第2話
イケメンの名前は、
香里は、大手芸能事務所に所属していて、もうすぐ五人グループでデビューするという。
やっぱアイドルになる男は容姿が違う。
髪色は、黒と金の二色が混ざっている前髪だけが長い短髪。
サラリとした前髪の隙間から見えるキレ長の瞳が(眼球まで磨いてるの?)と尋ねたくなるほど光り輝いている。
シュッとしまった輪郭、筋の通った鼻、小さく整った唇。例えば整形だとしても、これほど美しい顔にはならないだろう。やはり元が良いと思う。
後はスタイルだ。身長160センチの私より20センチは高い。細身で足が素晴らしく長い。きっと激しいダンスを踊るのだろう、身のこなしも軽やかだ。
香里も私に興味を持ったようでLINE交換をして、その日は別れた。
勤め先である秋葉原のメイドカフェに顔を出すと、私を待っていたオタク達が騒ぎだした。
「くみにゃん、どこまで買い物に行ってたでござるか?」
(あれ?そうだっけ?)
私がキョトンとしていると別のメイドが声をかけてくる。
「オレンジのおつかい、オーナーに頼まれて行ったんでしょ?オレンジは?」
そのメイドを見た瞬間、私の胸は懐かしさに震えた。友達のリンリンだ。
「リンリン!」
彼女に抱きつく私。
「ちょっ!」
リンリンは戸惑っている。
オタク達が一斉に騒いだ。
「良いですなー!小生もオギャリたいですなーっ!」
オギャルとは、赤ちゃんのように甘えたいという意味。ハッキリ言って気持ち悪い。
私が長いツインテールを揺らしてウィンクすれば、オタク達は「
私は、くみにゃん!このカフェのアイドルなのだ。
仕事が終わると、当時の記憶を頼りに一人暮らしの自宅アパートに着いた。
夜、香里から早速LINEがくる。私はスマホに飛びついた。
「明日の夜、暇?」
速攻返信。
「うん、暇」
「あそぼー」
「おけまる」ちょっと娘のマネをしてみる。
時間と待ち合わせ場所を決めて「おやすみ」とLINEを終わらせた。
ベッドの上、私は「やほほーい!」と妙な奇声をあげて飛び跳ねる。
若い身体だけあって、腰痛も膝痛も余計な脂肪もない。
(いける!いけるぞ、私!二度目の人生バンザイだ)
翌日の夜、香里と私は夜景が見えるレストランで食事をした。
「来月ね、デビューするんだ」
中央に置かれたキャンドルの向こうで、彼が微笑んでいる。美しい、美しすぎる顔に乾杯!
「良かったね」と私がワイングラスを上げると、彼もグラスを持って傾ける。
カチンと音がして、赤い液体が揺れる。
その後の会計は、私が支払うことになった。香里はデビュー前で金欠らしい。まあ、いい。美しい容姿があればそれでいい。
香里とは次の日の夜も会った。今度は別の夜景が見えるレストランだ。彼は夜景の見えるレストランが好きらしく指定してくる。夜景が見えるレストランは、結構お高い。昨日は二万円が飛んだ。
今日はさすがに彼が払うだろう。と思ってレジから離れた場所で待っていると、香里が私を呼びにきた。
「三万二千円だって」
払え、と無言の圧だ。
どうも様子がおかしい。と思案していると、夜景の見える公園で香里に抱きしめられた。
彼の胸は良き香りがする。動かずじっとしていると、香里の顔が段々と近づいてくる。
これは間違いなくキスパターンだ。もう何年、男性と唇を合わせてないんだろう?パッと夫の顔が浮かぶ。ヤツと最後にキスしたのはいつだ?思い出せないほど遠い昔のような気がした。
かかとを上げる私。香里の唇が私の唇に重なった。とうに忘れていたキュンッと胸が狭くなる感じ。たまらない!
長いキス、私は目を閉じて幸せを噛み締める。が、突然、唇の隙間から彼の舌が挿入した。
まだ十八歳のくせに初回からディープとは中々やるな、だが私は四十二歳、ここはガキに負けていられない。
舌を入れ返すと、香里は長い睫毛を上げた。どうやら私のテクにビビったようだ。ババアをナメてはいけない。まだまだ、夜は、これからだ!
