第10話 義妹と最初の朝

 朝。もう少しで目覚ましが鳴るといったころ、洋風チックな香りに誘われ、目が覚めた。

 

 なんだろう、と寝ぼけながらリビングに出ると、そこにはキッチンで調理をする、エプロン姿のまといがいた。

 

「あれ……早いな」

「あ、おはよう」


 まといはもう着替えていて、バッチリ支度済みという感じだ。

 今日もフードのついたパーカーを着ている。そういえばパジャマにもついていたな……フードがないと死んじゃう動物なんだろうか。

 

「おはよう……スープ?」

「うん。コンソメスープとサラダ。フレンチトーストだから洋食な感じがいいかと思って」

「……まだ引っ越したばかりなんだから無理しなくていいぞ」

「無理はしてないよ。今までずっとやってたから、なにかやらないと気持ち悪いだけ」


 まといは歴戦の主婦みたいなことを言いながら、慣れた手つきでエプロンの結び目をほどいた。意外と様になっている。

 

 まあ、同じだもんな。

 

 というか、手際よく料理するクールなまといと、外でビクビクしてた陰キャのまといとが一致しない。本当に同一人物か。

 

 

 

 俺は洗面所で顔を洗ったりなど支度を整えると、昨日漬けたフレンチトーストを取り出した。

 

 よし、焼くか。そう心の内で気合いを入れ、腕をまくる。

 

 と、横になにかがいた。

 

「……あの、まといさん。なにか……?」

「まといでいいって言ったじゃん」

「いや、そういうことじゃなくて……なに?」

「見てようと思って」


 俺の真横に、ぴったりとくっつくようにして後ろで手を組んでいる。

 急に距離を詰められると意識しちゃうからやめてほしい。いちおうあなた外見は学校一の美少女的なあれなんだから。

 

「……べつにそんな変わったことしないぞ」

「うん、いいよ」


 なにがいいのか知らんが、ともかく焼こう。

 フライパンにバターを乗せ、弱火でゆっくり溶かしていく。

 さらに一晩漬け込んだパンを入れ、蓋をする。

 

「おぉー……ちゃんとしてるね」


 なにを見られているんだろうか。

 もしかして、昨日の仕込みを怪しまれているのか?

 自分が風呂に入っているあいだ、キッチンにいたけれど本当はなにをしていたんだ的な?

 

「まあ、何度もつくってるからな」


 それなら俺は、行動をもって身の潔白を証明するだけだ。

 

「ふーん。じゃあ私、ココアいれるね。いる?」

「え? ああ、うん」


 どうやら疑いは晴れたらしい。疑われてたのか知らんけども。

 というかまたココアか。

 ほんと、どんだけ好きなんだ。

 

 

 

 フレンチトーストが焼き上がったところで、朝食にする。

 

 なんか、特に話し合っていなかったが、普通に一緒に食べるんだな。

 もうちょっと距離ある感じを想定していたが……まあ、最初だけか。

 

「「いただきます」」


 ふたりで手を合わせた。

 

 まといが最初にフレンチトーストを口に入れる。

 

「うん、おいしい」

「そりゃよかったよ。極めたまといさんのお口に合って」

「まあね」


 その「まあね」はどういう意味なのだろうか。

 相変わらずこいつのことはよくわからん。

 

「お、こっちもうまいな……落ち着く味」


 まといがつくってくれたスープもうまかった。

 この家でまといがつくる初めての料理だったが、思っていたより家庭的な味付けだ。やさしい味というのだろうか。

 

「ほんと? ならよかった」


 まといはそう言って微笑んでいた。

 陰キャまといどこ行ったよおい。

 

 

 

 そんな感じで、まったりとした朝食を終えようとしたところで、今日の予定について切り出した。

 

「昨日言ってたとおり、昼からはカーテン買いにいくのでいいか?」

「うん!」


 まといが答えた返事は、心なしかうれしそうに聞こえた。

 

「んじゃ、そういうことで。俺は課題が残ってるから自室にいると思う」

「わかった。私は片付け済ませとく」


 すんなり決まった。完全に業務連絡だ。

 

「昼飯は昨日の残りを使ったおじやでいいよな?」

「効率厨だね」


 まといがニヤリと笑った。同じこと考えていたのだろう。

 

 結構気が合いそうだ、と思いながらココアに口をつけた。

 

「……ん、やっぱうまいな」

「超極めた」

「市販のココアをどう極めるんだよ……」

「企業秘密」


 どうやら業務連絡には含まれないらしい。

 

 朝食を終えたあとは、各々の作業をし、少し早めの昼飯も普通に済ませた。

 

 

 

 

 

 そして、出発前。

 

 リビングで外出の準備ができたまといを前にしていた。

 昨日と同じく色違いのフード付きパーカー。下はスカートになっているが肌はみせないようしっかりタイツでガードしている。

 そして肩掛けの小さなバッグと、昨日と大きくは変わらないのが、なんだかまといらしい。

 

「あのー……それってやっぱ必要なの?」

「それ?」


 俺はまといの頭あたりを指さして言った。

 

「フード、かぶらないとだめなの?」

「あー……外は怖いし……」


 いつの間にか陰キャのまといになっている。

 

 だが、これから高校に入ることも考えたら少しは慣れてもらわないと困る。

 主に俺が。

 

「高校前の練習だと思ってさ。今日は俺もいるし、がんばって外でもフード外してみようぜ……な?」


 できるだけ怖がらせないように、やさしく言う。

 

「むぅ……うぅ……くぅ……ぐうぅ…………はぁ、わかった……」


 どうやら納得してくれたようだ。相当な葛藤があったみたいだけど。

 ……ほんと、今度はクールなまといさんどこいったよ。

 





「で……カーテンはどこへ買いにいくの?」


 マンションを出たところで、まといがいてきた。

 しかしなぜか俺の服の袖をつかんでいる。脳がバグるからやめてほしいんだが、今それを言うとまたフードをかぶるかもしれないので言えない。

 

「あ、ああ……近くのショッピングモールに行こうと思ってな」

「ショ、ショッピングモール!? 人がゴミのようにいるところじゃん!?」


 まといがめずらしく大声を上げて驚いていた。

 そんなときでもしっかり大佐が入ってるのは、陰キャかオタクのさがなんだろうな。

 

「特訓だと思ってかんばれ。それに、そこならアニメショップもあるぞ?」

「……!」


 まといの目の色が変わった。

 

 そう、これが狙いだ。

 昨日、ちょっと微妙な感じになってたからな。ここでしっかり挽回しておきたい。

 

「ま、まあ……そういうことなら、行ってあげてもいいけど……」


 おっ、テンプレデレきた。

 

 だがここは機嫌を損ねないよう、変につっこむのはやめよう。

 

「そうか、じゃあ行くか」

「う、うん……」


 そうして俺たちは、まといの部屋のカーテンを買いに、近くのショッピングモールへ向かったのだった。

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