第5話 義妹が来る

 まといさんが家にやってくる当日。

 朝の新鮮な空気が気持ちのいい午前10時ごろ、俺は最寄り駅の改札口付近で、まといさんが出てくるのを待っていた。

 

 親父から連絡があり、駅に迎えに行ってやってくれ、というメッセージが残っていたのだ。深夜3時半である。

 

 いったいいつ寝てんだよ……。

 

 そんなことを内心つぶやきながら、出てきた人の流れに目を凝らす。

 そろそろ来てもおかしくない時間帯だ。

 

 いちおう、電話番号だけは教えてもらっているが、あの感じだとチャットアプリとかメールとか、そっちのほうがスムーズにやり取りできそうな気がする。

 陰キャにとって、電話は結構難易度が高いのだ。多様性が求められる今こそ、陰キャに対する配慮を見なおしてくれてもいいのではないだろうか。

 

「あれ……次の電車か?」


 時間的に今の電車かと思っていたが、まといさんは見つからなかった。

 次の電車は15分後。迷っている可能性も考慮して、念のため電話をかけようとスマホを取り出した。そのときである。

  

「……あ、あの……」


 近くで声がした。どこか聞き覚えのある、かすれた小さな声だ。

 同時に服の袖を引っ張られる感触を覚える。

 

「うお!?」


 その方向に振り向くと、いつの間にかそこには、パーカーのフードを深くかぶり、怯えるようにしてうつむいている人物がいた。

 

「え、えっと……まといさん……?」


 俺がおそるおそるくと、その人物はフードをかぶったまま、こくんとうなずいた。

 

 ステルス性能たっか。俺とて陰キャの端くれ、それなりに気配を察知されない自信はあるのだが、それとは比較にならないレベルである。

 肩掛けの小さなバッグに、下はショートパンツに黒タイツ。なんだかおとといよりも雰囲気は合っている。

 

「な、なんでそんな怯えてるの……?」

「……人、たくさんだったから……」

「…………」


 思ったより重症そうだ。

 おとといの感じだと、もう少し普通な感じかと思っていたが、どうやら陰キャレベルは俺よりだいぶ高いらしい。

 

 よくこれであんなとこに行こうと決心できたな……。

 いや――母親のためだからか。そう思い返して勝手に納得した。

 

「んじゃまあ、行こうか」


 俺がそう言うと、まといさんはふたたびフードをかぶったままうなずいた。

 

 あの、俺まだ顔見てないんですけど。

 





「昼飯なんだけど、なにか買って帰る?」


 駅から出たところで、振り向きざまに訊いた。

 

 業者さんが来るのは午後からなので、少し時間がある。

 今のうちに飯を済ませておいたほうがいいだろう。

 ただ、まといさんの感じを見ると、早く家に入りたそうに見えたので持ち帰りを提案した。

 

「え? あ、うん。なんでもいいよ」

「じゃあ、あっちの弁当屋にでも寄って帰るか」


 そう言って歩き出した。

 おそらく今後もお世話になるであろう弁当屋なので、場所を教える意味も込めている。

 

 が、あとをついてくる気配がなかった。

 

「あれ、まといさ――」


 軽く振り返ると、まといさんは別の方角を向いたまま固まっていた。

 ところで未だに顔が見えないのは能力かなにかですか?

 

 どうしたのかと思いながら、まといさんの視線を目で追った。

 いや、だから目見えてないんだけどね。

 

 そこには、賑やかにファミレスへ入っていく家族の姿があった。

 

 ああ、そういうことか……。

 何度も見た光景で、なにも思わないわけはなかったが、もう気持ちの整理もできている。今さらどうということはない。

 

 たぶん、まといさんも似たような感じだろう。

 ただ、タイミングが少し悪かったかな。そういうときもあるさ。

 

 俺は手持ちのお金がどれだけあったか確認し、まといさんのそばまで寄っていった。

 

「あそこにするか?」

「へ!? い、いや、べつに……」

「どこでもいいんだろ? 俺も座りたかったし」

「あ……うん。じゃあ……」


 まといさんはちょっと動揺してたが、強引に理由をつけるとあっさり了承した。

 義妹がこんな押しに弱いと兄としては心配になるんですが……。

 

 

 




 ファミレスに入ると、陽キャの一番星みたいな店員さんに出迎えられた。

 何名様ですか、という問いに、ふたりと答える。

 さらに追加で、できるだけ隅っこで日陰で人目につかなくてじめじめしたところをおねがいします、と伝えたところ、およそ人間を見るような目をしていなかった。

 

 しかしおかげで条件に合う、陰キャにやさしい空間へ案内してくれた。

 ごめんなさい、そしてありがとう。

 

 そのボックス席の一番奥に、まといさんを放り込むように誘導し、俺は向かいに座った。

 

「はぁ……落ち着く」


 まといさんも大満足してくれたようだ。

 

「……店の中でくらいフード取ったほうがいいんじゃないか?」


 もっともらしい理由ができたので、それを要求する。やはり人間、顔が見えないのは気持ち悪い。

 

「……うぅ……」


 まといさんはうめきながらも、ようやくフードを取る決心をしたのか、ゴソゴソと動き出した。フードひとつでこれは先が思いやられる。

 

 顔を出したのは、おとといのままの、まといさんだった。

 

 あれ? てっきり陰キャ全開の状態が拝めるのかと思っていたが、違ったらしい。

 

 普通に美少女で、かわいい。

 腰のあたりまである、白に近い水色の髪。

 どこか眠たげにも見える儚げな瞳。

 

 いわゆる学校一の美少女とかに分類されそうな見た目をしているが、そのオーラはまったくと言っていいほどない。

 たぶんフードを取って外を歩いていても、すれ違う人が振り返る、なんてことは起こらない。むしろ存在を疑われるレベルだ。

 

「……とりあえず好きなの頼みなよ、今日は俺の奢りだから」


 バイトをしているわけではないが、それ相当の働きを親父に対してしているので許してほしい。

 

「う、うん。ありがとう……」


 そう言いながらきょろきょろとしていた。

 たぶん、陰キャの習性なんだろう。

 気にせずテーブルの端にあったメニュー表を広げる。

 

「おぉ……これがファミレス……」


 まといさんは目を輝かせながら、メニュー表を食い入るように見つめていた。

 こういうところは、なんだか小動物を見ているようでかわいい。

 

 しばらく眺めていると、おそるおそるといった感じでたずねてきた。

 

「あの……ドリンクバーって……」


 ドリンクがほしいのか?

 

 べつにそのくらい訊かなくても、頼んでいいの――

 

「私でもできる?」


 そっちかよ。

 

 ちょっとずっこけそうになりながらも、まだ初日だと自分に言い聞かせ、できるだけフレンドリーに答える。

 

「……う、うん。俺も頼むし、一緒に行けばわかるだろ」


 そして謎のやり取りのあと、一番星の店員さんを呼んだ。

 もちろん、まといさんの分も俺がすべて注文する形になったのは言うまでもない。

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