第16話 義妹と朝のひととき

 朝。香ばしい匂いに誘われて目が覚めた。

 やっぱりデジャヴってる気がするが……今日は和風テイストらしい。

 

 昨日あのあと、まといと置いてあったゲームをしたり、来期アニメの覇権を予想したりなどして遊んでいた。

 

 恥ずかしすぎる深読みをしてしまい、それを忘れるために夢中で遊んでいたのである。断じて楽しかったからとかそんな子供みたいな理由ではない。断じて。

 

 そう、昨日の俺はどうかしていた。まといの巧妙なミスリーディングにより、俺はいつの間にか、女子中高生のあいだで人気のラブストーリー系主人公に憑依されていたのだ。

 

 きっとそうだ……。

 

 結局まといは、寝るまでリビングにいた。

 あれだけルールも決めて、好きにすると言っていたのだから、無理しているわけではないと思うが……まといの考えていることはよくわからん。

 

 今日の朝食も、まといがつくると言い出したし……。

 

 やや疑心暗鬼になりながら、ドアを開け、リビングに出た。

 リビングが共有空間になった、という感覚は、思いのほかワクワクするものだった。

 

 いや、俺も小学生男子かよ……。

 

 キッチンをのぞくと、まといがエプロン姿で調理していた。

 

「あ、おはよう。稜人たかと

「おはよう……」


 二回目になるまといのエプロン姿だが、今日は長い髪を後ろで束ねていた。いわゆるポニーテールである。

 

「もうできるから、座ってていいよ」

「お、おう……」

 

 まといが鍋のほうを向くと、束ねた髪が揺れ、うなじが目に入る。

 

 朝からこれはなかなかメンタルを持っていかれる。

 みてくれは完全に美少女で、エプロン姿で、なんか髪型変えちゃってて、しかも得体のしれない甘い匂いまでしてくるし……起きかけていた脳がバグった。

 

 ちょっと一回、陰キャまといかオタクまとい出てきてくれませんか。

 

 そう寝ぼけた頭でお祈りしながら洗面所へ向かった。

 

 

 

 朝食はシンプルに目玉焼きとウインナー、それに味噌汁などだ。変に力が入ってないのがやはりまといらしい。

 

「「いただきます」」


 もうだいぶ合ってきた掛け声も済ませ、いただく。

 

「うん、うまい」

「そう、よかった」


 まだポニーテールにエプロン姿のまといは、そう言ってやさしく微笑んだ。

 

 いや、誰?

 

「もう一品くらいつくりたかったんだけど、さすがにまだちょっと勝手がわからなくて……」

「いやいや、十分すぎるって。無理はしない約束だろ」


 やはり放っておくと無理をするタイプのようだ。

 

「うん、無理はしない。ただもっと効率的にできる気がして……」

「おまえも結構なゲーム脳だな……」

「まあね」


 まといもこういうのをゲーム的に捉えているタイプらしい。

 万人に進められるような方法ではないが、俺たちみたいなのはそういうふうに考えたほうがうまくいったりする。

 

 目の前の課題をクリアするには、どうすればいいだろう、こうだろか、だめか、ならこれならどうだ、と試行錯誤すること自体が楽しくなるのだ。陰キャの味方、インターネットという攻略サイトもあるしな。

 

「もう少し稜人の動きを観察したほうがいいかもね」

「…………」


 この人、結構ガチめのタイプ?

 そんな目で見られたら俺びびって動けないんだけど……。

 






 食後、いつものようにまといがココアをいれてくれた。さすがに和食にココアは避けていたらしい。

 

 俺が洗い物を済ませ、少し遅れてキッチンを出ると、まといはリビングにいた。

 

 またリビングにいるんだ……。

 

 一瞬迷ったが、少し聞きたいこともあったので、まといが座っているL字ソファーの反対側に座る。

 

「稜人もリビング?」


 まといがココアを飲みながら、上目にいてきた。

 

 この人わざとやってんだろうか……。

 

「ああ、まあな……」

「ふーん……じゃ、じゃあ、ゲームでもする?」


 まといが頬を赤らめ、目線を逸らしながら言う。

 