その夜、私は戸惑う香里の手を引いてラブホに入室し、彼と肉体関係を結んだ。
私は四十二年分のテクニックを使い、香里を何度も昇天させる。
彼は私のテクに酔いしれ、終わった後「付き合おう」と言った。
私は勝利に歓喜しながら、ホテル代と冷蔵庫から引っ張り出した瓶コーラ二本分の代金を支払った。
翌週、香里は五人グループ【アッシュ】というグループ名でアイドルデビューした。センターではないが、センターの左横で踊っている。テレビには香里が半分に映る場面が多々ある。
私はテレビの前でウットリしながら香里を観た。
私の彼氏はアイドル!これをスーパーで働くパート仲間が知ったらどう思うだろう?間違いなく不倫よりビックニュースだ。
「生放送みてくれた?」
香里からのLINE。
私は「モチロン!素敵だった!」と返信。
愛は深まるばかりだ。
アッシュはデビュー後、凄い勢いで人気を上げていった。新曲を出すたびにオリコンチャートの一位に輝く。
コンビニの雑誌コーナーに立ち寄ると、アッシュの五人が表紙を独占している。
ここで私はふと思う。前の世界にアッシュなんてアイドルグループがいただろうか?まあ、私がアイドルに興味がなかったから知らないのだ。と答えが出た。
香里はアイドルとして世の中に知れ渡り、また有名になることで私と過ごす時間も減っていった。
たまに会っても部屋から出れない。売れてるアイドルにスキャンダルは禁忌だからだ。マスコミに見つかって写真でも撮られたらヤバいことになる。
香里は「ごめんね」と謝る。そのたびに私は首を横に振った。愛する彼の為には我慢だ。
二年の月日が経過する。
香里がグラビアアイドルとホテルから出てくる写真が週刊誌の一面を飾った。
今頃、芸能事務所も大騒ぎだろう。しかし、もっと大騒ぎなのは彼女である、この私だ。
香里に問い詰めると「あの娘とは遊びで本気じゃない!」と泣きながら言う。まあ、若い子にババアが本気でヤキモチをやいても大人気ない。私は香里を許した。
更に一年後、今度は事務所に交際がバレた。香里の担当マネージャーは分厚い封筒を持って私の部屋を訪れた。
「香里は、今が一番大切な時期です。どうか彼と別れて下さい」
テーブルに積まれた札は五百万円。
私は札束を掴んでマネージャーの胸元に叩きつけた。
「お金で私達の仲は絶対に裂けません!」
失意の表情でマネージャーは帰って行く。
いつか結婚しよう。と香里は言ってくれた。私は彼を信じてる。
その後、香里のファンからストーカーされたり色々あったが、私と香里は愛を育んだ。
彼と出会ってから七年の月日が流れる。私は三十歳になった。
香里はアイドルから俳優へ転身して、映画やドラマで活躍している。だいぶ収入も安定してきただろう。私も三十歳でメイドカフェはキツい。オタク達は、とっくに自分から離れて今は若い娘の推しになっている。もはや私は、ホールに出てはいけない厨房で簡単な料理を作るコックのようなモノになっていた。
私は意を決っして香里に迫った。
「香里、そろそろ結婚しよ!子供だって産みたいし、今が良いタイミングじゃないかな?」
「うーん」
彼は渋い表情をした。
「結婚には事務所の許可がいるんだ」
「じゃあ事務所に許可を取って!」
「うん、分かった」
結局、事務所の許可は降りず、五年経った。私は三十五歳になる。さすがに厨房でもメイドカフェは辞めた。二年前から印刷工場で働いている。
今度こそ、と香里に結婚のお願いをした。しかし彼は、もう少し待って欲しいと言う。
更に五年追加、私は四十歳になった。前の世界より二歳若いだけだ。
もう子供は諦めた。香里と結婚できればいい!
必死に彼にすがる私。「お願い!結婚してよ!」
すると彼は、冷ややかな視線を私に降ろした。
「いい年したババアが、今更、結婚でもないでしょ?」
(香里?)今までと全く違う態度に私は凝固する。香里は視線だけではなく言葉も冷たかった。
「ってか、俺達もう潮時でしょ?別れよう」
「はっ?」
「聞こえなかった?別れようって言ったんだよ」
戦慄が走った後、全身が震えて止まらない。
(いつか結婚しようって約束したじゃない!待ってくれって言うから私は信じて待ったんだよ!その結果が、これ?別れようなの?)
まだ震えは止まらない。私は震えを止めようと自分を抱き締める。
香里は私の部屋から出て行く時、こう言い捨てた。
「もう、来ないけど、恨んでストーカーするのはやめてね。キモいから」
バタンッと閉められる扉。
私はストップした思考に激を飛ばした。
(考えろ、考えるんだ!香里が私のモノになる方法を!)
どす黒い思考、歪む未来、絶望に血を流す心。
やがて答えが導き出されて、私は香里のロケ現場に立った。
ロケバスから彼が口笛を吹きながら降りてくる。木の影に隠れて待っていた私は姿を見せた。
香里より先に気づいたのはロケスタッフだ。スタッフは大声を発した。
「おい!包丁を持った女がいるぞ!」
「きゃーっ!」と女の悲鳴。
やっと香里が私に気づいた。(何?その化け物をみるような目は?)
彼は私に背を向けて走り出す。
(待って!待ってよ、逃げないで!!)
私は包丁を片手に全速で香里を追った。どうやら足は自分の方が早いみたい。
伸びた手が彼の長めな後ろ髪を掴む。振り向いた香里がヨロけて芝生に転んだ。
「たっ、助けて!!お願いだから助けて下さい!」
「助けてじゃないよね?結婚して下さいでしょ?」
私は右手に持った包丁を振り上げる。勿論、香里の胸に突き刺す為だ。
だが、その刹那「ダメだ、こりゃ」と爆笑コントのオチのような声が響いた。
ピタリと止まる刃先。
「えっ、誰?」
私は周囲を見回した。
なぜか景色も人もモノクロでストップしている。よくよく香里の恐れおののく顔を間近で見ると、年のせいか、そんなにイケメンでもないなと思った。
全てを止めた世界の中に、動く小さい物体がこちらに近づいてくるのが見える。
「あっ!」
思わず声を発する私。
懐かしい姿。チビのオッサン精霊だった。オッサンは目の前まで羽ばたいてくると、こう言った。
「なんか、凄いバットエンドだがや。やり直すだがや?」
(そうだ!)と思い出す。やり直すチャンスは、確か三回あるはずだ。
私はオッサンを見た。
「やり直す!ターニングポイントまで戻して!」
「ファイナルだがや?」
(ん?)と思ったが私は「ファイナルだがや」と答えた。
オッサンが風船を破裂したみたいに跡形もなく消える。強音にビックリして私は包丁を落として固く目を閉じた。
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