第8話 義妹はオタク
「へー、そりゃおもしろそうだな」
「う、うん! こっちが好きなら、これも好きだと思う!」
俺たちはリビングのテーブルにアニメ雑誌を広げ、来期アニメの話をしていた。
まといが興奮気味に語っている。
結論から言うと、まといは重度のオタクだった。
俺が用意したアニメ雑誌に載っているアニメはほぼすべて視聴済み。
原作を読んでいるのも半分。声優さんとか、アニメ制作会社さんとか、もう詳しすぎた。
むしろ俺がついていけないレベルだ。
「……おまえ、だいぶ猫かぶってたな」
「あ、あー……そういう見方もあるよね」
すん、と儚げな目をつくり、視線を逸らした。
本人は素っ気ないクールな感じを維持したいらしい。
あれだな、デレというか、好きなことになると制御きかないみたいなタイプだ。
俺が
「……部屋、見せてもらってもいいかな」
「……おまえも大変だな」
あまりいじめすぎると本当にへこんでしまいそうなので、これ以上は追及せずに部屋を案内してやることにした。
「ここがまといの部屋」
おとといまで親父の部屋だったところに入った。
親父の部屋とはいっても、ほとんどいなかったので、わりと綺麗だ。そのうえ昨日ちゃんと掃除に消臭もしたしな。
「おぉ……思ってたより綺麗」
なにを思っていたのか知らんが、よさそうな反応でよかった。
うちはリビングとダイニングをふたつの部屋でサンドイッチしているみたいな配置だから、ベランダに出られる窓もついている。
少しめずらしいタイプの2LDKだ。その分、廊下はあまりない。
「窓もあるんだ」
「ああ、開放的でいいだろ」
「……お日様入ってくるのかぁ……」
あれ? マイナス評価?
どんだけ陰キャこじらせてるのあなた。
「いっそお日様と仲良くなるチャンスだと思え」
「うぅ……」
そんなやり取りをしていると、チャイムの音が聞こえた。
「あ、来たんじゃないか」
「う、うん」
俺が玄関のほうへ目をやった隙に、まといはフードをかぶっていた。
……重症すぎる。
業者さんもこれまたバリバリ体育会系の陽キャお兄さんで、気づいたときには、まといはどこかへ消えていた。
家具の配置を相談できなかったので、とりあえず俺ひとりでは動かすのがきついベッドだけ置いてもらって、あとはリビングとかに放置してもらった。
机やら本棚などがあったが、木製のものなのでこっちは俺ひとりでもなんとかなるだろう。
陽キャの業者さんは手際よく荷物を運ぶと、元気のいい挨拶をして帰っていった。
いつの間にか部屋に充満していた陰の空気が浄化され、陽の空気が漂っている。
「あのー……まといさん? 業者さん帰りましたよ?」
環境に適応できず追いやられた小動物を呼び戻す。
すると、キッチンのほうからひょっこりと頭を出した。
「……もういない?」
「うん、もういない」
ここまでだとはちょっと想定外だったな。
今までどうやって生活してきたんだろう。
気を取り直して、家具の配置を相談した。
「っと、こんな感じか?」
「うん、ありがと」
俺はまといの指示に従って、家具の設置を終えていた。
さすがにこのくらいは俺の仕事だろう。良好な関係構築のためには、このくらいの力仕事は必要だ。
続いてダンボールを運び込んでいた。
「うわ!? おっも」
そのうちのひとつがやたらと重かった。
「あ、それ……本が入ってると思う」
「ああ、そういうことか」
それでもなんとか持っていき、本棚の前に置く。
これでひととおり部屋に入れることができた。
あとは私物とかもあるだろうし、本人のセンスもあるだろうから、ここまでかな。
「ダンボールが開いたらリビングに置いといてくれていいから、あとで捨てとく」
「うん、ありがと」
「ほかになんか手伝うことあるか?」
いちおう念のため
「んー……」
まといは顎に手を当て、目を細めて考え込んでいた。
そんなに考えることなのだろうか?
「じゃあ、本をおねがいしてもいい?」
「……わかった」
こういうのは自分でやりたいものかと思っていたが、意外と気にしない性格なのだろうか。
不思議に思いながらも、さっきの重いダンボール箱を慎重に開けた。
「お、これ読んでるんだ。俺も買ってるわ」
「ほんと!? 私もそれすっごい好きなの!」
まといがふたたび興奮気味に寄ってきた。
最近アニメ化が決まったライトノベルのシリーズだ。
「あ、これも読んでるんだ」
「うん! それはね――」
俺がそうやって適当に本棚へ入れていくのを、まといが瞳を飾り切りしいたけバージョン2にしながら毎回コメントしていた。
◇
「って、全然進んでねーじゃねーかよ!?」
「はっ!」
結局、さっきの調子で片付けていたが、本が本棚へ入っただけで、ほかはなにも進んでいなかった。
ずっとラノベやら漫画やらの話をしていたのだ。
時刻はもう午後5時すぎ。夕方である。
「タイムスリップした……?」
まといが険しい表情でつぶやく。
こいつ、ほんとどこまで本気なのかわからんな……。
「俺は晩飯の準備するから、まといは今日そこで寝られるようにだけはしとけよ」
「うん、わかった」
すん、とクールな感じに戻ったまといが、手際よく片付け出す。
いや普通にできるじゃん、俺いらなくなかった?
と内心つっこみつつ、俺はキッチンへと向かった。
急いで米を炊き、鍋に買ってきたスープをぶち込む。その横で野菜を切ってはこれも放り込む。鍋はこれだから楽でいい。
鍋がある程度煮立ったところで火を止め、その隙に開いたダンボールを捨てにいく。
やっていることは親父がいたときと変わらないのだが、部屋の中にもうひとりいる、というのは奇妙な感覚だった。
俺がそれらを終えるころには、まといも最低限の片付けを終えたようなので、晩飯にすることに。
俺がテーブル上の鍋敷きに鍋を置くと、キッチンのほうから声が聞こえた。
「お茶碗これ? 入れるよ?」
「え?」
一瞬、なにが起こったかわからなかった。
なんのことはない、まといが炊飯器の前で、俺が出していた茶碗を片手にたずねてきただけである。
しかし、ごはんをよそってもらうという経験に乏しかった俺は、それがすぐに理解できなかった。
「……あ、ああ。頼むよ」
変な間をつくって答えた。どうにも調子を狂わされる。
まといは少し首を傾げながらも、慣れた手つきでごはんをよそっていた。
なんか……いいもんだな。
そうして、まといとふたり暮らし最初の晩飯を食べ始めた。
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