 いや、あなた昨日ふっつーに騒いでたじゃないですか、なにクールな清楚系の仮面かぶってんの。そのクールな感じ、ゲームするときは引っ込むでしょあなた。

 

 だが、ここは俺も自分の要求を通させてもらう。

 

「そ、それもいいんだが……その前にひとついいか?」

「ん? なに?」


 きょとん、としながらたずねるまとい。

 

「まといの学校のことなんだけど……」

「うぇ……」


 俺が学校と言ったとたん、クソまずい物でも食ったかのような顔をした。

 

「まといって特進だったりする?」

「え? うん、まあ……そうだけど」


 よし、それならいける。

 結構頭良さそうな気がしていたのだ。

 

「昨日、本屋で会った俺の友達いただろ? あいつに妹がいるらしいんだけど……そいつと友達になるっていうのはどうだ?」

「え?」


 そう、これが俺の考えていた作戦だ。

 

 まといが高校生活スタートよーいドンでうまくいく可能性はほぼない。すまんが。

 だが、その前に有利なポジションにいれば、大負けすることは少ないはずだ。

 

 そして、その有利なポジションというのが、昨日会った修司しゅうじの妹の友達ということだ。

 

 ちなみに修司の妹は特進に合格してて、陽キャで、誰にでもやさしく、コミュ力も抜群、オタク趣味もあり、漫画に出てくるヒロインそのものということだ。学校が始まれば、その妹を中心としたクラスが出来上がるのは目に見えている、と。

 

 去年、訊いてもいないこれらのことを毎日毎日聞かされた。それが今になって役に立つのだから、人生なにが起きるかわからない。

 

「特進だからクラスが同じなのは確定してるはず。学校が始まる前に友達がいたほうが気楽だと思わないか?」


 ダメ押しするように再度訊いた。

 

 まといとて、どうにかしたいと思っていたはずだ。

 それに、友達だってほしいはず……。

 

 様子をうかがうように、まといに視線を向けた。

 

「うぅ……くぅ……ぐぅうぅ……ぬぅ……」


 だいぶ葛藤していらっしゃる。

 まあ、いきなり知らない人と会うのは俺だってしんどいからな。レジの店員さんと話すのすら避けるまといは、相当しんどいはずだ。

 

「その場には俺も一緒にいるし、聞いた話じゃその妹もアニメとか見るらしいぞ?」

「一緒? ア、アニメ? ……むぅ……ぐぬぬ…………すぅー……わ、わかった。がんばる……」


 お、アニメが効いたか。

 

「まあ、修司には今から確認するから、あまり期待はしないでくれ。いつになるかもわからないしな」

「う、うん……」


 一方的な頼みだからな。友達とはいえ、そう簡単にいくとは思えない。

 

 社会はギブ&テイクで回っている。それを無視した要求は、時にひどく醜く映る。こちらもそれ相応のなにかを差し出せるよう、気を引き締めていかねば。

 

「じゃ、ちょっとベランダに出て電話してくる」

「うん」


 メッセージアプリで、電話してもいいかという確認も取れたので、そう言って立ち上がった。

 

 義妹のため――このくらい困難、やってのけるさ。

 

 例え、唯一の友を失うことになったとしても――

 

 

 




「明日でオッケーだってさ」

「………………………………」


 まといは固まっていた。

 

 世の中には、とにかくギブしたい人間というのがいる。

 修司の場合、妹のかわいさを誰かにギブしたくてしょうがないらしい。二つ返事でオッケーをもらった。

 

 さすがにあれだけ前フリすれば余裕だわな。

 

 条件として、明日がいいということだったので、そこはのむことにした。

 いちおうこちらの頼みだからな。

 

 問題は、まといに心の準備ができているかだが……。

 

「あ、あのー……まといさん? が、がんばろうな……?」

「………………………………」




 ソファーの上にひっくり返り、いつにも増して白くなったまといは、口から魂が抜けたみたいに気を失っていた。

 

 ……まあ、そうなるわな。

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