第7話 義妹がくっついてくる

 俺たちはスーパーにやってきた。

 まといさんのココアを買うためである。ついでによく使うであろうこのスーパーの位置を教える目的もあった。弁当屋が次回になったからな。

 

稜人たかともなにか買うの?」


 俺が買い物カゴとカートを取ると、まといさんがいてきた。

 おまえは普通に呼び捨てできるんだな……。

 というかいつの間にかまたフードをかぶっている。

 

「ああ、晩飯の材料も買っとこうと思ってな」

「ふーん、料理できるんだ」

「そりゃあ、親父のかわりに家事をやってたからな」


 特に親父が好きだったこともあり、チャーハンは極めた。中華鍋もあるし高火力のコンロもある。まといさんが家庭的な料理をつくってくれれば、かなりのバリエーションの料理を――

 

「私も料理できるよ、カレーは極めた」


 ……デスヨネー。

 

 なんかそんな気してました。

 あなたもこっち側ですもんね。見た目より味とか、効率重視とか、一部の料理にだけこだわるとか。キラキラした映える料理には縁のないみたいな。

 

「お、おう……いつか食べてみたいな」

「うん。いつかつくる」


 ふんす、と得意げな顔をして、まといさんが意気込んでいた。

 まあ、お互いに料理ができるというのは快適そうだ。こういうのは大抵どっちかが暗黒物質ダークマターを生み出す能力を持っていたりするからな。

 

 

 

 夜はおそらく時間もないだろうからということで、簡単にできる鍋にした。

 スープも買ったので具材を放り込むだけでつくれる。米だけ炊いておけばいいだろう。

 

 カートを押しながらふと横を見ると、まといさんがぴったりくっついてきている。

 

 なんだか不思議な感覚だった。

 今までずっとひとりで買い物をしていたからか、違和感が半端ない。

 でも、あまり悪い気分でもなかった。

 

 ココア売り場に来ると、まといさんは棚を見まわしていた。

 

「……あ、あった」


 お気に入りのものを見つけたのか、そう言ってでかめのパックを3つ放り込んだ。

 どんだけココア好きなんだよ。

 

「……そんなに飲むのか?」

「うん」


 まあ、さっきのこともあるので、あまり深入りはせずにほかを見てまわり、会計へと向かった。

 

 が、その会計をしている途中で、いくつか妙なものが買い物カゴの中に見えた。

 

 お菓子である。

 

「……あの、まといさん、あれなに?」


 すると、まといさんは一瞬ビクッとしながらも、キリッと真剣な表情をつくり、クールな口調で言った。

 

「大事なことは、言葉より行動で示さなきゃいけないんだよ」


 ……なに言ってんの、この人?

 たぶん意味も意図も場面も、全部違うよ、それ?

 

 俺の中のまといさん像がどんどん崩れていく。

 最初が上品で清楚で初々しい感じだっただけに、落差がひどい。

 もっとクールな感じが素なのかと思っていたが、なかなかつかめない。

 

 結局、今さらキャンセルするのも気が引けたのでそのまま買うはめになった。

 

 さっき会ったときにはビクビクしていたのに、今ではこっそりお菓子を忍ばせるくらい懐っこくなっている。

 

 袋詰めするときも、横にぴったりとくっついていた。

 シャンプーの香りなのか、なれない甘い匂いに手元が乱れる。

 

「どうしたの? 袋詰め苦手?」

「い、いや……今日はちょっと調子が悪いだけで……」

 

 袋詰めに調子の良し悪しがあるのかわからないが、スーパーでの買い物も無事に終えた。

 

 

 

 


「そういや、まといって学校どこ行くの?」


 家に帰る途中、会話デッキのひとつを崩して話を振った。

 スーパーでの出来事もあって、呼び捨てもすんなりいけた気がする。

 

「……文清ぶんせい高校」

「文清!? 俺と同じじゃん」

「うん」


 知ってたのか。登子とうこさんから聞かされたのだろうか。

 

