第17話 義妹と作戦会議
「はぁ……」
リビングのソファーの上。まといは自分で持ってきたらしい丸いクッションを抱え、憂鬱そうにため息をついていた。
いきなりのことだからしょうがない。部屋に籠らなかっただけましと言える。
なんだかんだ、まといも前向きに考えてくれているのだろう。だとしたら、俺もちゃんと応えてやらなければいけない。
「だ、大丈夫! まだ今日は始まったばかり。対策だってできるさ。ほら、俺も協力するから……」
「……ほんと?」
「うん、ほんと」
どんどん沼にハマっていってる気がする。
だがもう引き返せない。行くしかない。
俺は軽く咳払いをしてから、考えていた作戦を伝えた。
「まず対策その1、アプリで意思疎通だ」
「アプリで?」
まといが
追い詰められている状況だからか、妙に視線が痛い。
「お、おう。四人が会話していれば、ひとりくらいスマホいじってても大丈夫だろ?」
いや、全然大丈夫じゃないんだが、今は緊急事態なのだ。
「まあ……わからなくはないけど」
「だろ? 意志疎通ができればいろいろな場面に対応できる」
「ふーん……」
まといはよくわからない声を上げながら、スマホを取り出した。
「私、
「え? 電話番号聞いてるんじゃないの?」
「じゃなくて、アプリ」
「あ、そっか」
そういえば、まだ交換していなかった。
部屋にいるときに連絡する手段としても必要だったのだが、今のところまといはほとんどリビングにいたため気がつかなかったのだ。
「えっとじゃあ……交換するか?」
「うん」
そうして俺たちはメッセージアプリ、現代人はもうなしではいられないくらい普及したあれを交換した。
すぐにピコンと音が鳴る。
まといから、かわいらしいスタンプが送られてきた。
立ち上がったレッサーパンダっぽい絵柄によろしく、と書かれている。
「まといもこういうの持ってるんだな」
「うん、初めて使えた。えへへ……」
そう言って儚げな微笑みを浮かべるまとい。
だからぁ!? そうやって俺のメンタルゴリゴリに削るのやめてくんない!?
「こ、これからはどんどん使えばいいと思うぞ……」
「うん!」
ここはがまんするところだと自分に言い聞かせ、スマホを操作する。
俺の数少ない連絡先リストに、”
「ま、まあ、そういうわけで、明日はこれで連絡を取ろう」
「わかった」
少し話は逸れたが、本題に戻る。
「で、対策その2」
「うん」
まといも結構乗り気になっている。この調子でうまいこと波に乗ろう。
俺はリビングのテレビを操作し、ある一覧を表示させた。
「これだ!」
ドン! という効果音がつきそうな感じで映し出されたのは、妹ラブコメアニメの一覧である。
「これを見て、明日の
「……………………」
時が止まっていた。
まといが真顔でじっとこちらを見つめてくる。
そして、
「稜人……頭大丈夫?」
◇
「あ、あの……稜人? ご、ごめんね?」
「いや、俺が悪かったんです……」
義妹のおそらく初の冷たい対応に、俺はメンタルをやられていた。
というか、その前のが効いていた気がする。
世の男子はいろんなところでダメージを受けてるんです。一面的にだけ捉えて理解した気にならないでください。おねがいします。
「と、とにかく、妹ラブコメアニメを見るのは私も賛成だよ! 一緒に見よう?」
「お、おう……」
やさしい義妹でよかったよ。
これでツンツン系義妹に、「バッカじゃないの!?」なんて言われた日には寝込んでましたよ。
気を取り直して説明をする。
「まずは修司対策。修司はオタクで、妹が好きすぎるシスコンだ。そして妹がヒロインの漫画やアニメが大好きだ」
「うんうん」
「だから俺たちは、修司がよろこぶようなシーンをつくるモブキャラになればいい」
「うんうん」
あれ? うちの義妹、なんか全肯定マシーンになってない?
そんなに俺メンタル弱そうに見えた?
「次に修司の妹。こっちは俺も会ったことないからわからないが、オタク趣味があることは聞いている。こっちはアプリで意志疎通しつつ、共通の話題を探す感じで」
「……結構行き当たりばったりだね」
「なんか言った?」
「うんうん」
そこうなずくとこ違くない?
なんか、今日のまとい……妙につっかかってくるというか、じゃれ合ってくるな……。
昨日のことがあったからだろうか。
「そんなわけで、妹ラブコメアニメ視聴会、開催だ!」
「おー!」
まといもノリノリだった。
◇
結局夜まで視聴会は続いた。修司がどうこうとか関係なく、ふっつーに楽しんでしまった。
「くぅ~……楽しかったね」
まといが伸びをしながら言う。
あれ? これでよかったのだろうか……?
「お、おう……」
もっとほかに準備できることがあったような……。
「夜ごはんどうする?」
まといが訊いてきた。
「あー……今日はカップ麺でいいか?」
「お、いいね。私もそういうの好き」
「へー、意外。結構ちゃんとつくるほうなのかと思ってた」
「今日みたいにアニメ一気見したときはよく食べてたよ」
そういうところはしっかりオタクなんだと思い知らされる。
「んじゃ、やさい炒めだけさっとつくるわ」
「じゃあ、私はお味噌汁つくるね」
そう言ってふたりして立ち上がった。
それってもうちゃんとした晩飯なんじゃないかとも思ったが、まあいい。
ふたりでキッチンに入り、調理を始めたところでまといが口を開いた。
「ありがとね、いろいろしてくれて」
「……べつに俺はたいしたことしてないけどな……」
実際、修司に頼んだだけである。
しかしまといは、意味深な笑いをして続けた。
「私、明日がんばるよ。怖いけど……」
「おう」
「お母さんが言ってたの、『一歩踏み出すときというのは、少なからず痛みをともなうものだ』って」
「へえ、
なんだ、やっぱりちゃんとしてるじゃん。きっと娘のために必要な言葉を送ったのだろう。まといがちゃんと一歩を踏み出せるように――
「『その痛みはバリューが高い重要ファクターで、先行者利益みたいなものだから、アジャイルに思考しコミットしろ』って」
「すまん、まったくわからん」
ちょっとなんか良い話聞いたなあと思ったら一瞬でこれだよ。どうなってんだよあの夫婦。
しかし俺の率直な感想にも、まといは楽しそうに笑っていた。
「ふふっ。たぶん、その痛みはすごく効率のいい経験値みたいなこと言いたかったんじゃないかな。メタル系みたいな?」
いやおまえもゲーム脳すぎるだろ……。
「つっこみたそうな顔してるね?」
「……そうそうつっこまねえよ」
そんなよくわからんやり取りをしながら、ふたりで調理していた。
まあ、まといががんばる気になったのでよしとするか。
「ねえ、稜人」
「ん?」
料理も完成し、テーブルに持っていこうとしていたとき、椅子に座ったまといが、満面の笑みで言った。
「明日の作戦がうまくいったら、また一緒にアニメショップ行こうね」
その言葉に、俺はできるだけやさしげな苦笑で返し、ゆっくりと料理を持ってまといの向かいに座った。
「だからぁ! なんでそんなあからさまなフラグ立てるのあなたは!?」
春の夜。俺の悲痛な叫び声と、まといの楽しそうな笑い声が響いていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます