第13話 義妹は能力者?

「おいしかったね」

「おう……」


 俺たちは本屋へ向かって歩いていた。まといは相変わらず袖を離してくれない。

 

「なんか、ファミレスに二回も行って、レベルアップした気分」

「……うん、その調子でがんばれ」


 俺がHPもMPも使い果たした裏で、経験値を得ていたらしい。

 いろいろつっこみたい気持ちを抑え、ほめて伸ばす戦略で心を無にする。

 

 本屋はファミレスから近い位置にあったのですぐに着いた。

 

 そのまま目当ての参考書コーナーへと向かう。

 

 と、その途中、まといが立ち止まった。そして横のほうへ指をさし、

 

稜人たかと! 漫画! ラノベ!」

「いや、さっき十分見ただろ……」

「こっちはこっちで見たい」

「お、おう……」


 まあ、まといを楽しませる日と決めた以上、まといが見たいというなら仕方がない。

 なんだろう、もしこれがラノベなら、同じシーンを繰り返される読者の気持ちも少しは気にしてほしい。

 

「うん、やっぱり見てるだけでたの――」

「ほらまとい、ポップがつくってあるぞ」


 どうしても同じ道を繰り返そうとする、まといを遮るように、店員さんの手づくりらしきポップで話を逸らす。

 

「あ、店員さんもこっち側なのかな?」

「ど、どうだろうな……」


 だからこっち側て……なんか水面下でファンタジーストーリー始まってない? 大丈夫?


 ていうか、アニメショップでは袖を離してくれたが、本屋ここでは離してくれないのね。

 

 

 

 しばらく眺めていたライトノベル漫画コーナーあとにし、本来の目的である参考書コーナーにやってきた。このあたりは同年代らしき客が多い。

 

「なんの教科見るの?」

「古文漢文かな……」


 俺の苦手な科目だ。

 テストの成績は赤点まではいかないものの、いつも平均点以下で足を引っ張っている。高二に上がってから赤点になる可能性も十分に考えられた。

 

「じゃあこれとかいいんじゃない?」


 まといは一冊の参考書を指さした。

 

「ふーん、なんでこれ?」


 俺はそれを手に取って中身を確認しながら、まといに何気なくいてみた。

 

「ネットの評判よかったから」

「へぇー、さっき見たのか?」

「ううん、なんか覚えてたから」

「へ?」


 俺は混乱していた。

 まといが言っていることのストーリーというか、常識というか、流れみたいなものが理解できなかったのだ。

 

「ど、どういうこと?」


 すると、俺の反応からなにか察知したのか、まといはハッとしたのち、少しばつが悪そうに語り出した。

 

「私……できるだけ外に出たくないから、ネットで買ってて……でもそれだと中身確認できないから、サイトの評判を当てにしてたの……そしたらどの教科はどの参考書が人気かみたいなの、自然と覚えちゃったというか……そんな感じ?」


 頭を掻きながら、てへ、と舌を出して笑ったまとい。

 

 いや、てへ、じゃなくて!

 

 この人なんで毎回自分のヒストリーとか変な知識で俺のメンタル削りにくるの!?

 どう反応すりゃいいんだよ!? さっきの間接――で俺のライフはもうゼロなの!

 

「こ、これからは俺もいるし……ちゃんと中身見て買えばいいと思うぞ……」

「ほんと!? じゃあまた来ようね!」

「お、おう……」


 また身を滅ぼすような約束をしてしまった。

 こうやって物語の主人公は滅亡していくんだろうな。世界せかいが平和であることを願います。






 そうしてしばらく参考書を眺めていたときだった。

 

 後ろから、まといのものではない、別の声が聞こえた。

 

「あれ? 稜人じゃん」

「え?」


 振り返った先には、同年代の男子がいた。


「めずらしいな、こんなとこで会うなんて」

「お、おう……」


 ――桜庭さくらば修司しゅうじ、去年同じクラスだった同級生だ。

 ついでに言うと、俺の一番仲のよかった男友達とでも言えるかもしれない。向こうは知らんが。

 

 女子にもそこそこ人気な修司だが、こいつも結構なオタクで、そういう話をすることが多くてよくつるんでいた。というより俺にはこいつくらいしかまともに話す相手はいない。

 

 が、今はそんなことはどうでもいい。

 

 見られてしまった――まといと一緒にいるところを。

 いや、べつに見られたからといってなにか不都合があるかと言えばないような気もするが……。

 

 ”親が再婚しました、義理の兄妹です”、まではいい。

 だが、そのあとの、”だからふたりで同棲してます”は、ちょーっと意味がわからない。現代文なら余裕で赤点だ。

 

 いや、そもそもふたりで暮らしてるなんて話さなくていいのか?

 そうだ、そんな考えには普通ならない。なんだ、べつに問題な――

 

「ひとりで参考書買いにくるとか、おまえも真面目だなー」

「…………へ?」


 ひとり?

 

 その瞬間、修司の後ろにある棚の陰から、こちらを見つめるまといの姿が視界に入った。

 

 え? はっや!? いつの間に移動したんだよ。やっぱ能力者かなにかなの?

 

「あ、あー……そうだな。修司は?」

「俺は妹に頼まれた本を買いにな」

「相変わらずのシスコンだな……」


 そう――この修司、重度のシスコンなのである。

 とにかくかわいいらしい妹のことをいつも自慢していた。来年の学校一の美少女は自分の妹になる、と。いわゆる残念なイケメンに分類されるようなやつだ。

 

「まあな、学校始まるの楽しみにしとけよ? あ、じゃあ俺時間ないから行くわ!」

「おう」


 そう言って修司は足早にレジのほうへ向かっていった。

 

 ……え? これ、友人に義妹のことがバレちゃう系のイベントじゃなかったの?

 なにしに来たの、あいつ?

 うちの義妹、終始気づかれなかったんですけど……。

 

「た、稜人……」

「あ、まとい、大丈夫か……?」

「う、うん……今の誰?」

「学校の友達。去年同じクラスだった」

「そ、そう……びっくりした……」


 びっくりしたのはこっちですよ。いなくなるの早すぎでしょ?

 でも、おかげですんなりやりすごすことができた。

 

「稜人、友達いたんだ……」


 その流れだと、俺に友達がいたことにびっくりした、みたいに聞こえるんだけど、違うよね?

 たしかに友達と言えるのはあいつくらいだけどさ……。

 

「ま、まあな……」

「でも、あの人もこっち側だったね」

「…………」


 怖いです、この人。裏の世界の住人とかいないよね?

 

 でも……そうか、その手があったか。

 

 俺はこのとき、地獄の地獄ルートを回避する、一筋の光が見えた気がした。

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