「大丈夫そうか? 学校」

「……不安しかない」


 でしょうな。今までの感じからだいぶ苦労すると思われる。

 とはいえ学年が違うから俺も助けることはできない。

 

 てか、学校で義妹のぼっち姿とか見せられた日には、俺のメンタル死ぬんですけど。

 

 あまり干渉するつもりはなかったが……これはなにか対策が必要かもしれない。

 

「ま、まあ……一年やってきた俺がいるわけだから、攻略法的なことアドバイスできるかもしれないし」


 まといが暗い表情になったので、励ますように言った。

 

「うん……ありがと」


 そうして若干微妙な空気を引きずったまま、家に着いたのだった。

 

 だが大丈夫、すでに手は打ってある。

 

 





「……おじゃましまーす……」


 家の扉を開けると、まといが怯える小動物のように玄関に入った。

  

「次からはただいまでいいぞ。自分の家になるんだから変な気はつかわなくていい。俺もそういうの苦手だし」


 たぶんこういう言い方のほうが、まといもやりやすいだろう。

 

「う、うん……わかった」


 さっきの話題もあってか、今日会ったばかりのときみたいに戻っている。

 が、問題ない。

 

 こんなこともあろうかと、部屋にはまといが興味を引きそうな、喜びそうなものを散りばめている。確認したわけではないが、どうせオタクだろう。

 漫画、ラノベ、ゲーム機、アニメ雑誌。それもできるだけ男女関係なく楽しめるものをチョイスした。抜かりはない。

 

「どうぞ」


 まといをリビングに案内する。


「おぉー……」


 きょろきょろと部屋を見渡すまとい。そして、

 

「……あ!」


 きた。

 

 さあこい、どこに目をつける?

 漫画? ラノベ?

 今日くらいはゲームでもいい。

 アニメなに見てるかで盛り上がるのも悪くない。

 

 同棲、いや同居か? どっちでもいいや――の、一日目。

 

 親たちのために、仲の良い兄妹を演じる第一歩。

 

 陰キャの俺にできる最大限の話題づくりに、感激の表情を浮かべたまといが歓喜の声を――

 

「L字ソファだ……!」


 そっちかよ。

 

 けっっっっこうわざとらしく置いたよ?

 

 触れてくれないと変に準備してた俺のほうが痛々しくなってくるんですが。

 

「お、おう……親父の趣味でな……」


 俺は平静を装いながら、買ってきたものを冷蔵庫に放り込む。

 

「どうしたの?」


 そんな俺を見て、クールな感じに戻ったまといがキッチンまで入ってきた。

 まだフードをかぶっている。

 

「いや、なんでもない……。というかフードとれ」

「……わかった」


 素っ気ない。

 俺もなんかいい加減な接し方になってきた。

 

「手伝おうか?」

「ん? ああ、そうだな。いろいろ場所とかも覚えてほしいしな」

「うん。覚える」


 そう言ってぴったり隣に立った。

 だから距離近いって。警戒心とかないのか?

 

 でも、少しまといのことがつかめてきたかも。

 

 外とか初めての場所では陰キャモード。仮面かぶりがち。

 安全を確認できたところではクールキャラ。たぶんこれが素。

 そして気を許した相手にはデレる。懐っこい。

 

 そんな感じだろうか?

 なんでそんな気を許されているのかは不明だが、まあうまくいってるならいいや。

 

 でもまあ、この感じなら、落ち着いたら自室にこもりがちだろうな。

 人と接するのに体力使うタイプだろう。体力がなくなるとひとりになりたいはずだ。

 

 適度に仲良く、しっかり距離を保つ。

 いい感じの関係を築けそうで安心した。

 

 

 

「あ……!」

 

 片付けとキッチンの中の説明を終え、ふたたびリビングに戻ると、まといがようやくアニメ雑誌に気づいてくれた。

 

「これ、来期のアニメ特集が載って――」

「ありがとう……本当にありがとう……俺、もうどうしようかって……」

「え……どうしたの……」


 まといはひどく困惑していた。

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