第14話 義妹はやりたい
本屋をあとにした俺たちは、生活用品売り場に向かった。
まといのほうも大丈夫そうだ。ああ見えて修司もオタク。意外と陽キャパワーのダメージはなかったのかもしれない。
参考書は結局買わなかった。まといのことで手一杯の今、勉強している暇などないことに気づいた。落ち着いてからでいいだろう。
しばらく歩いて、生活用品売り場に着いた。
こういうショッピングモールの生活用品売り場は、とにかく広い。でかいカートが通れるように通路も広めだ。
そんなちょっと大きめのカートを取ったところで、まといが声を発した。
「私が押すよ」
「え? べつにいいよこれくらい」
「ううん、私が押したいの」
「まあ、そこまで言うなら……」
気をつかっているのだろうかと思いながらカートを渡す。
「おぉ……でっかいカート」
「そんなにめずらしいか?」
「私、スーパーのカートしか押したことなかったから……」
そう言って儚げな表情をするまとい。
えぇー……俺のメンタル、まだ削りますの? あなたのその
「そ、そういうことなら、好きなだけ押してくれればいいから……」
「うん!」
まといは妙にうれしそうにカートを押していた。
やっぱりこの人、感覚が小学生男子でしょ。
「ここがカーテン売り場かな」
「いろいろあるね」
まといのカート主導のもと、今日一番の目的地にやってきた。色とりどりのカーテンが並んでいる。
そのカーテンを前にしたところで、まといがハッと声を上げた。
「しまった……大きさ図るの忘れてた……」
やっちゃった、という表情を浮かべるまとい。
初めて見るまといの表情に少し驚きつつも、俺はニヤリとして言った。
「ふふ……あそこを誰の家だと思ってる? ちゃんとメモってきてるよ」
「おぉ……
「まあな」
実際のところは、俺も最初に同じミスをやらかして、スマホにメモったサイズが残っていただけだが。でも、ちょっとくらい義妹にいいとこ見せてもバチは当たらないだろう。
「お義父さんも仕事できそうだったもんね。うちのお母さんもだけど」
「あの人たちと一緒にするな……」
あれは仕事ができるとかいうレベルではない。もし昨日両親がいたなら、確実にカーテンを買いにすぐに出かけただろう。たぶんあの人たちに、明日にしよう、みたいな考えは存在しない。
親の話もまじえながら、まといの部屋のカーテンを決めた。薄いピンクの、いかにも女の子らしいデザインだ。オタクや小学生男子なところもあるが、こういうところはしっかり女の子をしているようだ。
「ほかにも見てみるか?」
「んー、うん」
カーテンをカートに入れ、別の通路も回っていった。
まといは特に買うものはないと言っていたが、やはりいくらか足りないものがあったようで、数点カートに入っていった。ここにして正解だったようだ。
ひととおり見てまわったところで、会計を済ませ、袋詰めする。
今日もまといはぴったりとくっついてきたが、もう乱れはしない。手際よくまとめ、昨日の挽回をした。
「大丈夫?」
俺が荷物を全部持ってしまったので、まといが心配そうに訊いてきた。
「ああ、重さはそんなないからな」
「ふーん……」
カーテンはでかいが重さはそこまでじゃない。
というか、まといのその「ふーん」がよくわからなかった。
あと、たまにじっと俺の顔を見つめてくるはなんなのだろう。ほんと意識しちゃうからほどほどにしてほしい。
「じゃ、カーテンも買ったことだし、そろそろ帰るか」
「うん」
こうして本来の任務を達成したところで、帰還することにした。
途中、想定外のエンカウントもあったが、まといを楽しませるという目的もいちおう果たせたのではないだろうか。
◇
家に帰ってきた。
ゆっくりしたいところだが、外がまだ明るいうちに、まといの部屋にカーテンを取り付けたほうがいいだろう。
「カーテン、俺がつけてもいいけど、どうする?」
「あ、うん。じゃあおねがいするね」
「オッケー」
特に考えがあったわけではないが、普通に訊いていた。
すぐに後悔することになる。
手洗いなどをし、準備ができたところで、まといの部屋をノックする。
「いいよ、入って」
中からまといの声が聞こえたので、ドアを開けた。
「――え?」
思わず声を漏らした。
そこには、俺が想定していた、陰キャとかオタクとかにありがちな部屋――ではなく、普通に”女子の部屋”があった。
全体的にピンクや赤などが多く、かわいい系のぬいぐるみまで置いてある。アニメキャラのタペストリーも飾ってあり、オタクの部屋でもあるはずなのだが、どことなく漂っている甘い香りに、今は脳が認識してくれない。
「どうしたの?」
俺が固まっていると、まといが小首を傾げながら訊いてくる。
まといに視線を移すと、視覚情報だけ言うなら、いわゆる学校一の美少女がいるわけで、どうしようもなく意識してしまう。
「あ、ああ……なんでもない」
なんでもあるんだが、ありすぎるんだが、そんなことは言えない。
「じゃ、じゃあ……つけるな?」
「うん、よろしく」
さっさと取り付けて出よう。そう決めて作業に取りかかる。
カーテンをビニール袋から取り出し、上下を確認して――
「ん、くぅ~……」
まといが伸びをした。
ねえやめてくれるぅ!?
