クーデレ陰キャの義妹が今日もリビングにいる件

しらとと

第1話 義妹ができる

「父さん再婚するから」

「へー」


 高校生になって初めて迎えた春休み。

 俺、有坂ありさか稜人たかとは、めずらしく出勤の遅い親父と一緒に、自宅マンションにて朝食をとっていた。

 

 親父は普段、会社経営だのコンサルだの、よくわからない仕事であちこち飛び回っているらしい。そんな仕事人間の親父のかわりに、家事はいつも俺が担当している。その分、バイト代としていくらか報酬をもらっているので不満はない。

 

 今までこうしてやってこれたし、これからも親父とふたり、うまくやっていけるだろう。

 

 ちなみに母親は、俺が幼いころに出ていった。仕事一筋の親父に愛想を尽かしたということだが、詳しいことは覚えていない。ただ、出ていこうとする母親を、俺が泣きながら止めていたのだけ覚えている。

 

 といっても、もう昔のことで、今は整理がついている。ちょっと女性に対して関係を深めるのに抵抗があるが……これは母親のトラウマというより、ただの陰キャ特有の性質な気もする。

 

 親父もそんな俺を察してくれてるのか、そういう話はしてこない。俺はこの案外見てくれている親父のことをわりと尊敬していたりする。今後も浮かれた話を振ってくることはないのだろう。

 

 まあ、そんなこんなでそれなりに楽しくやっているので、これからも親父とふたり、気ままに平穏な生活を――

 

 

 

 

 

 

 

 ……生活を――

 

 

 

 

 

 


 ……今なんつった?

 

 

 

「え? あの……もう一回言ってもらっていいですか?」


 混乱してなぜか敬語でたずねた。

 

「父さん再婚するから」

「……は?」


 俺のささやかな未来予想図にヒビが入っていくのを感じる。

 

 だが、世界中の誰より俺のことを察するのがうまいはずだった親父は、さらに続けて言った。

 

「おまえにも一個下の妹ができるぞ! 来月から高校一年生だ。めちゃくちゃかわいいらしいぞ!? あと父さんとお義母さんは仕事場に近い別のマンションを買ったから、おまえたちはこの家でふたりで暮らしてくれ」

「いや意味わかんねえよ!?」


 バンッ、とテーブルに手を叩きつけて立ち上がった。

 休みの朝から物理法則を無視したみたいな話をまくし立てられ、脳が拒否反応を起こしている。

 

 しかし、親父はやけに幸せそうな笑顔で言いきった。

 

「明日の夜、ホテルのレストランで顔合わせするから、頼んだぞ!」

「…………」


 こうして、俺の平穏な生活と、実はちょっと尊敬してた父親像は、粉々に崩壊したのだった。

 

 





 翌日の夕方。

 俺は謎の店の前で茫然ぼうぜんとしていた。

 

 

 

 あのあと、場所が場所だけにどんな格好で行くか悩んでいたところ、親父から地図の書かれた紙を渡された。

 

 そこに行って見繕ってもらいなさい、話は通してある、とのことだ。ほんと、こういうことだけは無駄に手際がいい。ファッションとかに疎い俺のことをよくわかっている。

 

 

 

「あってるよな……?」

 

 目の前の建物を見てから、あらためて地図を確認するが、ここで間違いない。筆記体なのかデザインなのかわからないクネクネ字の看板に言葉を失っていた。場違いすぎる。

 

 そして利便性0、デザイン100に振り切った奇抜な入口攻略に3分使い、中に入って名前を伝えた。

 すると、すぐに赤トサカのいかつい店員さんに連行され、わけがわからないままに服を脱がされ、髪を切られ、それっぽい感じに改造された。このあたりに来ると、もうどうにでもなれという感じである。

 

 なんだかんだで親父には感謝しているから、再婚に関しては俺も前向きに受け止めている。だからこうして本来陰キャの生息地でもないところに、無理してがんばって出てきているのだ。

 

 しかし、妹――つまり義妹ぎまいができるということに関しては不安しかない。しかもふたり暮らしとかどう考えても意味不明すぎる。漫画やラノベにしてももうちょっと頭ひねってくれ。

 

 そうして無事に謎の店を出て、顔合わせ場所のホテルのレストランへと向かった。

 

 

 

 

 

「すみません、有坂で予約してる者なんですが……」


 ホテルのエレベーターから降りた俺は、記憶も朦朧もうろうなまま受付の人に話しかけた。

 

