第3話 義妹と話し合い

 ロビーに出たところであたりを見まわし、一番落ち着きそうな場所を探した。


「あそこでいいですか?」

「……うん、すごくいい」


 陰キャの俺が納得できる場所なら、まといさんも不満ないだろうという謎理論は、後付けすごくいいの大絶賛で採用された。

 

 俺たちはロビーの隅、物陰になってあまり人目につかないソファーに腰をかけた。

 

「「はぁー……」」


 同時に大きなため息をつく。

 

 あっ、とため息がかぶったことに視線を合わせ、すぐに逸らした。

 

 いかん、まだ気を抜くのは早い。まといさんと仲良くなって親父を安心させるというクエストは終わっていないのだ。

 

「大丈夫ですか? 飲み物でも取ってきましょうか?」


 精神を引き締めて言った俺の問いに、まといさんは少し考えると、さきほどとは打って変わって落ち着いた口調で返してきた。

 

「……それ、もうやめていいよ。私もやめる」


 それ、とはおそらく敬語とか、愛想のいい喋り方のことだろうか。

 陰キャにとって、つくりものだと見え透ける振る舞いほど疲れるものはないからな。

 

 さっきのやりとりからなんとなく察していた俺は、深読みはせず言葉どおりに受けとった。

 

「……わかった。じゃあ俺もやめるよ」


 そう言っておもいっきりソファーにもたれ、もう一度深いため息をついた。

 

「……やっぱり、おんなじだった」


 どことなくうれしそうに言ったまといさんの表情からは、ようやく心の内が見えたような気がした。

 

「よくわかったな。俺なんか変な動作でもしてたか?」

「私、擬態してる人なんとなくわかるから」


 なにその無駄に使えそうで使えなさそうな能力。

 陰キャの天敵じゃん。

 

 というか、普段はこんな感じなのね。

 あまり表情の移り変わりが激しい感じではなく、声も落ち着いていてどこか安心感すら覚える。

 同類だからと言えばそれまでだが。

 

「んで、大丈夫なのか?」


 まだ会ったばかりだが、変に気をつかわれるのは好きじゃなさそうだし、俺も普段の感じでいかせてもらう。

 いちおうこれから家族になるのだから、他人行儀もあれだしな。

 

「……うん。ちょっと緊張と陽の空気に気圧されただけだから……陰の空気を摂取できたから大丈夫」


 陰の空気ってそれ俺のこと? この物陰のことだよね?

 何気ない言葉が人を傷つけるんだよ、まといさん?

 

「……なら、いいけど」


 つっこみたい気持ちをなんとか抑え、今日の任務に集中する。

 

「……ふふっ」

「え? なに?」


 そんな俺の顔を見ると、まといさんは小さく笑った。たぶん、今までで一番自然な笑みだったように思う。

 

「おんなじこと考えてそうだったから」


 おんなじこと?

 

 わけがわからず頭を回転させていると、まといさんが少し真面目な表情をして切り出してきた。

 

「あの……お母さんたちの前では……仲良くしてくれると、助かる」


 やっぱり。

 母親のために無理して明るく振る舞っていたのだろう。

 こんなにも的中させると、俺にも人の心を読む特殊能力があるんじゃないかと期待してしまう。

 

「私、こういうの……得意じゃなくて……」


 得意じゃないどころか、絶望的に不向きに見える。

 俺だってべつに得意なわけではないが、がんばればそれっぽく振る舞えるだけだ。

 

「わかってるよ、俺もそこは同じだから」

「え?」


 これから家族になる相手。少しは自分のことを話しておいてもいいかと思い、まといさんのトーンに合わせる感じで続けた。

 

「俺も親父には幸せになってほしいからさ……。この結婚はうまくいってほしいと思ってる。登子とうこさんもいい人そうだし」

「う、うん! 私も! お母さん、ときどきなに言ってるかわかんないけど、私のことすごく大切に育ててくれたから……」


 娘にまでさっきのあれみたいなの言ってんのかよ。

 まあ、大切に育てられたというのは、まといさんを見ればわかる。

 なんどもチラつくふたり暮らしさせる暴挙には、きっとなにか深淵しんえんな理由があるのだろう。

 

「でも……まといさんは、俺と暮らすことになるけど……それは大丈夫なの?」


 その暴挙が最大の弊害になるのではと思っている。

 

「……うん。大丈夫」


 が、存外気にしている様子はなかった。

 

 もちろん嘘をついたり強がったりしている可能性もあるが、今までの感じからそういうのをやれそうなタイプにも見えなかったので、そのまま信じることにした。

 

「そっか……んじゃ、あらためてよろしくね、まといさん」

「うん……よろしく、稜人たかとくん」


 こうして俺とまといさんは、親の再婚を協力的に進めていくことを確認し合った。まあ、俺にしては上出来だろう。

 

 

 

「はぁ……よかった」


 まといさんは緊張の糸が切れたようにソファーにもたれると、やりきったみたいな顔で脱力した。

 

 しかし何度見ても美少女であることには変わりないのだが、陽のオーラがまったくない。おかげで俺も普通に話せている。

 

「あんまりもたれてると服しわになるぞ」


 俺がいちおうの親切心で言うが、まといさんはそれでも起き上がらずにモゴモゴと喋る。

 

「べつに私のじゃないし……クネクネ字看板の変な店に連れていかれて、赤トサカマッチョに改造されたの」


 いやおまえもかよ。

 

 っていうかこれレンタルなの?

 

 にしてもずいぶんくつろいでるな。こっちが本性か。

 さっきまでの初々しい感じから、どこか素っ気ない雰囲気になっていた。

 まあ、俺としてもテンション高めよりはこっちのほうが楽でいいけど。

 

「んじゃ、戻る前に少し情報交換でもしとくか?」

「じょーほーこうかん?」

「親の前でうまいことやるんだろ?」

「あぁなるほど」


 全然なるほど感なかったけど大丈夫か?

 感情表現薄いのはいいが、どう感じてるかのヒントくらいほしい。

 

 あれか、クールキャラってやつなのか?

 でもな、まといさんよ……陰キャがクールキャラやると地獄にしかならないぞ(経験者は語る)。

 

「えーっと……さっきの感じだと、ラノベとか読むのか?」

「う、うん……!」


 その言葉に、瞳を飾り切りしいたけみたいにしながらガバッと起き上がった。

 わかりやすいとこは変わらないんだな……こいつ。

 

 だんだん俺の中でのまといさん像にヒビが入っていく。

 上品で清楚でかわいげのある感じから、ただの陰キャに変わっていた。

 んー、でもたまにかわいくなるときあるし、クールキャラやるなら……、

 

 クーデレ陰キャか?

 

 うん。今の時代、地獄の道まっしぐらな気もするけど、性格なら仕方ないよな、がんばれ。

 ひょっとしたらマイナス×マイナスはプラス理論でどうにかなるかもしれない。

 

「ほかには?」

「……ほか?」

「ほかの趣味とか、親の前で言えそうなこと」

「あー……」


 しかし、とたんに表情を暗くしてうつむいた。

 いやまあわかるよ。親の前で言える趣味なんてものがほとんどないんだよな。たぶん全国の同士もうつむいてるよ。俺もうつむいてるよ。

 

「んじゃまあ読書で盛り上がったってことにするか」

「……うん」


 まといさんは若干へこんだ様子でうなずいていた。

 罪悪感がひどい……義妹をいじめるのだけはやめよう。

 

 その後、俺たちは話題を合わせるための打ち合わせをしつつ英気を養い、親たちのところに戻っていった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る