第15話 義妹がリビングにいる
「「いただきます」」
ダイニングのテーブル。俺たちは昨日と同じように向かい合って座っていた。
心なしか、いただきますの呼吸も合うようになった気がする。
「うん、おいしい」
「そう、ならよかった」
今日も晩飯は俺がつくった。
メニューは昨日の鍋で余った肉や野菜を使った、オイスター炒め。ぶっちゃけ俺の料理の半分くらいを占めるから、まといの口に合わなければ詰んでいた。
「部屋は落ち着いた?」
「うん、おかげさまで」
「そっか、また必要なものができたら言えばいいから」
「うん、ありがと」
やや事務的にそれっぽい会話をこなす。
結構仲良くなったといっても、ほんの数日前まで赤の他人だった相手。調子に乗って踏み込みすぎると地雷を踏む。しっかりと引く意識も重要だ。
「じゃあ、そろそろうちでのルールみたいなの決めてもいいかもな」
「ルール?」
「お互い気持ちよく、楽に生活してくための決まりごと的な?」
「あー、いいね。ラノベみたいで」
頬を赤らめ、ワクワクを隠せていないまといが言う。
「だから小学生男子か……」
「おっ、つっこみ……!」
まあ、これはサービスだ。次はないからな。
あらたまって続ける。
「まず料理や掃除、ゴミ出しの当番だけど……」
「うん」
「しばらくは俺がやるのでいいよ」
「え? 悪いよそんなの」
「引っ越してきたまといのほうが大変だろうし、学校のこともあるだろ?」
「う……」
まといが表情を歪めて縮こまった。
イヤなことを思い出させてしまったかもしれんが、避けては通れない道だ。俺のメンタルもかかっている。
「だから、まといにはそっちに集中してもらいたい」
「……ぐぅ」
「べつに今までやってきたことだから、俺の負担はなにもかわらない。今朝みたいに、気が向いたら手伝ってくれる感じでいいから」
「……んー……わかった」
しぶしぶといった感じで、まといがうなずく。
「あと、食事も毎回合わせなくてもいい。先に食ったり、弁当とかで済ませてくれてもいいぞ」
「え?」
「まあつくってるときもあるから、連絡だけはしてほしいかもな」
「そ、そう……」
あれだけの陰キャだから、ひとりになれる余地はできるだけ残しておいたほうがいいだろう。そう、どちらかというとルームシェアみたいなイメージのほうがいいのではないかと思っている。
「それぞれ自室にいるときは基本干渉なし。なにか用があるときはメッセージアプリとかで連絡。こんな感じでどう?」
「……うん」
ひとりになれる安全圏をしっかり確保してやることは大事だ。
「リビングやキッチンとかの共有スペースはもちろん自由。そこにいるときは、お互い話してもいいよー的なスタイルでいる、これでどうだ?」
「……ふーん、なるほど」
まといが顎に手を当て考えるポーズをしている。
それ、あまりいいこと考えてないやつだよね……?
「自室はハムスターの小屋みたいなイメージだね」
ほらみろ、微妙にうなずきにくい例えをしてくるこいつ……。
まあ、たしかにまといはハムスターみたいなイメージはあるが。
「とにかく、お互い干渉しない範囲を維持しつつ、家では自由にしてくれていい。昨日も言ったとおり、あるものは好きに使ってくれていいし。なにか提案があったらどんどん言ってくれ」
「うん、わかった」
そうして俺たちは、一緒に生活していくうえでの簡単なルールを確認した。
ところどころまといが変な感じだったが、慣れない生活に不安があるのかもしれない。それについては俺もできるだけ手を貸してやるつもりだ。
とんでもない陰キャなのに、母親のためにあんなところに出ていくやつだ。俺に対しても無理をしている可能性もある。俺ができるのは、それらを考慮して、いつでも引っ込める場所と関係をつくってやることだけだからな……。
◇
食後のキッチン。約束どおり洗い物は俺が担当していた。
ようやく親父の再婚報告からのバタバタが片付いた気がする。
ほんと、この数日はなにかおかしかった。平穏な生活を望んでいた俺のものじゃないみたいだ。
だがまあ、これである程度落ち着くだろう。
そう思い、全身の力を抜くように息を吐いていた。
「――ココアいれるけど、飲む?」
「え? あ、ああ……じゃあ、もらうよ」
不意にまといに声をかけられた。
持ち前のステルス性能で音もなくキッチンに入ってきていたらしい。家の中でくらいその能力をオフにしてほしいんだが、たぶん無意識なんだろうな。
まといは昨日と同じくレンジを使い、ゴソゴソと作業をしたあと、少し離れた位置に俺のマグカップを置いた。
「今日はありがとね」
「……いや、それはさっき――」
「うん、もう一度ちゃんと言っとこうと思って」
神妙な面持ちを浮かべるまとい。
「私、すごく不安だった。けど、
「ああ……」
次にまといは、少しつくった笑顔で言った。
「学校もがんばるから。だから、稜人も私に気をつかわなくていいよ。リビングにもずっといていいし、キッチンで無駄な作業しててもいい」
ん? ちょっと待ってまといさん? その最後の一言、今のシーンいらないよ?