 ホテルに来るまでの景色とか、ここが何階だとか、謎の店の会員登録期限が来週の金曜日の23時59分だとか、そんなどうでもいい情報をゴミ箱に捨てて脳内メモリを開ける。

 もうすぐこれから一緒に暮らすことになる相手と顔を合わせるのだ。ミスはできない。

 

 妹という存在に嫌われたが最後、どんなひどい人格否定ワードが飛んでくるかわかったものではない。それはもう十分すぎるほどにアニメや漫画で学んでいる。

 

 つまり、俺は今、人生のターニングポイントにいるのだ。

 

 こういうのをうまくやるようなコミュ強などでは当然ないが、親父の血を継いだおかげか少しは頭が回ると思う。そう思いたい。そうでないと困る。

 

「こちらへどうぞ」


 受付の人がそう言って歩き出した。

 

 時間はピッタリくらい、謎の店で少し時間を食ったか。

 両頬を叩いて気合いを入れ、あとをついていく。

 

 途中、鏡が目に入った。

 そこには、見ようによってはイケメン側に入れてもらえるのでは、という自分の姿が映っていた。

 すごいな、謎の店。23時59分は覚えとくか。

 

 ただの冴えない陰キャをここまで改造できたことに感心し、数字だけ頭の片隅に残しておく。

 

 レストランの中はドラマの撮影でもやってんのかってくらい煌びやかだった。残念ながら今の俺にそれらを描写する余裕はない。やはり場違いすぎる。

 

 そうこうしてるうちに親父の姿が見えてきた。その正面には女性二人の後ろ姿も見える。ヤバイ、緊張する。

 

 受付の人は案内を終えるとすぐに姿を消した。忍者かよ。

 

「おお、やっときたか。こっちが息子の稜人です」


 親父は見計らったように立ち上がると、俺の肩に軽く手を当て、紹介してくれた。

 

「はじめまして、有坂稜人です。遅くなってしまってすみません」


 とりあえず無難な挨拶を済ませる。

 すると、親父の正面に座っていた二人の女性が立ち上がった。

 

「はじめまして、桐葉きりは登子とうこです。知義ともよしさんの言ったとおり、しっかりした息子さんね」


 これから義理の母となる女の人は、品のある振る舞いでそう言った。

 髪はアップにきれいにまとめ、高そうなスーツに身を包んでいる。圧倒的な陽のオーラが漂っていた。

 

「これからのグローバル資本主義社会を生き抜けるイノベーティブなリーダーシップを発揮してくれそうね」



 

 ……ちょーっとなに言ってるかわかんないっすね。とりあえず愛想笑いをして誤魔化す。なるほど、親父と話が合うわけだ。

  

「ほら、あなたも挨拶して」


 登子さんが隣に立つ女の子に向かってやさしい口調で言った。

 

 今まで視界の端にいた対象にようやく焦点を合わせることができる。

 

「……は、はじめ、まして……桐葉きりはまとい、です……」


 緊張しているのか、やや頬を赤く染めながら消え入りそうな声でそう言った。

 

 桐葉まとい――昨日親父が言っていたとおり、たしかにかわいかった。

 

 腰のあたりまであるきれいなサラサラの髪は、白に近い水色をしている。きっと毎日かかさず手入れをしているのだろう。

 

 部屋から出ないことを生きがいにでもしてるかと思わせるほど、肌は白い。

 

 普段ほとんど声を発しないみたいなかすれた声は、男の庇護欲ひごよくを刺激する。

 

 そして、やけに上目がちになる儚げな目は、アニメキャラでも見ているかのようだ。

 

 上品で清楚なワンピースもあいまって、俺の足りない頭では美少女という以外の形容詞を思い浮かべることができなかった。

 

 ただ……なんだろう、美少女にありがちな陽のオーラみたいなのがまったくないような……。

 

「えっと、よろしくおねがいしますね」


 いちおう義妹に向かってもう一度挨拶をしておく。

 ぱっとみ、あんたバカぁ!? とか言ってくるタイプではなさそうだが、油断はできない。母親がいなくなったとたん、豹変ひょうへんする可能性もある。そういうのも漫画れきしで何度も見てきた。

 

「じゃあ、軽く挨拶も済んだことだし、座ろうか」


 親父が笑顔でそう言ったところで皆席についた。

 

 

 

 こうして、親父の唐突な再婚により、一緒に暮らすことになるかもしれない義妹との顔合わせが始まったのである。

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