第2話 義妹は察してほしい

稜人たかとくんは、普段どんなことをしているの?」


 運ばれてきた料理にコメントしたり、あたりさわりのない談話を軽く挟んだあと、登子とうこさんが俺に話を振ってきた。

 

 今日の顔合わせは、互いの子供が問題なくやれそうかを見るために用意してくれた場だ。

 再婚とはいっても、互いに子供がいる場合、親だけの話というわけにはいかない。苦労して育てた大事な我が子の気持ちも尊重しようとしてくれているのだ。

 

 そんな大事な子供を、いきなりふたり暮らしさせようとしている暴挙にはもう目をつむる。

 

 そして、一番の肝は、俺とこの女の子――桐葉きりはまといがうまくやっていけそうか、ということだ。

 

 何度も言うが、俺は親父には感謝している。だからこの再婚には協力的にいたい。登子さんと話しているときの親父は幸せそうだし、ちょっと頭のネジ飛んでそうなところもお似合いだ。

 

 なら、俺のやることはただひとつ。

 この義妹になる女の子と仲良くなること。

 

「読書……とかですかね?」


 嘘ではない。

 

 そのほとんどが漫画かラノベ、よくて一般小説であることは言うまでもないが、いちおう雑多に読んではいる。だからべつに嘘ではない。アウェーなのだから都合のいい言葉は積極的に使わせてもらう。

 

 それに、この質問は俺とまといさんの共通の話題を探そうとしている登子さんからのパスだ。これもラノベで勉強した。

 

 そして、まといさんの雰囲気からしてアウトドア派ではない。あきらかにインドア派だ。

 

 俺は質問の意図を汲み、将棋のやりとりの如く盤面を読んで受けの広い形で返した。


「まあ! この子も読書が好きなのよ。まといはどんな本を読むのだったかしら?」


 登子さんが定跡じょうせきどおりの返しで、まといさんに話を振る。

 

 よし、読みどおりだ。

 

 相手は来月高校生になる女の子。読書が趣味と言うパターンのほとんどは小説だろう。ライト文芸から一般文芸くらいなら多少はカバーしている。たとえ知らない作品だとしても、話を合わせるくらいのことはでき――

 

「……西洋史、とか……?」










 詰んだ。

 

 なぜに西洋史!?

 

 無理ですやん。

 

 いや、いいとこのお嬢様って感じもするしガチな感じか?

 

 どちらにしても俺の守備範囲ではない。

 ここはいったんあきらめて、形作りの問いを投げかけよう。

 

「へ、へぇー……、西洋史のどんなところがお好きなんですか?」

「へ? え、えーっと……中世ヨーロッパ、とか……?」


 まといさんが視線を泳がせながら答えた。

 

 中世ヨーロッパ?

 

 いまいち話がかみ合っていない気がするが、細かいことを気にするときじゃない。

 

「いいですよね、中世ヨーロッパ。どんなきっかけで興味を持ったんですか?」


 今度はできるだけ具体的にいた。質問厨みたいになっているが仕方ない。

 

「え、えーっと……、うー……あ! ま、魔法とか?」

「魔法!?」


 中世ヨーロッパ魔法あったの!? 現代文明ボロ負けじゃん!?

 

「まといったらもー。この子、冗談も好きなのよ。なにかの小説と勘違いしたのかしら」


 登子さんが若干顔を引きつらせながらフォローに入る。

 まといさんは恥ずかしそうにうつむいていた。

 

 俺はその光景を無意識で処理しながら、さっきの言葉を脳内で復唱していた。

 

 中世ヨーロッパ……魔法……小説……。まさか……。

 

 ひょっとしてと思い、薄い勝ち筋に沿って確かめるように問う。

 

「……あはは、”ファンタジー”小説ですかね? 俺も読みますよ」


 瞬間、まといさんの目が大きく見ひらいた。

 

「わ、私も! よ、読みます……」


 一瞬声がうわずったが、すぐにさきほどまでの落ち着いた声に戻った。

 

