えて勉強もしなくちゃなあ。
そんなことを考えながら天井を見つめ、物思いにふけっていた。
思い返していた。
思い比べていた。
思い出していた。
「…………今日は言わんぞ」
「あれ? もう終わり?」
L字ソファーの反対側。いつものように座っていたまといが、期待外れみたいな顔で言った。
「同じ手が通用すると思うな」
「残念……今日は満月なのに」
「え? 俺それ喋ってた!?」
「? なにが?」
「へ? ……あ、いや。なんでもない」
「?」
ほんと心臓に悪い……。
一歩間違えば俺恥ずか死ぬとこだからな?
……でもまあ、やっぱりリビングにいるんだな。
心のどこかで安心した自分がいたことに少し驚いた。
そんな自分を隠すように、話を逸らす。
「……アニメでも見るか?」
「うん!」
まといはうれしそうに返事をすると、もう覚えたらしいうちのテレビを操作していた。
こうして、俺たちはラスボス撃破打ち上げアニメ視聴会を開催した。
たぶん、わかっていたのだ。
わかっていても、今は目を逸らしたかったのだ。
ゲームのキャラみたいに、余韻に浸りたかったのだ。
テレビに映し出されている、魔王を倒した勇者一行を見ながら、まといがぼそっとつぶやいた。
「やっぱラスボスは一度倒したと思ったら復活するのがお約束だよね」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます