第2話 天文学論争

 四国の大雑把な地図は頭に入っていた。

 池田町が真ん中にあり、香川と高知を結ぶ土讃線が通る。隆たちの学校は池田の駅からは15キロ弱、I口駅からは5キロ弱、離れていた。

 おそらく、校区から出たことのある者は、数えるほどしかいなかっただろう。


 秘境に住む親子が土讃線に乗り、香川に行った時のエピソードは、長く語り継がれた。

 瀬戸内気候で香川は雨が少ない。貴重な水を有効利用しようと、大小様々なため池が造られた。弘法大師・空海ゆかりの満濃池が、その代表だ。

 満濃池を見て、次男が驚いた。

「父ちゃん。これが海ちゅうもんか!」

 長男が小声でたしなめた。

「恥ずかしいこと言うたらいかん。海はこれの5、6倍くらいある」

 父親は納得した。

(やっぱり、兄ちゃんだけのことはある)


 同じような経験を、隆もしたことがあった。

 小学校の低学年の頃、同級生と青空を眺めていた。昼間の月が出ていた。

「あれはどれくらいの大きさやろ」

 一人が言った。

 隆には幼稚な質問に思えた。

「ここから池田くらいの大きさはあるで」

 隆は分かりやすく説明してやった。


 ところが、もう一人が目を見開いて、隆を見た。

「そんなには大きゅうないで」

 隆は少しムキになった。

「ほな、どれくらいあるんや」

 相手は中空に手で輪を作り

「これくらいかなあ」

 と、自信なさそうだった。


 よその村の子供たちだった。

「隆は大げさなこと言うやつじゃ」

 その村では、そんな評判が立っている気がしてならなかった。

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