 あー……そういうことか。

 

 今までの違和感が繋がった気がした。

  

 美少女のわりにまったく感じない陽のオーラ。部屋から出ないのが生きがいそうな白い肌。普段ほとんど喋らないであろうかすれた声。うつむきがちで自然と上目になる儚げな目。

 

 おおかた俺と似たような境遇なのだろう。

 つまり、こいつも俺と同類なわけだ。


 だから俺が陰キャ側なことをすぐに察知し、遠回しな言葉で意思疎通を図ろうと……。

 

「あら、読書の趣味も合うのね! よかったわね、まとい」

「稜人もよかったじゃないか、同年代の趣味の合う家族ができて」


 親たちがほっとしたように声を上げる。

 

「……うん」


 まといさんも登子さんに向かって微笑みながらうなずいた。

 

 その表情を見て、ハッとした。

 

 そうか、それも同じなのか……。

  

 いまさらだが、あきらかに振る舞いとかがぎこちない。料理にも手をつけていないし、相当に無理をしているのがうかがえる。母親を安心させたいために、がんばって出てきたのだろう。

 

「あ、あの……稜人くんは、ど、どど……どんな本を……読みますか……?」


 まといさんが震えた声で、詰まりながら訊いてきた。

 たぶん、そこまで興味があるわけではないのだろうが、話を盛り上げるために精一杯勇気を振り絞ったのだ。母親のために。

 

 その姿に、妙な親近感を覚えてしまった。

 そして、これから家族になる義妹がそこまでがんばっているのなら、義兄の俺がなにもしないわけにはいかない。同じ陰キャにたいしたことはできないが、それでもやらなければいけないときはある。

 

 

 

「ファンタジー系だと、異世界転生かみかくしとかですかね。トラックに跳ねられて死亡社会インフラによる謎の死から始まる物語なんかが定番ですよね。その辺は幅広く読みますよ」


 いやなに言ってんだろう俺。

 

 だーいぶきつくない? さすがに伝わんないよ?

 

 すまん、まといさん。ただの陰キャにはこれが限界です。


「……う、うん! 私も、です」


 なぜか通じた。

 

 しかも妙に興奮気味にうなずいてくれた。

 

 結果オーライ。

 

「稜人くん、とても博識なのね」

「こいつ、いつも本ばかり読んでいるので」


 親同士が勝手な勘違いをしているが、まあいいだろう。どうせそんなに会うことはないのだから。

 

 共感らしきものを得られたところで、それっぽく切り出してみる。

 

「まといさんの顔色がよくないようですが、大丈夫ですか? もしよかったら、少し外に出ますか?」


 実際に顔色はよくなかった。食事もやっぱり進んでないし。

 それに俺の勘違いでなければ、この陽キャにとって夢の世界は、陰キャにとって地獄でしかない。

 

「あら? まとい、大丈夫? 稜人くんに付き添ってもらう?」

「あ、うん……お話もしたかったし、行く」


 思いのほか行動的だった。

 まといさんが立ち上がるのに合わせて俺も立ち上がる。

 

「じゃあ、行きますか」


 俺がそう言ったところで、親父がヒソヒソと小声で指示を出してきた。

 

「稜人! こういうときは、まといちゃんに腕を貸してあげるんだ!」


 隣では登子さんが同じように、まといさんに形だけの耳打ちをしている。

 

「まとい! こういうときは稜人くんの腕を借りるのよ!」


 頭幸せセットかよこの親どもは。

 

 それでもやっぱり親父を無碍むげにできない俺は、腕をそれとなく出した。

 

 すると、まといさんのほうも同じ思考をしましたみたいな顔で腕を絡めてきた。

 

 細くて白い腕の感触が、脳内をグチャグチャに掻き乱す。

 

 これは義妹で、家族で、23時59分だから、魔法を使って意識せずに――となんとかバグりながらも理性が勝利。

 

 そして、後ろではしゃぐ頭ハッピー組を背に、まといさんを連れてロビーのほうへ出ていった。

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