第6話

 七日経ち、十日経ち、青緑の筋雲は成長しながら徐々に日の出の方角に向かって近づいているように見えた。

 その頃には青緑のそれは筋雲ではないとはっきり分かるようになった。目を凝らすと雲というよりも密集した何かがじわじわと蠢いているように見えた。

 不気味な現象は地上でも起きていた。金色の光が弱まる時期の夜にはマナが活性化する。それがぴたりと止んでしまった。異様な静けさが相まって不気味さに拍車をかけた。

 砂漠の本家の兄も密林の分家の弟も、わずかばかり残った領民が異変に脅えて城に匿ってくれるよう懇願しても耳を貸すことはなかった。


 一月経って本家の兄も分家の弟もしびれを切らし、堪忍袋の緒を切った。

「いいだろう弟がそのつもりならこちらにも考えがある」

「やられるくらいなら先にやってやる、折れない兄が悪いのだ」


 その日は金の光の無い夜を迎える時期だった。気味の悪い筋雲は姿を消していた。

  

 兄は側仕えであり相棒でもあったルプスの首に縄を着けて引っ立て塔に登った。ルプスの手首をこれでもかというくらい強く打ち据え、無理やり禁忌のマナを掴ませ麻縄で縛り上げると、ルプスを抱き上げその腕ごと天高くかざした。

「マナよ、敵を討て、撃ち滅ぼせ。密林を焼き払え」

「もうやめてください我が主様、こんなことをするためにアンタに仕えたわけじゃない」

 ルプスは兄の腕を振りほどこうともがき、禁忌のマナを手に縛り付けたまま塔から落ちた。


 弟も盲にしたルプスを騙して城の塔に登ると、その手に禁忌のマナを握らせ、驚いて悲鳴を上げるルプスの腕を斬り落とし、腕を拾い上げて空に向かって突き上げた。

「マナよ、敵を討て、撃ち滅ぼせ。砂漠を塵も残さず滅せよ」

「ご主人様は変わってしまった、俺はもう付いていけませぬ」

 ルプスは塔から身を乗り出し、飛び降りた。その際弟にぶつかり、弟は禁忌のマナごとルプスの腕を取り落とした。


 双方の禁忌のマナは地に落ちて砕けた。


 兄と弟の目には見えなかったが、虹の渦が割れた瞬間、封じ込めた生き物の魂が火柱のように噴き上がり、空に昇って行った。


 それからしばらくして天頂に輝く陽から数多の光る矢が降り注いだ。

「やあ、星が落ちてきたぞ!!」

「やったぞ、私は成し遂げた!!」

 流星の雨。最初のうち、それは壮大な景観に見えた。やがて甲高い風切り音を伴って、地響きにも似た恐ろしい轟音が響き始めた。光の矢が雲を突き抜け地上に到達したものは大地を抉り、周囲の木々を、集落の屋根を壁を吹き飛ばした。塔の天辺にいた兄と弟も爆風に攫われた。


 こうして兄アンシャルと弟キシャルは初代から連綿と続くマナの研究に於いて、誰もが忌避してきた「マナを兵器にする」実験を成し遂げ、ハフリンガーの大地は荒廃した。


 砂漠、密林の禁忌のマナから立ち上る、凝縮された魂の柱はアシルからもはっきり見えた。澱みくすんで不気味な色をした命の柱。捩じれ縒り合わさった馬の脚、鳥の嘴、竜の牙、猪の鼻先、猿の頭、鹿の枝角、鬣、蹄、鰭、羽毛、封じられた生き物とおぼしき片鱗がかろうじて窺える。それが降り注ぐ光の矢に纏わりついて地に誘い、業火の雨となって次々地上に落ちてくる。砂漠も密林も竜の山脈もこの森のアシル集落にも分け隔てなく降り注ぐ。

 自然のマナには意思がない。思考がない。だから封じ操ることが出来た。

 逆に言えば、意識のあるマナ、つまり魂を、無理やり生を絶たれる形でマナとして封じたら。

 際限なくマナを喰らう虹の渦に封じ込め、解放したらどうなるか。

 この地獄絵図が答えだった。


 相棒のルプスから様相を聞かされた長老は放心し、へたり込んだ。

「お前の話が紛う事無き真実なら、あれはマナが呼び寄せているという事か」

「残念ながら」

「この惨事は儂の咎だ」

「それは違います、君主に責はない」

 ルプスは胸中でごちる。そうは言ってはみたが、この惨事はどこで止められただろう。君主には申し訳ないが、あの兄と弟ではいずれ似た事態を引き起こしたであろうことは明白だ。かといって、ではこの事態をどうやって収束させればよいのだ。わからない。

 長老が、へたり込み俯いたままローブの裾を握りしめ、ルプスを呼ぶ。

「ルプスよ」

 その声音にただならぬ何かを感じた。

「はい、我が君主」

 長老はしばしの間言いよどみ、すすり泣いているようだった。

「お前の命を儂にくれるか」

 流石に返答に詰まった。命をくれるか。その意図を図りかねたからだ。

「儂は、マナとなって災禍をとどめ浄化しようと思う」

「!!」


 マナ最後の禁忌。【ミアキスヒューマンまたはサピエンスの魂を封じる】


 長老は、自らマナと化してあの荒ぶる魂を鎮める。そう言っている。

「じゃがの、マナとなっても、あれが見えなんだらなにも出来ぬでの」

 サピエンスには自然に存在するマナは見えない。石に封じたマナしか見ることが出来ない。つまりは目となってくれ、という事だ。

 否も応もない。

「お供します、我が君主エンキ」


 天から降り注ぐ劫火が弱くなってきた頃、アシルのでは長老エンキと傍仕えのルプス、そしてルプスの愛鳥が互いをかばい抱き合うように事切れていた。

 その胸には蜜色に輝く大粒の琥珀を守るように抱えていた。琥珀の中には三つのマナが淡くぼんやりと輝いている。

 長老エンキと相棒のルプスの魂だった。

「兄アンシャル弟キシャルの起こし災禍は我らが100年かけて浄化せし。其の暁にアシル、キンツェム、グラディアテュール間の婚姻を執り行うものとする」



 生き残ったミアキスヒューマン達は、なんとか生き延びる道を模索していた。

 密林、砂漠に移住したサピエンスは殆どが死に絶えていたため、砂漠はシンバ系が先導し、密林ではチグリス系が群れを率いた。 アシルではパンテーラ系が民をまとめ、それぞれわずかに残った民衆と共に復興を始めた。

 敵も味方もない。お互いが協力し合った。


アシル集落の七、八割を占めていたサピエンス、ルプス系は忽然と姿を消していた。

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宇宙人クロニクル~地・マナと呼ばれる魔法・その起源と衰退 あかくりこ @akakuriko

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