第3章 茅野子の武勇伝と奥儀「褒めて褒めて」と3回の手術



 茅野子ちやこはお転婆てんばで気が強い。



 と書いていたが、それは普段の行動にもあらわれていた。


 我が家の敷地内を自分の縄張テリトリーと理解し、そこに踏み込んで来る他の猫たちを追っ払っていた。その頃はこの辺りにも野良猫が何匹か居たが、その全てを一蹴いっしゅうしていた。そして自分のテリトリーから出て行った、と判断するとそれ以上の深追いはしない。


 空き地を挟んだ裏の家の普段は無愛想ぶあいそな旦那さんから祖母はめられたそうだ。


「あんたのところの猫は頭が良いねぇ」


 と。


 祖母が近くのスーパーに買い物に行く時は一緒に付いて来るが、祖母が我が家の敷地外に出ると引き返して門柱もんちゅうの上に陣取じんどって見張りをしていたそうだ。これは茅野子が自分のテリトリーを正確に把握していた事を意味する。他の猫との無用な争いを回避していたのだ。


 狩猟本能も旺盛で色々な生き物をらえていた。


 祖父が言うには自分よりも大きいひよどりを捕らえた時は「サスガにビックリした」そうだ。門柱の上で息を潜め一瞬の隙をついて跳躍ちょうやくした次の瞬間には鵯を組み伏せていたらしい。鵯には気の毒だが私も跳躍する茅野子を観たかった。


 茅野子の奥儀「褒めて褒めて」も炸裂さくれつしていた。奥儀と言うのは私が勝手に命名したモノで単なる「猫の習性」に過ぎないのだが。その中でも私のお気に入りはコレ。


 ある日。内職をしていた祖母の前に赤い金魚をくわえた茅野子が現れた。茅野子は祖母の前で咥えていた金魚を離すと前足を使って金魚を転がしながら誇らしげに「ニャア」と鳴く。「エライでしょ。褒めて褒めて」と言う感じに。これは「おみやげ」と言われる行為で、この場合は祖母に自分がつかまえた獲物を見せて褒めて欲しかったらしい。


 「あんた、その金魚はどこから ?」と祖母が茅野子にたずねようとすると隣に住んでいた元気の良い男の子の声が響く。


「あーっ、また金魚がいなくなってる!」


 全てをさっした祖母は誇らしげにしている茅野子の頭をコツンとする。「こら、ダメでしょ」と。コツンされた茅野子は「クゥン」と両目をつむる。それから金魚は獲って来なくなったようだ。


 「それにしても」と祖母は語る。水槽の中の金魚を茅野子はどうやって「捕まえたのかしら ?」





 看護師を目指して大学に通っていた姉はよく茅野子を布団の中に入れて一緒に寝ていた。いつも茅野子と一緒にお風呂に入り茅野子を薬用ソープで洗っていた。「よく洗った方が良い」と友人から聞いて来たのだそうだ。そりゃ、ノミとかダニはダメだけど「毎回、洗わなくても」と私は思っていたが口出しをするのは避けていた。猫は濡れるのは好きでは無い。ドライヤーで乾かされた後でも身体を舐め続ける茅野子に私は何か不吉なモノを感じていた。



茅野子を洗い始めて2ヵ月後


 茅野子のお腹が膨らんで苦しそうにするようになった。祖父と姉は避妊手術をした動物病院に彼女を連れて行った。医師が言うには「お腹の中に大きな毛玉」が幾つかあって「開腹手術をして取り除かねばならない」らしい。


 すぐに手術となり、そのまま入院となった。1週間後に抜糸ばっしをして退院する事が出来た。それからしばらくして以前と同じように出歩く事ができるようになったが、以前ほど活発では無くなったように私には感じられた。仔猫から大人になったのかも知れない。姉は毎回、洗うのは辞めた。



退院してから3ヶ月後


 また、茅野子の体調が良くない。動物病院に連れていった祖父と姉は医師からの通告を受けた。


「この猫は胃癌いがんです」


と。


 



 

つづく


 




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