なんでこんなときに限ってそんな語尾にハートマークついてそうな声上げるの!?
おまえさっきまで陰キャ丸出しのモブキャラだったじゃん!?
なに急に陰キャ男子を部屋に連れ込んだ学校一の美少女やってくれちゃってんの!?
ほんと心臓に悪いって……。
「ふぅ」
伸びを終えたまといが、ぼすっ、とベッドに座った。
「だからお決まりのやつやらなくていいからぁ!?」
「え?」
あ、しまった。心の中でのつっこみが。
「あ、いや、すまん。なんでもない」
なにもなかったようにカーテンの取り付けに戻る。
「……ごめん……」
まといがうつむきながらつぶやいた。
しまった。
さすがに今の大声はびっくりしたよな……。
せっかく今日いい感じに楽しませてやったのに、これじゃあ――
「いやっ! ごめん、今のは俺が悪かっ――」
「家に帰って気を抜いてた……せっかくの稜人のつっこみに私、こたえられなかった……」
…………んんー??
ちょーっとなに言ってるかわかんないっすね。
俺ら漫才してるわけじゃないよ?
今のあれだよ?
俺が強く怒鳴っちゃって微妙な感じになりながら、夕食を気まずい空気で済ませ、互いに今までのことを振り返って新たな決意をし、今日あなたが買ったライトノベルあたりがキーアイテムになって仲直り、あらハッピーエンド! 的なイベントじゃなかった?
「よ、よくわからんが、怒鳴ったのは悪かった。ごめん……。あと、つっこみとかは気にするな、もう一人の俺だ」
「パズルでも解いたの?」
「そのネタまだ引っ張る!?」
あ、またやってしまった。
「――ふふっ、あはは――」
が、まといは楽しそうに笑っていた。
初めて見た。こんなふうに笑うまといは。
「あ、あの……まといさん?」
「ご、ごめん――」
まといは笑いをこらえるようにお腹を抱え、体を震わせていた。
どうしたものかと戸惑っていると、
「――こういうの、今までやったことなかったから……」
「こういうの?」
すると、まといは笑顔ながらに、少しだけ真面目な表情で語り始めた。
「私、中学のとき友達いなくてさ。こんなふうに言い合えるの、ちょっと憧れてた」
「……そうか……」
俺は短く、それだけ答えていた。
――正直、そのくらいは想像していた。あれだけ見せられたらな。
でも、同情はしない。哀れにも思わない。俺だって似たようなもんだ。
それに、そんなのはまといに対して失礼な気がした。
まといは、陰キャの自分に困ったり、先行きが不安に感じることはあっても、自分を恥じるようなことはしていない。
自虐はしてた気もするが……。
ちょっとかっこいいとすら思う。
しょうもない言い合いでも、寒い身内ノリでも、外からどう思われようが、まといはそれをやってみたかったのだ。アニメのキャラみたいに。
「お出かけ、すごく楽しかった。ありがとね」
「おう」
「今日ずっとつっこみたそうにしてたでしょ? ……いいよ?」
だから変な含み持たせるなって!?
あ、これか。
ひとりでそんなことを考えていると、まといがニヤついた顔で見てきた。
「……気が向いたらな」
「うん」
なんか妙な空気になったので、急いでカーテンの取り付けに戻る。
その後は、まといもいつものクールな感じに戻っていた。
やっぱりよくわからん。
でも……今日は少し、まといと仲良くなれたような気がした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます