第9話 義妹はよくわからない

 ダイニングでのテーブル。鍋を挟んでまといと向かい合って座っていた。

 ほとんどひとりで食べていたので、やはり違和感が半端ない。油断すると忘れそうになるが、相手は同年代女子。意識し出すとおかしくなってしまう。

 

 心を落ち着かせるように、無難な話題を振る。

 

「片付けは終わりそう?」

「うん。あとは明日の朝やれば終わりそう」

「そうか……家にあるものは勝手に使ってくれていいから」

「うん、ありがと」


 クールな状態のまといと話すと、なんだか業務連絡みたいになる。

 ただ、この沈黙はそこまで悪いものでもないような気がした。無理矢理にでも話を盛り上げなければ、みたいな焦燥感に襲われることもない。

 

「必要なものとかあれば言えよ。買い物が必要なら付き合うし」


 あの調子だと、ひとりで買い物もしんどいだろうしな。

 

「うん。あ、カーテン……」

「カーテン? あー、そういや親父カーテンも持っていったな……」


 自分が取り外して荷物に入れたことを今思い出した。

 てっきり持ってくるものとばかり思っていたが、まといのほうは窓がある想定じゃなさそうだったからな。

 

「あ、じゃあ今カーテンないの?」

「うん、全開放」

「マジか」


 どうする? 今から買いに行くのはさすがにあれだし、かといって年頃の女の子がカーテンなしの部屋は……。

 

「なんか、足りないものがあると、引っ越ししましたって感じでワクワクするね」

「……お、おう」


 俺の心配をよそに、まといは今の状況を楽しんでいる様子だった。

 この人、感覚が小学生男子なんじゃないのか……。

 

「じゃあ……イヤじゃなければ、明日一緒に買いに行くか?」

「う、うん!」


 俺の提案に、まといは少し頬を赤らめ、興奮気味にうなずいていた。

 あれ? オタ話でもないのにその感じになるんだ?

 ちょっと意外だった反応に、またこいつのことがよくわからなくなっていた。

 

「まあ、寝るときは電気消すだろうし、それまではリビング占拠してていいよ。俺は自室に引っ込んでるから」

「え? あ、うん……ありがと」


 一瞬、残念そうな顔が見えた気がしたが、気のせいだろうか。

 まあ、まといもおとといからの出来事で、疲れて早くひとりになりたいのかもしれない。

 たぶんこっちが気をつけないと無理するタイプだ。

 

「リビングのテレビでアニメも見れるから、好きに見ていいよ」

「……うん、ありがと」


 あれ? 思ったより素っ気ないな。

 アニメの話を振れば喜ぶのかと思ったが……ますますこいつのことがわからなくなってきた。

 

 その後、よくわからない空気感のまま晩飯を終え、洗い物をしていた。

 まといもやると言ってくれたが、今日のところは俺が引き受けた。いちおうまだ初日だしな。

 

 洗い物や掃除当番なども決めたほうがいいかもしれないが、それは引っ越し作業が落ち着いてからでいいだろう。

 

 そんなことを考えていると、後ろから声をかけられた。

 

「ココアいれるけど、飲む?」

「え? ああ……うん。じゃあもらうよ」

「わかった、レンジ使うね」

「おう」


 食後にもココアか、どんだけ好きなんだろう。

 変に考えが巡ったが、せっかくいてくれたのだから俺もいれてもらうことにした。

 

「置いとくね」

「ん、ありがとう」


 少しして、まといはやや離れた位置に俺のマグカップを置くと、キッチンから出ていった。

 よくわからんが、嫌われているというわけではないはず……。

 

 俺は洗い物を終えると、まといがいれてくれたココアを手に、キッチンを出た。

 リビングでは、まといがソファに座ってココアを飲んでいる。

 それを横目に俺は自室へと向かった。

 

 

 

「ふぅー……」


 自室の椅子にもたれ、今日一日分のため息を漏らす。

 

 なんか仲良くなれたような気もするが、最後のほうは微妙な感じになっていた。

 

「どっかで地雷踏んだか……?」


 外に漏れない程度の小声でつぶやく。

 しかし思い当たる節がない。というかクールな状態のまといではなにを考えてるのかわからん。

 とにかく、明日の買い物でもう一度いい感じに喜ばせてやろう。

 

 そう決めてココアに口をつけた。

 

「……うんまっ」

 

 市販のココアとは思えないうまさだった。

 ココア極めてるじゃん。

 

 これは数百、いや、千単位の試行錯誤があったにちがいない。いや知らんけど。

 

 

 

 まといがいれてくれたココアを味わいながらしばらくゆっくりしたあと、風呂の湯を入れにリビングに出た。

 

 まといの姿はリビングにはなく、部屋のほうから物音が聞こえていた。

 ふたたび片付けを始めたのだろう。

 

 マグカップを流し台に置き、風呂場へ向かう。

 

 浴槽を洗いながらふと気づいた。

 

「どっちから入るかか……」


 一緒に暮らす以上、避けては通れない道だった。

 正直あまり触れたくはない。

 これがきっかけで関係が悪化する可能性さえあるのだ。

 

 俺が先に入ると言った場合、「あんたが入ったあとの湯になんて入れるわけないでしょ!? マジキモイ!」と言われる。

 俺があとに入ると言った場合、「私が入ったあとの湯を飲もうとかマジキモイ!!」と切れられる。

 

 理不尽すぎる。

 

 アニメなどで何度も見たやつだ。

 一緒に住むことになった時点で詰んでるやつ。

 

 若干憂鬱になりながらも、考えても仕方ない、と素直にまといに訊くことにした。

 

 リビングに戻ると、ちょうどまといが部屋から出てきた。

 

「あ、あのさ……風呂入れたけど……どうする?」


 どうするってなんだよ。

 陰キャの俺にこの質問は結構きつい。

 挙動不審にならないよう細心の注意を払う。

 

「あー……そっか。んー……」


 まといはさきほどのように顎に手を当て、深く考え込んだ。

 

 え? そんなに苦渋の選択だった?

 そんな難しい顔されたら俺のメンタルが持ちませんって。

 

 最後の審判を待つような気分で放置されていると、まといがようやく口を開いた。

 

「私はあとでいいよ」










 訳:私が入ったあとの湯を飲もうとかマジキモイ!

 

 だから詰んでるんだって!

 

「……わ、わかった……じゃあ先に入らせてもらうよ……」

「……?」


 俺は少し――いや、結構へこみながら自室に着替えを取りにいった。

 まあ、表立って言われないだけましだろう……。

 出るときは一度湯を抜いて張り直しておくか、そんなことを考えていた。

 

 そうして風呂場へ向かっていると、今度はまといのほうから話しかけられた。

 

「あ、お湯いちいち変えたりしなくていいから」


 クールな感じのまとい様は、それだけ言って自室に戻っていった。

 

 え? どういう意味?

 

 おまえの掃除には任せてられねえ、自分で気が済むまで掃除するわ、ってこと!?

 

 もうネガティブ思考が止まらなかった。

 考えても考えてもまといの意図がわからない。

 

 いや、今までの感じと、さっきの言葉どおりに受け取れば、湯を張り替える気はつかわなくていいってことになるのか?

 

 でも、年頃の女子が同年代男子の入った湯に……?

 

 結局、どう考えても答えは出なかったので、湯船に入る前に、最大限全身を綺麗に洗ってから入るという凡策を採用した。

 

 

 

 そして、風呂から出るとリビングにまといがいた。息を呑んで話しかける。

 

「お先……上がったから」


 見りゃわかるがなんて言えばいいのかわからない。

 こういうところは俺も陰キャ全開なんだよな。

 

「うん、わかった。ありがとう」


 まといは特に気にした様子もなく自室に戻っていった。

 その後、俺がキッチンで水を飲んだり、ゴミの整理をしていると、今度はまといが風呂場へ向かった。

 

 正直このまま一日を終えるのも気持ちが悪いので、なんとか挽回をしたい。

 

 しかし、さっき自室に引っ込んでると言った手前、リビングにいるわけにもいかない。

 考えに考え抜いた結果、明日の朝食の準備をしているという理由でキッチンにいることにした。

 

 なにしてんだろう、俺。

 

 目玉焼きと普通のトーストの予定だった明日の朝食には、俺の個人的な都合によって、一晩漬け込むフレンチトーストになってもらう。感謝しろ。

 

 冷蔵庫から卵と牛乳、バターを取り出し、手際よく調理する。

 いや、だめだ! 手際よくじゃない、時間をかけろ! 完了してしまったら意味がない! そうだ、キッチンの乱れは心の乱れ。まずはキッチンを綺麗にしよう!

 

 的な感じで、謎にキッチンを掃除したり、整理したりしながら調理をしていた。べつにそんなに汚れているわけではないのだが。

 

 そうやって時間を潰し、冷蔵庫の整理をしていたところで、まといが風呂から上がってきた。

 

「あ……お風呂上がったよ」

「お、おう……大丈夫だったか?」


 大丈夫ってなにがだろう。

 

「うん、いいお湯だった」


 が、いちおう大きな問題はなかったようだ。

 

「なにしてるの?」

「ああ、明日の朝食の準備をしとこうと思ってな。ちょっと手間取ったけどな」


 まといが出るまでに終わらせておきたかったんだけど、ちょーっと時間かかっちゃったなあ、感を全面に押し出しながら言った。

 

「ふーん……あ、フレンチトースト!」

「好きか?」

「極めた」

「いやそっちかよ」


 なんかそんな気がしてた、ココア好きだし。

 そんなやり取りに、まといは楽しそうに笑っていた。

 

「今度私のフレンチトーストもつくってあげる」


 そう言ってまといは、ふんす、と得意げな顔をしていた。

 

「ああ、楽しみにしとくわ」

「うん」


 キッチンでの会話を終えると、まといは自室に入っていった。

 思っていたよりご機嫌……?

 あの感じだと、どうにか及第点はもらえたのではないだろうか。

 

「ふぅ……」

 

 ひと息ついてから俺もキッチンを片付け、自室に戻る。

 そのままベッドに転がった。

 

「まあ、なんとか繋がったか……」


 そうして、まといとの共同生活一日目を、なんとか無事に終えたのだった。

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