第4話 義妹は固まる

「――で、まといさんも同じことを思っていたようで、ふたりして笑ってしまいました」

「まあ!」


 俺は打ち合わせどおり、まといさんと読書の話題で盛り上がった的なことを、それっぽい感じで喋っていた。

 まといさんも、さきほどよりかはやわらかい笑顔で相槌あいづちを打っている。こう見ると、本当に美少女でしかないんだが……中身はただの陰キャだ。

 

 登子とうこさんもいい感じに受けてくれているし、親父も黙ってうれしそうにうなずいている。

 一時はどうなるかと思ったが、問題なく終わりそうでよかった。

 

「よかったわね、まとい。稜人たかとくんとうまくやっていけそう?」

「うん……稜人くん、とても話しやすいし……すごくやさしくて安心した」


 登子さんのわりと率直な問いにも、まといさんは自然な笑顔で答えていた。

 うわべの言葉とわかっていても、そんな笑顔で言われたら勘違いしてしまいそうなのでやめてほしい。今バフかかってんだから。

 

 でも、顔色もよくなったし、食事も進んでいるところを見ると、まといさんも本当に安心してくれたようだ。

 

 ま、うまくやれたんじゃないか?

 

 そう思ったとたん、腹が減ってきた。

 怒涛の変人ラッシュで忘れていたが、ここはホテルのレストラン。普段は食えないようなうまい料理が味わえるのだ。このチャンスを逃す手はない。

 

 俺は目の前にある、なんとかをなんとかしてのヒレステーキとかいうのに手をつけた。さきほどの流れで名前なんて覚えているわけがない。

 ひとくちサイズにカットされた肉を、できるだけ優雅な動作で口に入れた。

 

「じゃあ、予定どおり明後日の引っ越しにするわね、知義ともよしさん」

「ああ、いいよ。それまでに部屋を空けておくよ。早いほうが子供たちも喜ぶだろうからね」


 うんま!?

 

 なにこれ、俺の知ってるステーキじゃない。

 

 口に入れただけで肉汁になって溶けていった。

 

 これがホテルのレストランってやつなのか?

 

 高校生が食っていいようなもんじゃねえだろ。

 

 こんなの毎日食ってたら庶民の料理食えなくなるぞ……。

 

 おそるべしホテルのレストラン。

 

 だが、今日くらいはこれを堪能してもバチは当たらないはずだ。

 

 親父のために、義理の母のために、そして、これから一緒に住む義妹のために、俺はやりきったのだ。

 

 さあ、あとはなんの憂いもなくこの味を――

 

 

 

 

 

 

 

 この味を――

 











 ……今なんつった?




「あの……今なんて?」

「ん? 予定どおり明後日の引っ越しでいいよねって話だが?」


 素に戻ってしまった俺の問いに、親父は、なに言ってんだみたいな顔で返した。

 いやこっちがなに言ってんだだよ。

 

 予定どおりってそれ聞かされてない俺からすれば全然予定じゃないんですけど。ドライブスルーに入る感覚で引っ越ししないでもらえますか?

 

「――連絡しておいたわ。まとい、明日業者さん来るから準備しておいてね」

「……………………うん?」


 だから連絡早いって。

 ギネス記録にでも挑戦すんの?

 

 というか、まといさんも知らなかったなこれ……。

 つくった笑顔のまま固まってるじゃん。

 そっちの段取りまでは俺も助けられないぞ。

 

 明後日ということは俺も明日親父の部屋を片付けなきゃいけない。

 そういう仕事は当然、俺の役目になる運命なのだ。

 

 

 

 まあ、そんな感じでいちおう顔合わせは無事(?)終えることができた。

 

 まといさんと仲良くなれたかどうかはわからないが、少なくとも嫌われてるわけではないと思う。一緒に暮らす相手としても、思ったよりはやりやすそうだ。

 

 

 

 レストランで食事を終えたあとは、互いの親子で別れ、タクシーに乗って帰る流れになった。

 

 そのタクシーの中で、親父が話しかけてきた。

 

「……悪かったな、いろいろ話すのが遅れて」

「……べつに、今に始まったことじゃないし」


 そう、今までもずっとこんな感じだったのだ。

 だからこういうのは慣れているし、なんだかんだ親父が俺のためを思ってやってくれているのも知っている。

 それがことごとく変な方向にいっているのだけは、どうにかしてほしいが。

 

「まといちゃんとはうまくやっていけそうか?」

「……うん。案外話しやすそうだったし。変にテンション高くなさそうだし」


 実際そうだったし、ここで嘘をつくようなことにならなくてよかった。

 

「そうか、ならよかった」

「……親父こそ、登子さんとうまくやれよ」

「それもう大丈夫だ! なんせラブラブだからな!」


 いい歳してそんなことを言う親父は、今までに見たことがないほど幸せそうだった。それだけでも、なんとかやったかいがある。

 

 こんなめちゃくちゃな親父でも、昔授業参観のために出張先から片道3時間かけて戻ってきてくれたこともあった。べつに特になにがあるわけでもないからこなくてよかったんだが、当時はすげえうれしかったのを記憶している。

 

「それで非常に申し訳ない話なんだが……」

「わかってる、明日親父の部屋を片付けりゃいいんだろ?」

「いやあ、さすが稜人! 業者はもう手配してるから、よろしくな」


 だからなんでそういう段取りはいいんだよ!?

 業者の手配なんて最後でいいからまず息子に再婚のこと話してくれ。

 

 そんな俺の心の叫びを知ってか知らずか、親父はふたたび幸せそうに笑っていた。

 

「はあ……」

 

 まあ、よかったよ。

 おめでとさん、親父。

 

 

 

 そういうわけで、次の日は目が回るような忙しさで親父の部屋を片付け、急いで荷物をまとめて業者に渡した。

 

 同時にいろいろと物を整理したせいか、少し殺風景に感じる。ひとりでいることが多かったといっても、物がなくなるとやはり心持ちは変わるものだ。

 

 まあ、すぐに慣れるさ。

 

 その後、まといさんが来ても大丈夫なように、自慢の主婦スキルで部屋中を掃除した。今はインターネット先生に聞けば大抵のことは教えてもらえる時代。俺の家事スキルは先生なくしてはありえなかった。

 

 そして、いよいよ明日、まといさんが家にやってくる。

 

 あの感じだと、互いに干渉しすぎず、適度な距離感を保っておきたいタイプだろう。表では仲の良い兄妹を演じ、家では各々が自室で過ごす。そんな生活スタイルが想像される。

 

 俺としてもそれは歓迎だ。今までどおりの生活を送れそうだし、来年は受験もある。

 なんとなく寂しい気もしたが、義妹との共同生活なんてそんなものだろう。

  

「ふぅ……」


 倒れるようにベッドの上に転がる。

 

 昨日からの疲れが一気にやってきた。

 

「まあ、心配しなくても漫画みたいな展開にはならんだろ」


 そう独り言ちて、俺は眠りについていた。

 

 フラグにしか聞こえないような言葉を吐いて。

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