変な汗出てきちゃうから。
「だから、稜人も遠慮しないでね。私も好きにやらせてもらうから」
「……おう、昨日も言ったが、俺もそのほうがいいしな」
「うん」
まといはそううなずくと、キッチンから出ていった。たぶん、自室に戻るのだろう。
今のは、俺に対して感謝を伝えつつ、自分は遠慮していない。好きで自室にいるのだと言いたかったのだ。
律儀に言葉で伝えてくるあたりが、まといらしいと思った。
「……まあ、これで終わりかな」
小さくつぶやいた。
昨日からあっという間だったが、ひとりじゃないというのは、想像していたものよりも、案外悪くなかった。
”明日からはしっかり距離を取ろう”、今のはそういうことだ。
込み上げてくる得体の知れないものに蓋をするように、水道の蛇口を閉める。
「まあ、すぐに慣れるさ」
再度そうつぶやいて、マグカップを手に取り、リビングに向かった。
リビングの低めのテーブルにマグカップを置き、ソファーにもたれる。
気持ちを切り替えるように、大きく息を吐いた。
「「ふぅー……」」
明日からはいつもどおりだ。
最初に想定していた、適度に距離を保ち、必要なときには仲の良い兄妹を演じる、という関係になるだけだ。
向こうもその予定だったのだろう。だから、あそこでしっかり釘を刺した。
やはり気が合うのかもしれない。考えることがよく似ている。
ただ……いや、だからこそ、こんな気分になっているのか……。
ココアに浮かんだ泡が、プツプツと消えていく。
どうやら、思っていたより楽しかったらしい。
気持ちの整理をしていたつもりだが、まだどこかで憧れがあったのかもな。
まといのこと言えないな……。
そう心の中でつぶやいて、マグカップを手に取る。
軽く息を吹きかけ、ゆっくりと口をつけた。
「……うんまっ」
やっぱりとんでもなくうまい。なにをどうしたらこうなるのか。
「でもまあ、これで最後かもな……」
温かな春風が吹き始めた満月の夜。そう言葉を漏らして口に含んだココアは、昨日よりもどこか――苦く感じた。
「明日もいれようか?」
水平噴射。
「――げほっ、ごほっ!? ……ま、まとい!?」
「うん?」
まといがいた。
L字ソファー、俺の反対側に。
「えっ? い、いつから……?」
「ずっとだけど?」
ずっと?
つまり自室に戻ってなかったってこと?
え、なんで?
「話しかけようかと思ったんだけど……稜人、なんか自分の世界に入ってそうだったから。見てた」
「いや、見てた、じゃなくて!?」
え? 俺変なこと言ってないよな!?
「ココアおいしかった? それならこれからもいれてあげるけど?」
「へ? お、おう……そうだな。それはありがたい」
よくわからんが話を合わせる。
誤魔化している隙に、俺は急いで頭の中の
”温かな春風が吹き始めた満月の夜。そう言葉を漏らして口に含んだココアは、昨日よりもどこか――苦く感じた”
はぁっっっっずうぅぅぅぅ――――ッ!?
え? なに小説の〆みたく感傷に浸っちゃってんの、俺!?
風もなにも窓開けてねえし!! 月とかおもっきし欠けてんだけど!?
っていうか、俺の今までの推察ボロクソじゃん……。
目も当てられないんだけど……。
あっぶな……まといの前でそんなの言ってたら俺のメンタル粉々の粉だったよ……。
「稜人もリビングにいるの?」
まといが妙にうれしそうに訊いてくる。
「お、おう……まあな」
「じゃあ、お話してもいいよー的な状態だね」
「そ、そうなるかな……」
「うん」
え、じゃあさっきのあなたの言葉なんなの!?
紛らわしすぎるでしょ!?
ふたたび頭を回転させる――が、
……いや、今はいいか、そんなことは……。
変に考えるのは、もうやめた。
思っていたより楽しかったことが、思っていたより続きそうなことに、今は素直に喜ぼうと思った。
「はぁ……まあ、いいか」
アニメ雑誌を広げるまといを見ながら、脱力するように息を吐き、もう一度ココアに口をつけた――
いやもう言わねえよ!?
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