第6話 義妹は呼び捨てがいい
注文が終わると、微妙な沈黙に襲われた。
まといさんといると自分が陰キャなことを忘れてしまいそうになるが、俺もまごうことなき陰キャである。
ちょっと油断すればこれだ、気をつけないといけない。
会話の手がかりを探すように、無難な話題から入る。
「まといさんも昨日は大変だったでしょ?」
あらかじめ聞かされていたふうには見えなかったし、おそらく俺と同じく、昨日は動きっぱなしだったはずだ。
俺たちのあいだではそれなりに共感しやすい話題だろう。
しかし、そんな俺の涙ぐましい気づかいをよそに、まといさんはこちらをじっと見つめながら、素っ気なく口を開いた。
「……まといでいいよ」
「え?」
「変でしょ。妹にさんづけなんて」
呼び捨て。
いざそう迫られると、緊張してしまう。
たしかに妹にさんづけなんておかしいかもしれない。
だが、おととい出会ったばかりの同年代女子にいきなり呼び捨てはハードルが高い。
そういうつくった感じが嫌いなのはわかるが、そこに関しては相手にも理解願いたいところだ。
「……わかった。できるだけがんばるよ」
「うん」
そう小さくうなずいたまといさんの顔は、ほんのり赤みがかっていた。
いや、まといか。すぐには慣れんな。
自分の中でチューニングを合わせていると、まといさ――、まといが続けて
「私はなんて呼んだらいい?」
「あー……呼びやすいのでいいよ」
べつに兄貴づらするつもりはないし、こっちも気をつかわれるのは好きじゃないしな。お互い楽なのがいい。
「……じゃあ
いや呼び捨てかよ。いいけどね?
「……わかった」
まあ、変にお兄ちゃんとか呼ばれても、いろいろあぶない気がするしな。
というか、陰キャ空間に入ってから、おとといロビーで話した雰囲気に戻っている。やっぱりこのクールな感じが素の状態なのだろうか。
「……うん。昨日は大変だった」
あ、話題が戻った。地味に律儀だな。
「お母さん、朝一番で業者さん呼んでたから」
「朝一番!? だから段取りいいってレベルじゃねえだろ!?」
ぶっとんだ話に思わず叫んでしまった。
と同時に、驚かせてしまったか、と焦ったが、
「――ふふっ、やっぱりそういうのなんだ」
まといさんは見透かしたような笑みで微笑んでいた。
「なんだよ、そういうの、って」
「そういうの」
俺の問いにも、はぐらかしているのか、本気で言っているのかわからない反応で返された。こういうところはかわいいんだけどな。
「あ、そうだ。ドリンク取りにいくか」
「うん、わかった……!」
なぜか気合いを入れるような顔をしたまといさん。
いや、ドリンク入れにいくだけだぞ……。
こういうファミレスには初めて来たのか、まといさんは機械に興味津々だった。
さっそく複数の飲み物をミックスしてもいいかとたずねられたが、今日のところは却下しておいた。
すぐに調子に乗るタイプだろう。同じ陰キャとしてわかるのがつらい。
まといさんがココアを選択したので、俺も合わせる形でココアを選ぶ。
昼飯にココアってどうなのだろうとも思ったが、今はもっと大事なことがあるのだ。
無事席に戻ると、まといさんは満足そうな顔でココアに口をつけていた。
あれ? 妹ってこんなにかわいいの?
俺の知ってる妹じゃない。もっとツンツンしてるかと思ってた。
そうこうしてるうちに、頼んだ料理がやってきた。
まといさんはチーズドリアにコーンポタージュ、そしてサラダ。
俺はカルボナーラに同じくコーンポタージュにサラダ。
テーブルの上に料理が並んだ。
「すごい……ネットで見たやつだ」
なんでもないファミレスの料理なんだが……しかもテレビじゃなくてネットなところが完全に陰キャのそれだ。
「じゃ、食べるか」
「うん」
俺たちは間合いをはかるように、いただきます、と手を合わせてから食べ始めた。
味はまあ普通にうまい。
おとといのレストランと比べたらさすがにあれだが、こうして普段食べるものとしては十分すぎるうまさだ。
「……おいしい」
まといさんの舌にも合ったようで、子供みたいな笑顔をしていた。
おとといでは見せなかった顔だ。
「うん、だな」
相槌を打ってうなずく。今日も無難にこなせている気がする。
盛り上がっているような空気ではないが、落ち着いていて疲れない。
料理も来たことだし、このあとのことを確認しておくか。
必要なものとかあるだろうしな。
「家に帰る前に、ほかにどっか行くとこある? 必要なものとか」
「んー……特にない、かな……。あ、ココアある?」
ココア?
今飲んでるんですが。
家にあるかってことだろうなと思いつつ、どうだったかと頭の中で探ってみるが、買った覚えはない。
「んー、たぶんないと思う」
「じゃあ……ココアだけ買っていく」
そんなにココアが好きなのか。
流れのままになぜココアが好きなのか訊こうとしたが……陰キャならではのセンサーに引っ掛かったのでやめた。こういうのは第一感が案外正しいのだ。
「じゃ、帰りにスーパー寄ってくか」
「うん」
まといさんも自分から話そうとしないのでそのまま話題を変える。
「ほかに、役所とかの手続きは? 俺もその辺は詳しくないけど……」
「あ、それは大丈夫。お母さんが全部やってくれたから」
さすが
顔合わせ翌日の朝一に業者さん手配する頭は伊達じゃない。
「んじゃまあ、こっちは引っ越しの作業に集中すればいいのか」
「うん」
そんな感じで、あとは当たり障りのない話題で昼飯を終えた。
新しい話題を振ることもできたが、今日は丸一日一緒にいる。
会話デッキの残りを気にしながら話す必要があるのだ。
切り札は最後まで取っておくものだよ、と誰かが言っていたからな。
二千円強の出費だったが、思っていたよりは話せた気がするのでよしとする。
会計を終えて振り返ると、少し離れたところで、まといさんがぼーっとなにかを眺めていた。
さきほど入る前に見た家族だ。
……ミスったか?
内心焦りながらも、声をかけないわけにはいかないので、ゆっくりと近くに寄る。
「まといさん……?」
すると、まといさんはハッとした顔で振り返った。
「あ、ごめん」
そして、もう一度家族のほうを向き、
「……こういうの、ちょっと憧れだった。ありがとね」
まといさんはそう言ってやさしく微笑んでいた。
「お、おう……ならよかったよ」
やらかしたわけではなかったことに安堵し、同時にその笑顔に勘違いしそうになる。
「というか、まといでいいって言ったじゃん」
「……だから、できるだけがんばるって言ったわけで……」
そうして俺たちは、外から見たらただのカップルのイチャイチャにしか見えないようなやり取りをしながら、どうにかうまくいったらしいファミレスをあとにした。
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