夏の夜

「父さん、ライフセーバー辞めちゃうかもしれないんだ」夏独特の湿気を含んだ、生ぬるい夜風を浴びながら海人はわたしに言った。その顔は知り合ってから見る彼の表情の中で、1番悲しそうで、1番切ない…いや、誤解を恐れずに例えるなら、先述した夜風も相まって、大人の色気のある顔をしていた。男性に対しても「艷っぽい」と言うのだろうか。

「小さい頃から海でみる父さんが目茶苦茶にかっこよくてさ。それこそ絵に書いたように、海人という自分の父としてほんとに誇らしくて。なんというか、父さんという存在の更に奥深くに、僕自身をもっと好きになれるステージがあるというか。辞めるかもしれないという話をされたとき、小さい頃仲の良い友達が引っ越してしまうと初めて聞いたときのような気持ちになって。存在はしていても透明になっちゃうというか…」とても抽象的かつ歯切れの悪い口調から海人は続けた。

「ほんとに死なくてよかった。だからさ、そりゃ続けられないって思うよね。こんな状況で「父さんにライフセーバーをやめてほしくない」ってすこしでも考えちゃった自分に腹が立つし、情けなくなってくる」


街灯に照らされて涙がうっすら見える。いまこの人の口から溢れる言葉には嘘や打算なんか絶対にないと思えた。当のわたしはかけるべく言葉が全く出てこず、彼の背中をさすることしかできない。自分の無力さにわたしも腹が立つ。同時に無力感に襲われた。


この7月中に私を変える何か大きな出来事が起きる。そんな気がしていた。

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